似た者主従
結婚式を間近に控えたこの日、ラーフィンはリリアナと共に、馬車で王弟アレクセルの屋敷に向かっていた。
以前から「リリアナ嬢を連れて来い」とアレクセルに言われていたので、紹介と挨拶を兼ねた訪問だ。
「何だかドキドキしてきました。アレクセル殿下といったら高貴な身分というだけでなく、とても有名な方ですもの」
王族であり、リーデンスバーグ国の軍を統括する元帥でもあるアレクセル。セルフィー戦争が彼と彼の率いる精鋭部隊の活躍のおかげで勝利したことは記憶に新しい。
ただ勝利の立て役者であることは、アレクセルを語る上でほんの一部のことでしかない。田舎にずっと引きこもっていたリリアナの耳にすら、彼にまつわる話は届いていた。
たぐいまれなる容姿と才能、それに巨大な魔力を持って生まれたアレクセル。もし彼が長男として生まれていたら、その誕生はさぞ熱狂的に迎えられたことだろう。
けれど、すでに同母の兄がいて王太子の座についている。魔力を持たず、容姿も才能も平凡だった兄王子。アレクセルの存在は、彼の地位を脅かし、王位をめぐって宮廷を二分してしまう恐れがあった。
アレクセルが成長するにつれ、その懸念は現実のものとなる。優秀な彼が王太子になるべきだとアレクセルを担ぎ出す動きが出てきたのだ。
ところがその動きを封じたのはアレクセル本人だった。自分を担ぎ出そうとした貴族をことごとく潰して回り、兄王子の地位を盤石なものにしていった。
周りの思惑はどうであれ、アレクセルは兄王子と仲がよく、王位への興味はまったくなかった。また本人の性格も統治者向きではないらしい。
「あの人が王位についたらこの国は滅びますよ。我が強くて気まぐれで独善的で、興味がないことは一切やろうとしないんですから」
とは、アレクセルをよく知るラーフィンの談だ。
彼にそこまで言わしめるアレクセルに、リリアナは興味を覚えるのと同時に、とても微笑ましく思っていた。
一緒に住むようになって分かったが、ラーフィンは誰に対しても態度も言葉づかいも丁寧で、柔和な態度と微笑を崩さない。でもそれは相手と距離を置き、本心を見せないようにするための一種の防護策のようなものだ。
そのラーフィンがこれだけ遠慮なくこき下ろすということはそれだけアレクセルに心を許しているということだ。
――よかったわ。ラーフィン様にそういう相手がいてくださって。
生まれた時から周囲に疎まれ続け、追い出されるように魔術師の塔に入ったことを知っているだけに、リリアナはアレクセルの存在に感謝していた。
「そういえば、アレクセル殿下には奥方様がいらっしゃるのですよね?」
あまり公になっていないが、アレクセルには妻がいる。本人は妻帯者であることを隠していないが、なかなかその事実が広まらないのは、奥方が公式の場にまったく出てこないからである。重臣たちの中でも奥方を見たことがあるのはほんの一部だし、大半の貴族はその顔を知らないのだ。
「ええ、外国出身の方です。この国に知り合いはほとんどいないので、殿下はできればこれを機にあなたに奥方の友人になってもらいたいと思っているようですよ」
「まぁ、私なんかでいいのですか?」
「ええ。殿下はきっと話が合うだろうからとおっしゃっていました」
「私でよければ、いくらでも話し相手になりますわ」
リリアナは微笑んだ。リリアナ自身も王都に知り合いはなく、女性の友だちがほしいと思っていたところだった。
彼女の返答を聞いて、ラーフィンも微笑んだ。
「明るくて気さくな方ですから、すぐに仲良くなれると思いますよ」
何しろ互いに籠の鳥ですから――。と口の中で小さく呟かれたラーフィンの言葉はリリアナの耳に届くことはなかった。
「やぁ、よく来てくれたな。二人とも」
屋敷の玄関ホールで出迎えてくれたアレクセルに、リリアナは圧倒された。
金色に光り輝く髪に、明るい緑色の瞳。均整のとれた体躯。男性美に溢れたその容姿もさることながら、彼の強烈な存在感に一瞬言葉に詰まる。
「お招きありがとうございます、殿下。婚約者を紹介させてください」
ラーフィンの言葉にハッと我に返って、リリアナは慌てて頭を下げた。淑女の礼をするために、膝を折る。
「リリアナ・ハルスタインです。アレクセル殿下。この度はお招きありがとうございます」
「そんな堅苦しい挨拶は無用だ。リリアナ嬢、顔を上げてくれ」
アレクセルは朗らかに笑った。
「そんなに完璧な淑女の礼をされると、妻がいたたまれなくなるから、この屋敷でそういうものはナシだ。気を楽にしてくれ」
「は、はい」
おずおずと顔を上げると、笑いを含んだ緑色の瞳とかち合った。
「初めまして、アレクセルだ。ラーフィンがいつも世話になっているな。これからもよろしく頼む。それから、こちらは妻のミサキだ」
言われて初めてアレクセルの斜め後ろに小柄な女性がいることに気づく。女性は前に出ると、ぺこっと頭を下げた。
「初めまして、リリアナさん。アレクセルの妻のミサキです。どうぞよろしくお願いいたします」
リリアナはミサキを見て目を丸くする。
公の場に出ない――いや、アレクセルが出さない理由が分かったのだ。
アレクセルの妻は外国の出身だというだけでなく、人種自体も少し違っていたのだ。
自分たちとは違う顔だちに、変わった響きの名前。黒髪に黒目という珍しい取り合わせ。小柄で、子どものようにも見える容姿。でもとても愛嬌があって、可愛らしい。
――確かお子様が生まれたそうだけど、奥方様は、おいくつなのかしら?
疑問に思いながらリリアナもミサキにならって頭を下げる。
「リリアナ・ハルスタインです。よろしくお願いいたします」
くすっとラーフィンが笑う。
「驚いたでしょう? 奥方を見た人はたいてい驚くんです。この国には珍しい顔だちですからね。それに子どものように見えますが、れっきとした成人女性ですよ」
「私はここからすごく遠い東方の国の出身なんです。色々あってこの国に流れ着いて……運悪くこの人に捕まってしまったんです」
言いながらミサキが指さしたのは、アレクセルだった。
「運良く、だろう? 俺はお前と出会ったのは運命だと思っている」
臆面もなく言ってのけたアレクセルは、人前だというのにミサキの腰に腕を回すと、リリアナたちに微笑んだ。
「中に入ってゆっくりしていってくれ」
「そういえば、フィン。この間の事件で捕まえた間者なんだが、処遇が決まりそうだ」
「へぇ。送還になりましたか?」
「そっちの方向で話が進んでいる。向こうは知らぬ存ぜぬを通したかったようだがな。捕まえたやつの中に何人かそれなりの地位のやつがいて、そいつらから隣国の機密情報が漏れたら困ると思ったようだ。兄上は送り返す条件として、できるだけのものを搾り取りたいとお考えだ」
「さすが陛下ですね。粘り強さと、手を変え品を変えての交渉術はとても真似できません」
応接間に腰を下ろした四人だったが、さっそく男二人が仕事の話を開始する。自分たちの前で話すということは、知られてもいい事柄なのだろうが、話についていけないリリアナたちは手持ち無沙汰になってしまう。
「ねぇ、リリアナさん、二人は放っておいて、私の子どもを見に行きません?」
半年ほど前、アレクセルとミサキの間には男の子が生まれている。
「わぁ、ぜひお願いします!」
ラーフィンたちに断って一緒に居間を出た二人は、ミサキの案内で子ども部屋に向かった。
「紹介するわ。うちの小さな王子様、ヴィランよ」
子ども部屋の真ん中には柵のついた小さなベッドが置かれている。覗き込んでみると、そこには金色の髪をした赤ん坊がすやすやと眠っていた。
「まぁ、なんて可愛いんでしょう!」
リリアナは感嘆の声を上げる。お世辞ぬきで、ベッドに眠っている赤子はとても可愛かった。将来はきっと美男子に成長するだろう。
目を閉じているので瞳の色は分からないが、父親と同じ緑色なのかもしれない。
「アレクセル殿下とそっくりですね」
金髪といい整った目鼻立ちといい、子どもはアレクセルと瓜二つだった。
「そうなの。遺伝的には黒になるはずなのに、私に似たところがまったくなくて、あの鬼畜そっくりなのよ!」
なぜかミサキは時々アレクセルを鬼畜と呼ぶ。呼ばれたアレクセルが怒ることなく笑っていることから、日ごろからそう呼んでいるのは明らかだった。
「だって、鬼畜だもの。私、出会うなりあいつに拉致されてこの屋敷に軟禁されたの。自分と結婚しない限り、外に出さないとか言われて」
最初リリアナは冗談かと思ったが、ミサキの表情は真剣だった。
「何度か脱走したんだけど、そのたびに連れ戻されて酷い目に遭ったわ」
「あの、お二人は好き合って結婚したのでは……?」
アレクセルの妻への溺愛は、城でも有名だと聞いている。仕事の時以外は傍から離れようとしないし、珍しい品が手に入るとアレクセルは必ず彼女への土産として持ち帰るらしい。
「私は結婚するつもりなんて全然なかったわ! だって故郷に帰るつもりだったんだもの。それを何度もあの鬼畜のせいで阻まれて……!」
悔しそうに拳を握るミサキに、リリアナは目を丸くした。どうやら、アレクセルとミサキはリリアナが思っていたような仲ではないようだ。
「でも結局子どもができちゃったから、帰郷は諦めたけれどね。それにこの子も……」
ミサキはお腹をそっと撫でる。よく見ると、ゆったりとしたドレスのお腹の部分が少し膨らんでいた。
「まぁ、もしかしてお腹に赤ちゃんが?」
「そうなの。二人目がここにいるの。故郷に帰りたいのはやまやまなんだけど、ここには大事な家族がいるから、もう離れるつもりはないわ」
お腹を撫でながらベッドで寝る赤子を見つめるミサキの瞳はとても優しかった。
「この子たちのために、少しずつこの地に根を下ろしていくつもりよ。あの鬼畜の思い通りになって、ちょっと悔しいんだけどね」
「ミサキ様……」
「私ね、あなたの話をアレクセルから聞いて、ぜひ会いたかったの」
急にミサキはリリアナを振り向いて笑った。
「あの陰険魔術師が結婚する気になった相手はどういう人なのかなって思って」
リリアナは目を瞬かせる。
「陰険魔術師って……あの、もしやラーフィン様のことですか?」
「そうよ、だってフィンは腹黒で陰険でしょ。顔と外面だけはいいけれど!」
腹黒というのはリリアナも分からなくはないが、陰険というのはどうだろう?
「ラーフィン様はとてもお優しい方ですよ。兄にもよくしてくださいますし……」
「えー、絶対陰険よ。だって、私、何度かここを脱走したけれど、そのうちの半分くらいはフィンに捕まって連れ戻されているのよ。そのたびに嫌みを言われたわ」
ミサキを魔術で拘束して、面倒くさそうにラーフィンは言ったそうだ。
『貴女の故郷に帰りたいという気持ちは分からなくはないですが、そろそろ諦めていただけませんかね。貴女が脱走するたびに駆り出される身にもなってください。私も暇じゃないんですから。このまま殿下の寝室に転送しますので、おとなしくお仕置きを受けてくださいね。そして脱走騒ぎなど二度と起こさないでくださると、大変ありがたいです』
「なんて笑顔で嫌み言うのよ! ああ、思い出しただけで腹立つ! 何が『私も暇じゃないんですから』よ!」
ミサキは地団駄を踏む。よほど悔しいのだろう。それでもめげずに何度も脱走したというのだから、ミサキの精神力と行動力は目を見張るものがある。
――これはラーフィン様も大変だったでしょうね。
リリアナにはなんとなくラーフィンの気持ちが分かる。
アレクセルに命じられたらラーフィンはミサキを捕まえにいかないわけにはいかなかっただろう。仕事とはいっても、私事で、しかも原因は痴情のもつれなのだ。駆り出された彼がミサキに多少嫌みを言ってしまうのも無理はない。
「申し訳ありません、ミサキ様。でもラーフィン様も好きで捕まえに行っていたわけではないと思うので……」
なだめるように言うと、その辺りは分かっているのか、ミサキはすぐに気持ちを切り替えて謝罪した。
「ごめんなさい、気分悪いわよね。あなたの前でラーフィンの悪口なんて言って。それに、当時は腹立たしかったけれど、彼に非がないことも分かっているの。色々迷惑かけたことも」
「ミサキ様……」
とても素直な女性だとリリアナは思った。
ミサキは感情豊かで自分の気持ちに素直な女性だ。人と会話する時は相手の目を見て話す。自分の非を認め、素直に謝罪することができる。どれも貴族女性には難しいことばかりだ。それを彼女はあっさりやってのける。
それを貴族らしくない、はしたない、子どもっぽいと捉える人には彼女の魅力は分からない。けれど、そう思わない人にとっては、ミサキはとても生き生きと輝いて見えるのだ。
生まれた時から王族で、貴族女性に囲まれていたアレクセルが、ミサキに惹かれるのも当然だ。
「気分悪いなんて思いませんわ。ミサキ様」
「ありがとう、リリアナさん」
嬉しそうにミサキは笑う。
「フィンの相手がリリアナさんでよかった。それに、少し安心した」
「安心……ですか?」
「ええ。リリアナさんが私みたいに騙されたり、無理やりラーフィンと婚約したわけじゃないことが分かって。だって、アレクセルが事あるごとにリリアナさんのことを『気の毒だ』『フィンに見初められて可哀想に』なんて言っているから、私のようにやむを得ずラーフィンと結婚することにしたのかと思って少し不安だったの」
「ええ!?」
驚きのあまりリリアナはぽかんと口を開ける。
「でも、リリアナさんはラーフィンのことを好きみたいだし、ちゃんと自分の意志で彼のもとにいくのだと分かったわ。だから安心したの」
「もしかして、ミサキ様はわざとラーフィン様のことを……?」
リリアナの反応を見るためにわざとミサキはラーフィンの悪口を言ったのではないだろうか。もしリリアナが意志に反してラーフィンと結婚させられるのだとしたら、必ずその言葉に飛びついただろうから。
「ラーフィンを腹黒陰険だと思っているのは本当ですけどね」
ミサキはいたずらっぽく笑う。その明るい笑顔に釣られてリリアナも笑みを零す。
「そうですね……腹黒いところがあるのは認めます。ラーフィン様、抜け目ないですもの」
「だよね!」
二人で顔を見合わせてクスクスと笑う。それから傍で赤ん坊が寝ていることを思い出し、同時に口元を手で覆った。
「もうそろそろ二人のところへ戻りましょうか」
声を落としてミサキが促す。リリアナは笑顔で頷いた。
廊下を応接室へ向かって歩きながら「そういえば」とリリアナは首を傾げる。
「殿下はなぜ私を気の毒とか可哀想などと言ったのでしょう?」
「さぁ。鬼畜の考えていることはよく分からないわ」
ミサキは肩を竦めた。
「でもあの二人は似た者同士だから、何か思うところがあるのかもしれないわね」
楽しい時間を過ごした後、アレクセルの屋敷を辞したラーフィンとリリアナは馬車の中でこんな会話を交わしていた。
「それで、奥方と仲良くなれそうですか、リリアナ?」
「はい、もちろんです! ミサキ様はとても気さくで楽しい方ですもの。これからも時々会って話をしましょうって約束しました」
嬉しそうに笑うリリアナを見てラーフィンも満足そうだ。
「それはよかった。殿下は彼女をあまり表に出したがらないので、女性の友人と呼べる相手がいないのです。貴女たちは歳も近いですし、これからも仲良くしていただければ、私も殿下もありがたい」
「私の方こそ、王都ではまだ友人もいませんし、同性のお友だちができてとても嬉しいです。紹介してくださってありがとうございます、ラーフィン様。……あ、そうですわ。ミサキ様に聞いたのですが、以前よくあの方が屋敷を脱出なさるので、ラーフィン様が捕まえに行っていたとか」
当時のことを思い出したのか、ラーフィンは苦笑いを浮かべた。
「聞いたのですか。ええ、そうです。よく脱走なさるので、そのたびに駆り出されました。いい迷惑でしたよ。殿下のお遊びに付き合うのも楽ではありません」
「お遊び?」
「あれは殿下のお遊びだったんです。わざと隙を作って脱走させていたんですよ。そして捕まえては彼女の鼻っ柱をへし折って楽しんでいました」
「楽しんでって……」
リリアナは絶句する。
「悪趣味ですよね。そうやって脱走させて捕まえて、無駄なあがきだと思い知らせて自分のもとに縛りつけたんですよ。そんな茶番に毎回付き合わされる私の身になって欲しいです」
「なんてこと……」
額に手を当て、リリアナは呻く。
――ミサキ様は知っているのかしら? いえ、きっと知らないわね。
アレクセルに無理やり留めおかれ、今は子どもという存在で彼に繋がれている。きっと一生逃れることはできない、強力な枷――。
「なんてお気の毒な……」
リリアナはミサキを思って深いため息をついた。
一方、アレクセルの屋敷では、去っていくトワイエ家の馬車を見送りながら、こんな会話が交わされていた。
「リリアナさんを紹介してくれたってことは、友だちになっていっていいってことよね、アレクセル」
「ああ、かまわないさ。そのために二人を呼んだのだから。どうやら彼女を気に入ったらしいな」
ミサキは大きく頷く。
「ええ。とても素敵な方よ。いい友だちになれそう」
「そうか」
嬉しそうな妻の笑顔に、アレクセルは目を細める。
「彼女も王都に来たばかりで親しい友人はいないそうだ。お前が友人になってくれればフィンも安心だろう。……ああ、でも、お前があちらを訪ねるのはかまわないが、彼女を外に連れ出す時は必ずフィンの了解をとれ。絶対彼女一人の時にあの屋敷から出そうとするんじゃないぞ」
「え? どうして? フィンはそこまで彼女の行動を制限しているの?」
不思議そうにミサキはアレクセルを見上げた。
「そうとも言えるし、違うとも言える。リリアナ嬢はラーフィンの籠の小鳥だ。籠の中にいることに慣れた小鳥は、扉を開けたとしても自分から表に出てこようとしない。籠の中が自分にとって安全な居場所だと分かっているからな。リリアナ嬢も同じこと」
「アレクセル?」
くっくっと笑いながらアレクセルは「彼女には言うなよ」と前置きした上で、ラーフィンがリリアナにやったこと、今もし続けていることを告げた。
消された記憶。植え付けられた記憶と刷り込まれた恐怖。
「彼女はフィンの傍が安全だと思い込まされている。ラーフィンが大丈夫だと暗示をかけないと、屋敷から出られないんだ。だから勝手に彼女一人の時にフィンの屋敷から連れ出すなよ。最悪の場合、リリアナ嬢は発狂するかもしれん」
「あ、あの鬼畜! 腹黒陰険魔術師め! ちょっと見直した私がバカだったわ!」
あきれ果てながらミサキは叫んだ。
――リリアナさんが気の毒すぎる。
まさか同じような同情をリリアナから向けられているとは思っていないミサキは、笑っている夫を睨みつけた。
「この、似た者主従め!」
「主従とは似るものだ、ミサキ。選ぶ相手もな。お前たちも十分似た者同士だ」
「ふざけんるんじゃないわよ!」
青い空の下、ミサキの怒ったような叫びとアレクセルの笑い声がいつまでも響いていた。