僕は君には敵わない
「かあしゃま、まだ? まだ?」
馬車の中、膝に抱いたユーフェミアが、今日何度目か分からない質問を繰り出してくる。
最近、すっかり重くなったユーフェミアを抱き直し、イナは笑顔で答えた。
「もうすぐ着くわ。お船、楽しかったわね。いっぱい乗ったねえ」
イナの言葉に、二歳半になったユーフェミアがこくりと頷く。
アスカーナ海軍の軍艦に乗り、船旅をするなんて、イナにとっても初めてのことだ。
ユーフェミアは大はしゃぎでずっと甲板にいたがったので、イナもすっかり日焼けしてしまった。海の上の日差しは、日よけの布や軟膏でも防ぎきれず、人生で一番黒い肌になっている。もちろんユーフェミアもだ。
色白のお人形のようなユーフェミアしか知らないリィギスは、さぞびっくりするだろう。
アスカーナのお姫様たちは、絶対に日焼けをしないのだそうだ。そのせいで、リィギスは『娘も日焼けをさせたくない』と言い張っていた。
――びっくりするかな? こんなに焼けちゃって。
リィギスは、ユーフェミアを遊ばせるときは必ず日よけの覆いの下で、とイナや召し使いたちに厳命していたし、危ないからと海で泳がせたこともない。
だが、軍艦の甲板では、屋敷の庭のようにはいかなかった。
いくら小さな日よけの天幕を作ってもらっても、ユーフェミアは一秒たりともじっとしてくれず、カンカン照りの太陽の下に飛び出してしまったからだ。
かといって船室に籠もらせると「おんも!」と泣くし、イナも二歳児の相手をしていては、優雅に日傘を差している余裕がなかった。
――お船では、ずっとカモメを見て、大きなお魚を探して、島影がなんで見えないの、って私を質問攻めだったわ。海の底のお城のお話も、何十回させられたかしら? でも、心配していたけれど、風邪一つ引かせずに旅が出来て良かった。海軍の皆様も、とてもユーフェを可愛がってくれて、嬉しかったな。
道中を思い返しながら、頭を撫でたとき、ユーフェがイナの膝の上で立ち上がろうとした。
「危ないわ、馬車が急に止まったらどうするの」
「かあしゃまっ! おそと、みて、おそと、ごらんくだしゃい……ましぇ!」
「立っちゃだめ、危ないから!」
イナは慌てて、立ち上がったユーフェミアを支えた。
ユーフェミアの声に、足元で寝ていたロロがむくりと起き上がる。一人と一匹は馬車の窓に貼り付き、真剣に何かを眺め始めた。
「しゅごい! かあしゃまみて!」
窓に貼り付いたまま、ユーフェミアが叫んだ。イナは笑いながらそっと窓の外を覗いてみる。だが、暢気な笑顔は、あっという間にイナの顔から消えてしまった。
――すごい……わ……。
イナは目を丸くする。
窓の外に、言葉を失うほどに壮麗な白亜の宮殿が見えたからだ。
青い空を背景にくっきりと白い塔に、辺りを覆い尽くす七色の花々。
生まれてこの方、これほどに素晴らしい建物を見たことはなかった。
大陸最強の国家の一つ、アスカーナの王宮は、想像以上の美しさだ。
まるで神様が棲まう御殿のように思える。
「これが……アスカリオン宮殿……」
思わず呟いたイナを、ユーフェミアが勢いよく振り返る。
「なあに、かあしゃま、なあに!」
好奇心旺盛なユーフェミアは、真っ青な目をイナにひたと据えて訪ねてきた。
アスカーナへやってくる道中、ずっと「なんで、どうして、あれなあに?」の繰り返しでイナはヘトヘトだが、ユーフェミアは元気いっぱいだ。
ユーフェミアにはまだまだ知りたいことが山のようにあり、おしゃべりもしたくてたまらないのだろう。
「あのねユーフェ、あそこがお父様の育ったお城なのよ。良かったね、もうすぐ着くわね」
「とうしゃま! あそこ、とうしゃま、いるの?」
イナの言葉に、ユーフェミアはぱっと顔を輝かせた。
半月も大好きな「とうさま」と離れて、さぞ寂しかったのだろう。
「いるわよ。母様とユーフェが来るのを待っていてくださるわ」
「ほんと? とうしゃまいる? わぁ……とーうーしゃまー!」
ユーフェミアが、大声で窓に向かって叫ぶ。
もちろん、宮殿にいるリィギスに、ユーフェミアの声が届くはずもない。
イナは思わず笑い声を立て、ユーフェミアを支えたまま言い聞かせた。
「残念でした。お父様には聞こえません。さ、もう少しだからいい子にしてましょうね」
ユーフェミアがようやく窓から離れ、イナにぎゅっと抱きつく。ロロが負けじと膝の上に頭を乗せてくる。
「ええ。お仕事で先にお出かけなさったけれど、明日からはずっと父様と一緒よ」
もうすぐ、リィギスの母の兄に当たるアスカーナ王太子の即位の儀が執り行われる。
当代の王は、元気なうちに摂政に退き、王位に就いた息子を指導して行く予定なのだと聞いた。
イナとユーフェミアも、アスカーナ王族に連なる人間として、その即位の儀に出席を許されたのだ。
初めての船旅、初めてのアスカーナ。そして久々に会う最愛の夫のことを思い、イナの胸は娘と同じくらい高鳴っているのだった。
――ユーフェ……?
大陸連合との会議を終え、そのまま会議室に残って書類をめくっていたリィギスは、愛娘の声が聞こえた気がして顔を上げた。
「どうした、リィギス」
伯父であるアスカーナ王太子の不思議そうな問いに、『力』を使って気配を探ろうとしていたリィギスは、笑顔を作って答えた。
「そろそろ妻と娘が着く頃かと思いまして。半月も離ればなれで寂しくて」
率直な答えに、伯父が鷹揚に笑う。
「出迎えに行っておいで」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
胸に手を当てて、リィギスは伯父に一礼した。そして部屋を出るなり、衛兵たちが慌てるほどの勢いで走り出す。
――間違いない、声が届いたと言うことは、もう目視できる距離に来ているんだ。
妻子の顔が見られるのが、嬉しくて仕方がない。
リィギスが半月先にアスカーナに来たのには理由がある。
即位の儀に伴う様々な事前会議やら、刷新されるアスカーナ王宮の人事に伴う根回しなどで、どうしてもアスカーナを訪問せねばならなかった。もちろん長期にわたる外遊なので、家族も同伴するつもりだったのだが……。
――海がめちゃくちゃに荒れるのが分かったからな……。
ザグドの力が役に立って良かった。あんなに揺れる船には、二歳半のユーフェミアを乗せられない。船に酔って泣きっぱなしで、両親もユーフェミア本人も、地獄のような思いをしただろうから。
悪夢のような船酔いを思い出し、リィギスはため息をつく。
――帰りは、船は大丈夫そうだな。船長もあんなに荒れたのは初めてだと言っていたし。
そう思いつつ、リィギスは通用門にほど近い出口にたどり着く。
妻子を乗せた馬車が着くのはここのはずだ、と思ったとき、馬がぶるぶると口を鳴らす音と、衛兵たちの案内の声が聞こえた。
馬車の隊列が既に、少し離れた車止めに止まっていた。
イナたちと、護衛や侍女たちの馬車だ。
リィギスはそちらへ走って、馬車から妻子が降りてくるのを待った。
――無事だったかな、長旅だったけれど元気にしていたかな、ユーフェ……。
停まった馬車から、まず大きな灰色の犬が飛び降りてくる。
――ロロもつれてきたのか! ユーフェのお守りは大変だっただろうな。
キョロキョロしていたロロは、リィギスを見つけるなり全力で走ってきた。護衛たちが笑い出すほどの勢いでリィギスに飛びつき、盛んに尻尾を振っている。
「大きな犬ですなぁ」
感心したように言う護衛の男に、リィギスは笑って頷いた。
「ああ、妻の昔からの飼い犬なんだ」
興奮冷めやらぬロロを宥めていると、色の黒い女の子が全力で走って来るのが見えた。
ちょうどユーフェミアと同じくらいの背格好だ。一瞬誰だろう、と思い、すぐに気付いた。
「えっ? ユーフェ?」
ガシュトラではあまり気にされないが、アスカーナの女性は日焼けをしないことが常識なのだ。
庭でも、特別に張られた覆いの下、優雅に過ごしているのが『貴族の姫様らしい』とされる。
日焼けが勲章となるのは男だけ。それがリィギスが叩き込まれた『貴族の常識』だった。
それなのに、何故こんな姿に……と、リィギスは腰を抜かしそうになる。
祖父母や伯父たちがこんなに日焼けした幼い娘を見たら、どれほど驚くだろう。
「とうしゃまーっ!」
真っ黒なユーフェミアを、リィギスは驚きと共に抱き上げ、まじまじと顔を確かめる。
海の漢である将軍より黒いのだが……。
――軟膏ではすぐに戻りそうにないな……。
「とうしゃま、ユーフェ、キタ……! キタよ……!」
だが、落胆もそこまでだった。無邪気にニコニコ笑っているユーフェに、リィギスは相好を崩す。
日焼けのことは置いておいて、どうやら娘はリィギスが案じていたような旅の疲れとは無縁で、元気いっぱい遊びながらの道中だったらしい。
「会いたかった、ユーフェ! 母様の言うことを聞いて、いい子にしていた?」
「してた……してた……!」
ユーフェが当たり前、とばかりにうんうんと頷く。
その仕草が昔のイナそっくりで、可愛らしくて、リィギスは思わず真っ黒な頬に口づけをした。
「ふね、のった」
「そうか。揺れなかった? 気持ち悪くならなかったか?」
「へいき! ロロ、おふね、びっくり……よ!」
半月会わなかっただけで娘はずいぶんおしゃべりが上手になった。天才なのかもしれない。
リィギスは、娘が間違いなく天才だと確信できて嬉しくなり、もう一度まんまるな頬に口づけをした。
目鼻の位置すら怪しいほどに日焼けしても、世界一の可愛さではないだろうか。多分将来は絶世の美女になると思う。早く日焼けを治してやらねば……それは、父親の義務だ。
「ユーフェ、おふね、すきでし……よ」
どうやら大好きなロロと母様との船旅はとても楽しかったようだ。娘の生まれて初めての船旅が好天に恵まれて、本当に良かったと思う。
楽しいはずの道中に、辛かった記憶など残してほしくない。
「そうか。父様もお船が大好きなんだよ。また色々なところにお船で行こうね、ユーフェ」
父の言葉にユーフェミアがにっこり笑い、嬉しそうに頷いた。
日焼けがだめ、というのは、アスカーナの常識であり、リィギスに無条件に擦り込まれた思い込みだ。無邪気なユーフェミアが、楽しい時間を過ごす邪魔であってはならない。
分かっているのだが、昔から『日焼けはしないもの』と思い込んでいるリィギスには、娘のこんがりした姿が可哀相に見えてしまう。
――日焼けしないようにずっと気を遣ってたんだけどな……何か薬を塗ってあげないと。
そう思いつつ、娘のぷくぷくした腕や顔を確かめていたリィギスは、今度こそ凍り付いた。
「リィギス様!」
白珠のような肌だった妻までが、真っ黒に日焼けしていたからだ。こちらもアスカーナ海軍の雄たる将軍より黒い……かもしれない。
――君は、いつも、僕を心の底から驚かせるね……イナ……!
愕然としたリィギスに、イナが照れたように告げる。
「ごめんなさい、私もユーフェもすごく日焼けしちゃった」
えへへ、と悪戯っぽく笑うイナに、リィギスは優雅に微笑み返す。
「君たちが元気そうで良かった。安心したよ。道中、ユーフェはいい子にしていた?」
「悪戯ばっかりよ。でも風邪一つ引かなかったわ」
イナは真っ黒だが元気そうだ。それだけは掛け値なく嬉しいし、心からほっとした。
二歳のユーフェミアを元気にアスカーナまで連れてきてくれただけで、感謝してもしきれない。
……そう、ここまで自分に言い聞かせねばならないほど、リィギスは日焼けしている妻子の姿に、衝撃を受けていたのだった。
『日焼けしても痛くも痒くもなく、どんどん黒くなりました』
そう言って笑うイナの話を聞いて、医者は『奥様もお嬢様も、肌がとても丈夫なようですね』と、太鼓判を押してくれた。
イナは不思議そうに、医者にもらった美白軟膏の蓋を開けたり閉めたりしている。塗るように言っても、高級な軟膏が勿体ないらしく、ほとんど使わない。
ユーフェミアにその軟膏を塗ってあげたら、いい匂いのせいか、指で拭って舐めてしまった。
どうやら、イナとユーフェミアに化粧品を使わせるのは難しいようだ。
「私、日焼けしすぎなの?」
リィギスの深刻な表情をいぶかしく思うのか、イナは何度もそう尋ねてくる。
「い、いや、ちょっと……アスカーナの人間はびっくりするかな、という程度……だよ。ごめん、僕が騒ぎすぎたね」
将軍に会って確かめてみたところ、イナもユーフェミアも、彼ほど色黒ではなかった。
当たり前だ。何十年も潮風と日差しに晒され続けた勇猛な彼と、船で旅してきた妻子の日焼けぶりが同じはずがない。ただ対面時の衝撃が大きすぎて、リィギスの目には、塗りつぶしたように真っ黒に見えていただけらしい。
「そうなの。私はガシュトラの人間だし、何を言われてもいいけれど……ユーフェが真っ黒って笑われたら可哀相だな。どうしようかしら?」
イナはちょっと困ったように考え込み、運んでもらった荷物をごそごそと探り始めた。
「うーん、これでいいかな、明日の王家の皆様へのご挨拶……」
どうやらイナは何か思いついたらしい。
「ごめんね、イナ。僕たちの常識に合わせる必要はないんだよ。君は……あの……世界で一番綺麗な女性なんだから……」
「そうね。何か言われても、ガシュトラに帰るまでのことだからいいわ。ええ、いい事思いついた。大丈夫よ、貴方。私に任せてください」
後半の愛の言葉をさらりと聞き流されて、リィギスはしゅんとなる。
考え込んでいたイナは笑顔になり、足元で遊んでいるユーフェミアを抱き上げた。
「さ、お風呂に入りましょうね、ユーフェ」
イナはどんな些細なことも侍女に任せず、ユーフェの世話を自分で見続けている。ユーフェがいい子なのはイナのおかげなのだ。
自分には勿体ないほどの妻であるイナに、日焼けのことであれこれ言うなんて良くなかった、と、リィギスは心の中で反省をした。
そして次の日。国王と王太子への挨拶に向かう時間が来た。もちろん二人は小麦色に焼けたままだ。軟膏が効いた様子などない。
「閉塞した貴族社会には新しい流行も必要なんだ。君は僕たちのくだらなくて狭い常識に付き合う必要はない。そうだよね、イナ」
「悩みすぎよ、貴方。本当に真面目なんだから……アスカーナに気を遣うのは分かるけれど」
イナはリィギスに相づちを打ちつつ、ユーフェミアに一風変わった衣装を着せている。
「どうしたの、その服」
「バルシャさんに頂いた民族衣装なの。旧教の村で作っているそうよ。昔のガシュトラ人は、貴賤を問わずこの服を着て、装身具で身分差を表したのですって」
そういえば見たことがある。ガシュトラ王宮では、昔ながらの衣装はすっかり廃れているが、祭りのときに踊り子が着ていた。
「はい、ユーフェ」
薔薇色に染めた長い長い麻布を身体に巻き、刺繍で飾った帯で締める、美しい衣装だ。
ユーフェミアは特別な格好が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべて、ちょこちょことリィギスに駆け寄ってきた。
「とうしゃま、みて!!」
断じて親馬鹿ではないつもりだが、精霊の姫君のような可愛さだった。控えめに言っても国花フラメンカの精霊としか思えない。
「ああ、可愛いな……世界一可愛いよ、ユーフェ……古代ガシュトラの姫君のようだ……でもこんな難しそうな着付け、イナはどこで習ったの?」
首をかしげたリィギスに、イナは笑顔で答えた。
「サナリタさんのお嬢さんが教えてくださったのよ。大神殿がなくなったせいか、旧教の村の食べ物とか衣装がちょっとした人気なんですって。大陸の流行とは全然違って新鮮だからかしら?」
「そうなんだ、ユーフェに似合うな、ユーフェは何でも似合うからな。可愛すぎてアスカーナの王宮中の人気者になってしまうかも……」
異国風の衣装を着た娘にめろめろのリィギスの様子に、イナがますます笑い出す。
「ユーフェのことを見てて。私も着替えてくるわ」
リィギスに伴われたイナを見て、大広間の人々は一斉にため息をついた。
小麦色の肌に纏っているのは、蓮の花の色に染めた古代ガシュトラの衣装だ。長い白金の髪はいつもと違い、一つに高く結い上げて垂らしていた。
その足元には、同じ衣装を着せられた愛らしいユーフェミアが、ちょこんと寄り添っている。
ひいき目なしに、今日のイナは異国の女神のようだ。その思いは、祖父も同じだったらしい。
「なんと美しい。異国の女神とは貴女のような女性を言うのでしょう。リィギスが貴女に恋をしたのも無理はない。まさに神の棲まう大地の花だ」
誰よりも礼儀作法にうるさいはずの祖父が、ご機嫌な笑顔でイナの手を取る。
おそらく、一目でイナを気に入ったのだろう。
――なるほど……君は賢いな、イナ……。
リィギスは心の中で唸り声を上げる。
もしもイナがアスカーナで流行っているドレスをこの場に着てきたら、手厳しい貴族たちからは『日焼けがみっともない』と思われたかもしれない。
だが美しい異国の衣装に身を纏うイナは、完璧な『異国の美女』に見えた。
真っ黒に日焼けした肌も、手足がほんのり透けて見える麻布の衣装のおかげで、神秘的に映る。
「ふ……賢い細君を迎えたようで何よりだな。賢い妻は宝だ。大切にするといい」
伯父が、からかうようにリィギスに囁きかけてきた。
ガシュトラに滞在していた間、伯父は何度かイナに会っている。どうやら伯父は、貴族の女性としては有り得ないほどの日焼けを『異国の美』に変えたイナの機転に感心し、面白がってすらいるようだ。
伯父に無言で頷き返したとき、ユーフェミアがアスカーナ国王である祖父に歩み寄り、元気いっぱいの挨拶を始めた。
「ユーフェ、もうしま……す。おじいしゃま……」
イナが囁く口上に合わせ、たどたどしく口にするユーフェミアを、祖父は蕩けんばかりの笑顔で抱き上げた。
「おお! なんと可愛らしいのだろう。ごきげんよう、私がお前のひいおじいちゃまだよ、ユーフェミア」
「ハイ、ごきげん……よう……ユーフェ、ふね、のって、キタ。ここ、アチュカーナ、でしょ……?」
「ああ、そうだよ。ここはアスカーナだ、お利口さんだな」
幼いユーフェのおしゃべりに、祖父の周囲に控える紳士淑女たちが笑いさざめく。どうやら彼らも、イナとユーフェミアの美しさを認め、受け入れてくれたようだ。
――来年辺り、イナの来ていた衣装がアスカーナでも流行りそうだな……。
ふと、リィギスの頭にそんな考えが浮かび上がる。
それがザグドの力によってもたらされた予言なのか、ただの想像なのかは、リィギスにも判然としない。
だが、アスカーナ王宮に舞い降りたイナの姿がとても美しく、口うるさい貴族の人々を一瞬で魅了したことは、間違いのない事実なのだった。
――本当に、僕には勿体ないくらいの奥様だ、君は……。
リィギスは、優雅な笑顔を浮かべるイナに、心からの感謝を捧げた。