あなたの側にいるために
『絶対に何もしないでください』
念願だったユリアとの結婚式も滞りなく終わり、ようやく二人きりになれたのは夫婦の寝室に入ってからだった。
オスリツア国の王族となったユリアは、一年前よりもいっそう美しく、気品に満ちていた。彼女の背丈の倍はあろうかというベールと、純白のウエディングドレスに身を包んだユリアは、その顔に歓びを浮かべながらも、終始緊張していた。
彼女がどれだけオスリツア国で教養を学んできたかは、ユリアの振る舞いからよくわかった。
民に手を振る仕草の優美さや親しみのある笑顔に、多くの者たちがユリアに好感を抱いたことだろう。
婚礼の儀は、今日より五日続く。
明日の午後からは、オスリツア国王をはじめ、ロークレイル国内の貴族たちが祝いの言葉を述べにキルシ城へやってくることになっていた。
だが、昼までは一切の予定はない。
なぜなら、それまでは夫婦となったルフィノたちが幸福に包まれるための時間だからだ。
しかし、期待に胸を膨らませるルフィノに対し、ユリアの表情は硬い。ベッドの上に正座するユリアに、ルフィノは先ほどの言葉の意味を尋ねた。
「何もするな、とはどういうことだ？」
よほど緊張しているのだろう。
肝心な部分を伝えていなかったことに、ユリアは戸惑いを見せたが、意を決したように口を開いた。
「……私は今日、こうしてルフィノ様の妻となりました。たくさんの人が私たちの結婚を祝福し歓迎してくれたことは、心から嬉しく思っています。しかしそれは、彼らが私をオスリツア国王女だと思っているから。キルシ城に仕える者たちは私の生い立ちをわかっていて王族として扱ってくれましたが、それはあくまでも表面上のこと。ルフィノ様を誑かした卑しい女が、オスリツア国王女となり戻ってきたと思っている者もいるのです」
「気にしすぎだ」
ルフィノの言葉に、ユリアは静かに、だがはっきりと首を横に振った。
「――何をされた？」
「ルフィノ様、お話をする前に約束してください。幼い頃のように私に何も言わず彼らを罰することだけは、絶対になさらないでほしいのです。これは私が乗り越えるべきこと。自分の力で彼らに王妃として認められたいのです。その日が来るまで、黙って見ていてください」
口調こそ丁寧だが、ユリアの主張はなかなかにして強気だった。
国王であり夫であるルフィノに対し「何もするな」と言い切るくらいだ。ユリア自身も相当の覚悟があってのことだろう。
ユリアはかつてルフィノへの恋慕を意識しながらも、実らない恋だと諦めた。それは、誰もがユリアを認めなかったからであり、彼女自身もルフィノに自分は相応しくないと強く思っていたからでもある。
王族と孤児。
身分という壁は、ルフィノが考えていた以上に大きな存在であり、そう思わせた一端は、ルフィノにもあった。ユリアだけを特別視し、彼女への独占欲を周囲に見せつけることで、ユリアが誰の者かを知らしめた。
「俺がそれを承知すると思うのか？」
「していただきたいのです」
「我が妃に危害を加える者を見逃せと？」
「彼らも愚かではありません。私の命を取るような真似まではしないはずです」
「程度の問題ではない。お前を傷つけられて、俺が黙っていると思うか？」
「――だから、今こうしてお願い申し上げています」
「ならぬ」
ルフィノはユリアの願いを一蹴した。
念願の初夜だというのに、この剣呑とした雰囲気は何なのか。
しかし、ユリアの気持ちもわからなくはない。自分がキルシ城の使用人たちからどんなふうに見られていたかは、彼女自身も承知している。
それは、王女となってもまだわだかまりとして燻っているのだ。
「お前は自分がどれほど尊い存在になったのか、わかっていないらしいな。使用人に虐げられてもかまわないだと？ ユリアを見下すことは俺への侮辱も同然だ。そのような不敬は断じて許さぬ」
「でも、それでは私はいつまで経っても邪魔者扱いのままです。国王が国を統べる存在であるように、王妃は城に仕える者たちを統率する義務があります。ルフィノ様の名声の妨げになるような存在にはなりたくありません！」
ままならない思いがユリアの中で渦巻いているのだ。
ぎゅっと膝の上で握りしめた拳が、小さく震えていた。
ユリアなりに王妃の役目について考えているのは、身近に手本となる者がいたからに違いない。
オスリツア国王妃は国王が政に専念できるよう城の統率をはかっていたのだろう。そんな王妃の姿は、ユリアのこれからの生き方の指針となった。
離れていた一年という時間は、ユリアに王族としての気概を持たせた。
しかし、のし掛かる王族としての重圧に気を取られすぎて、大事なことに目を向けられなくなっているのなら、元も子もない。
かつてルフィノに王子としての振る舞うよう誰よりも強く望んだのは、身分への劣等感ゆえのものだったのかもしれない。
そして、ユリアは今、図らずもルフィノに相応しい身分を得た。だからこそ、王族としての自分を受け入れてもらうことに必死なのだ。
ルフィノはベッドに腰掛け、震える彼女の拳を手で包んだ。
「ユリア、一年間よく頑張ってきたな。慣れない暮らしの中で苦労もあっただろう。その中で自分のあり方を見つけられたのはただならぬ努力の賜物だ」
「ルフィノ様……？」
「使用人たちに認められたいという気持ちも、わからなくはない。――だが、それが叶えばお前の望む王妃になれるのか？」
ユリアが戸惑いの表情になる。
ルフィノはまだ俯き加減でいるユリアの額に、コツンと額をあてた。
「俺への愛は二の次か？」
国も民もルフィノにはかけがえのない存在だ。
けれど、それらとユリアを同じ天秤にかけたくはない。愛しい人は何にも代えがたいくらい尊く、愛しい。
同じ気持ちをユリアにも持ってほしいと思うのは、おこがましいだろうか。
「愛している」
神の前で永遠の愛を誓った瞬間から、ルフィノたちは夫婦となった。
ユリアの決意を蔑ろにするつもりはないが、今宵だけは愛だけを感じていたい。人生でたった一度きりの夜を殺伐とした雰囲気で終わりたくなかった。
ルフィノは蠱惑的な声音で愛を囁いた。
「愛してるよ、ユリア。この日を待ちわびていた」
みるみる真っ赤になる姿に含み笑いを零し、柔らかな頬に口づける。
「俺を愛していると言ってくれないのか？」
唇を合わせるだけの口づけをして、ユリアに愛の言葉をねだった。
「わ……私も、愛しています」
「もっとだ」
「ルフィノ様を愛しています。ずっと……ルフィノ様だけです」
「そうだ。お前の愛は俺だけのものだ」
二度と放しはしない。
薄く開いた唇に舌を挿し込むと、たどたどしいながらもユリアが応えてくる。
いじらしい仕草に、ルフィノの欲望は容易く滾った。
ユリアを全裸にし、自らも一糸まとわぬ姿になると、さっと彼女の頬に赤みが差した。腕で豊満な乳房を隠す仕草に目を細めて、静かに彼女の上に覆い被さる。触れ合う肌の感触に堪らない感動がこみ上げてきた。
（すべて俺のものだ）
今度こそ手に入れた。
実感を得たくて、ユリアを抱きしめる。細く柔らかな存在を全身で感じることで、この幸福が現実なのだと感じた。
「ユリア、会いたかった」
手のひらで彼女の身体を弄りながら、至るところに口づけを落としていく。唇が触れるたびにユリアからは「あぁ……」と吐息が聞こえてきた。
一年前のように身体だけを重ねる行為とはすべてが違う。心が繋がっていることで、こんなにも満ち足りた気持ちになれるのか。
早くユリアと一つになりたい衝動に駆られながらも、ルフィノはユリアの身体を蕩けさせることに専念した。
「ひ……ぁ、あぁ……。ルフィ……ノ、さ……ま」
乳房の尖頂が硬く凝り、秘部を蜜液で濡らしながら彼女が絶頂の波に押し流されるのを見ても、ルフィノは愛撫の手を止めない。少しでも身体への負担を和らげてやりたい。そんな思いがあったのは最初だけで、求めていくうちに、久しぶりにユリアが理性を手放し欲情に溺れる姿を見てみたくなった。
汗ばんだ肌は快感を吸って、妖しく煌めく。身体をくねらし、悦楽に身悶えるユリアは扇情的ですらあった。目が眩むようなユリアの妖艶さに、痛いくらいに張り詰めた欲望が「早くユリアの中に入りたい」と限界を訴えてくる。
怒張した屹立の先端を蜜穴にあてがい、ほんのわずかだけ中へ押し込む。
「あ、あ……ぁっ」
歓喜に染まる嬌声にほくそ笑んで、すぐに抜き取る。
「や……ぁ……、な……んで……」
上がった不満の声に「ユリア」と囁きかける。
「俺をねだってくれ」
すると、ユリアが一瞬だけ泣きそうな顔になった。
「……欲しい……。ルフィノ様の……が」
そう言って、自ら指で媚肉を押し広げてルフィノの前に蜜穴を晒した。
「中……に来て……。ルフィノ様ので……全部満たし――あぁっ!!」
卑猥なおねだりを聞いていられたのも、そこまでだった。
ルフィノが調教した身体は、一年経っても求め方を忘れてはいなかった。根元まで欲望を押し込み、最奥を穿つように腰を動かす。
そこにユリアの身体を思いやる余裕はなかった。
飢えた獣同然にユリアを求め、一刻も早く彼女の中で爆ぜることしか考えられない。二十三年分の恋慕を注ぎ込みたくて、夢中で腰を振った。
「激し……、あ……ぁっ！」
途中、ルフィノの下から逃げ出そうとする身体を引き戻し、律動を送り込む。揺れる乳房の淫靡さにますます欲望が猛った。
「ふ……ぅ……ん、ん……。……ってしまう」
「いくらでも達すればいい」
「ひ――っ、だめ……ぁ、あぁ！」
びくびくと身体を痙攣させた直後、激しい秘部の締めつけにルフィノもまた欲望を爆ぜさせた。濃厚な体液をユリアの中へ注ぎ込める至福にぶるりと身体が震えた。
翌日の晩餐会にはオスリツア国王、第一王子であるレジェス、その息子であるクラウディオやルフィノの元婚約者であった王女まで加わるという、華やかで濃厚な顔ぶれだった。
自由時間いっぱいまでユリアを堪能したことですこぶる上機嫌なルフィノに対し、まだ快感が抜け切れず気怠げなユリアが漂わせるしどけない色香に動じなかったのはオスリツア国王たちくらいで、貴族たちは一様に落ち着きを失っていた。
ユリアの隣に座るオスリツア国王に至っては歯ぎしりをしながら、義弟となったルフィノに終始チクチクと嫌味を言い続けた。それを向かい側に座ったレジェスがしきりに宥める側で、レジェスの隣にいたクラウディオがいつの間にかユリアに抱きつきながら「絶対に女の子を産んでください。そして、僕のお嫁さんにください」と愛らしく、まだ生まれてもいない子との結婚の確約を取り付けようとする。オスリツア国王からの嫌味に慇懃な態度で対応していたルフィノが、油断も隙もないクラウディオの言動に目くじらを立てると、ユリアに「子どもの言うことではありませんか」と窘められ、ふてくされた顔をした。ユリアはオスリツア国王にも静かな声音で注意を促し、クラウディオにも席に戻るよう伝えた。そうやって、王家の面々を次々と手懐けていく様子にオスリツア国王の隣に座る王女が「ユリア様が最強じゃない」と言って面白げに眺めているという、近年稀に見る騒々しい晩餐会となった。
しかし、それこそルフィノの思惑であったことを知る者は少ない。
城の誰がユリアを虐げたのか、結局のところルフィノは聞いていない。知ったところで、何もするなと言われた以上、表立って動くことは彼女の中に芽生えた決意を踏みにじる行為にほかならないからだ。
とは言え、何もしないでいられるほどルフィノは寛容ではなかった。
なぜ、オスリツア王家の面々をわざわざユリアと近い席にしたのか。
ルフィノをはじめ、彼らはユリアの後ろ盾となる者たちであり、彼らにとってユリアがどういう存在であるかを知らしめることが、城外の者たちに向けたルフィノの静かなる威嚇であった。
そんなルフィノの思惑に気づかないユリアは、久しぶりに会った面々たちとの晩餐会を無邪気に楽しんでいる。
彼女の注意を引きたくて、テーブルの下で手を繋ぐ。指を絡ませ感触を楽しんでいると、「……ルフィノ様」と小声でユリアが囁いた。
わずかに頬を赤らめさせる様子から、どうやら彼女の中にあった情事の余韻を呼び起こさせてしまったらしい。
「お戯れがすぎます」
腕の中ではあんなにも淫らになって甘えてくるユリアが、必死に王妃の顔を保とうとしている姿も愛おしい。
（それもいつまで持つだろうな）
どうして、ユリアを見ていると、こんなにも嗜虐心をかき立てられるのだろう。
含み笑いをして、ルフィノはおもむろにユリアの頬に口づけた。
「愛している」
