ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

囚われの王女は窓の外を見上げて何を想うか

 ぼんやりと見上げた窓の向こうに、羽ばたく白い小鳥の姿が見えた。
 エルヴィーラは誘われるように身体を起こし、寝台から滑り出る。長い長い金色の巻き毛が、薄手の夜着に包まれたしなやかな身体に纏い付いた。
 エルヴィーラが窓辺に立つころには、小鳥の姿は見えなくなっていた。窓の外には、雑多な町並みと青い空が広がるばかり。
 こうして景色を眺めるなんて、どのくらい久しぶりだろう。王女であったときには余裕などなくて、身勝手な父国王と異母弟の王太子のことで心を痛め、二人のせいで苦しむ民のことを案じていた。
 皮肉なものだ。肉親を失ったことで、民を憂う必要がなくなった。王女であることに誇りを持ち、責務を果たさんと奔走していた日々がはるか昔のように思える。クーデターによって父たちは亡くなり、王女の身分を剥奪されたのは、つい先日のことなのに。
──つい先日? 本当に? すべてをなくしたあの日からの記憶は曖昧で、思考は手のひらで緩く受け止めた水のようにさらさらと流れていってしまう。
 しばらく外を眺めていると、背後から扉が開く音が聞こえてきた。ゆっくりと振り返ると、扉を閉めた男が近付いてくるのが見える。
 ウェルナー・アジェンツィ。エルヴィーラがすべてを失った日、元帥の地位まで昇り詰めた男。
 暗褐色の髪に琥珀色の瞳を持つ彼は、かつてエルヴィーラが淡い恋を抱いた相手だった。だが、その恋も残酷な形で打ち砕かれた。
 ――それも今となってはどうでもよいことだ。
「起きていたのか」
 そう言いながら近付いてきたウェルナーは、途中の椅子にあったガウンを手に取って、エルヴィーラの肩にかけた。
「そんな薄着でいると身体を冷やします」
 ウェルナーの口調は、ぞんざいな物言いと丁寧な物言いとが混在することがある。先日まで王女であったエルヴィーラにどう語りかけるか決めかねているようだ。
 頭一つ分背の高いウェルナーをぼんやりと見上げると、彼は満足げに微笑んで顔を近付けてくる。エルヴィーラが目を閉じるとすぐ、唇にしっとりとした柔らかいものが押し当てられるのを感じた。その瞬間、身体にさざ波のような快感が走る。二度三度とついばまれるうちに、エルヴィーラの唇は快楽に痺れて緩んできた。それを見計らったかのように、ウェルナーの舌が唇の間に潜り込み、エルヴィーラの口腔を刺激する。ただでさえぼんやりとしていた頭は、甘く霞んでいった。
 全身に力が入らなくなってくずおれそうになったエルヴィーラを、ウェルナーは危なげなく抱き止め、両腕に抱え上げた。寝台に優しく下ろすと、そのまま覆い被さってきてまた唇を重ねる。
 またするのだろうか。──考えても仕方のないことだ。嫌と思ったとしても、エルヴィーラに拒否権はない。
 前開きの夜着をはだけられ、大きく硬い手のひらが円やかな膨らみを揉みしだく。手のひらの中で勃ち上がり始めた先端の蕾が擦れると、ぴりっとした甘い刺激が走って、エルヴィーラは喉を鳴らした。
「ん……」
 ウェルナーは口づけをやめて、エルヴィーラの脚の間に手を滑り込ませた。骨太な指先が、くすぐるように蜜口をかき回す。するとくちゅくちゅという粘ついた水音がすぐに聞こえてきた。
 ウェルナーが満足げに囁く。
「ここはもうとろとろだ。俺のがまだ残ってたのかもしれませんが、それだけじゃないですよね?」
 からかいを含んだ言葉。以前であれば辱めと受け取り傷付いただろうが、今は何も思わない。ただ、敏感な粘膜をくすぐられる感触に身悶え、より強い刺激を求めて自然に腰を揺らすばかり。
 耳元で密やかな笑い声がした。
「準備は十分なようだ。──いきますよ」
 ウェルナーは蜜口から指を引き抜き、代わりに指より大きく熱いものを宛がう。エルヴィーラが無意識に息を呑むと、彼は宥めるようにそっと頬を撫でた。
「ここまで柔らかければ大丈夫」
 言い終わらないうちに、ウェルナーはぐっと腰を進めてくる。解されていなくても、エルヴィーラの胎内は彼の雄芯をすんなりと受け入れた。
 自身をエルヴィーラのナカに根元まで収めると、ウェルナーは顔をしかめながらにやりと笑った。
「ほら、すっかり入った。貴女のここは、俺の形を覚えているんです」
 そう、なのだろうか……?
 脳裏に巡らせ始めた思考は、彼が律動を始めると、快楽の中に溶けて消えた。
「んっ、あ、あぁ……」
「いい声だ。ナカだけでもずいぶん感じるようになりましたね。これはどうです?」
 角度を変えて奥を突かれたとたん、背筋にまで響く強い快感に襲われる。エルヴィーラはたまらず仰け反った。
「ああ……っ!」
 ひときわ大きな声を上げたエルヴィーラを、ウェルナーは容赦なく責め立てる。同じ場所を何度も突かれ、エルヴィーラはあられもない声を上げてウェルナーの下でのたうった。その動きが彼の律動と同調し、二人の繋がりをより深くしていると気付かずに。
 ウェルナーはため息混じりの艶めいた声で話しかけてきた。
「ここが好きなようですね。ナカからどんどん愛液が溢れてくる」
 エルヴィーラもそのことに気付いていた。身体の奥底からこんこんと湧いて、雄芯にかき出されている。それが、二人がぶつかり合う場所で攪拌されて、ぐじゅぐじゅと淫靡な音を立てる。
「んぁっ、あっ、あぁ……っ、んっ、ん……くっ」
 激しい突き上げに呼吸さえままならない。苦しくなって首を左右に振って抵抗するエルヴィーラに、ウェルナーは甘く囁いた。
「もっと、もっと感じて、俺に溺れて。貴女は俺だけを見ていればいいんです」
 その言葉は毒のように心身に染み渡り、エルヴィーラはウェルナーに導かれるままよがり狂っていった。

「あぁ────!」
 甲高い声を上げてエルヴィーラが達すると、ウェルナーもそれを追いかけるように、彼女の奥底で自身を解放した。締め上げてくる膣壁の動きを助けに最後の一滴まで吐き出すと、弛緩した彼女のナカからゆっくりと己を引き出した。
 その刺激にエルヴィーラはぴくっと身体を震わせる。寝台に身体を沈めて懸命に息を継いでいたがやがて呼吸は穏やかになり、そのまま寝入ってしまった。
 ウェルナーは唇に愉悦を浮かべて、その様子を眺めていた。
 エルヴィーラがこんなにも従順になるとは思ってもみなかった。正気であれば、無理矢理純潔を奪ったウェルナーを決して受け入れはしなかっただろう。
 すべてを奪われたあの日、エルヴィーラは壊れた。王女としての高潔な精神も失われ、ウェルナーの言う通りに動く操り人形になった。
 人並みの心を持たないウェルナーでも、彼女の今の有様を哀れに思う。だが、これこそがウェルナーの望んでいたことでもあった。
 誇り高い王女は、ウェルナーにとって高嶺の花だった。いくら地位を上げても、それだけでは手に入れるのは不可能だとわかっていた。
 だから、クーデターを利用して彼女を王女の位から引きずり下ろして身体だけ奪った。
 だが、これで終わりではない。?計画?は道半ばで、完遂させなければ彼女を失う危険がつきまとう。
 エルヴィーラとの情事にふけるのは、?敵?の油断を誘うのにも好都合だった。ウェルナーが色事にうつつを抜かすことが、?奴?の油断を誘いレイたちの作戦のカモフラージュにもなっている。
 ウェルナーが取るに足りない小者の振りをしているせいか、想定以上に事態ははやく進んでいる。次の段階に進むためには、エルヴィーラに正気を取り戻してもらわなければならない。悔しいが、それは簡単だろう。骨の髄まで王女たらんとする精神を叩き込まれた彼女は、?王女の責務?をささやけば、瞬く間に正気に戻るに違いない。
 そのとき、エルヴィーラは再びウェルナーを憎むことだろう。それも承知の上で、彼女の身体だけでも手に入れることを選んだ。
 でも、もう少しこのままで……。
 傍らに眠るエルヴィーラの金の髪を撫でながら、ウェルナーは他の誰にも感じたことのない想いが胸に溢れるのを感じていた。

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