雪が舞っている
ジゼラが窓を開ければ、カーテンがまるくふくらみ、凍てつく風が吹きこんだ。彼女の長い黒髪が流されて、簡素な服が揺れ動く。
窓枠にほおづえをつき、ジゼラは外を眺める。たとえ寒く感じても、かすかに届く潮騒を聞くのが好きだった。
おにいさまが新たな住処とした海辺の家は、すぐに引っ越すことを見越しているのだろう、長くは持ちそうにない古い時代のものだった。それでもジゼラの理想にそっていた。
いまの家は以前と同じく、まわりに木々が生い茂っているものの、なかにはちいさな庭があり、春になれば花やハーブが植えられる。家は小高い丘に建っているため、奥の部屋の窓からは、海がきれいに見渡せた。晴れた日はまさに圧巻だ。光を受けた水面は、さながら宝石が散りばめられているかのようにきらきらと輝いた。
海を見るたびジゼラはしあわせをかみしめる。念願の海を見られたことにではなく、彼が、二年ほど前にジゼラが言った海へのあこがれを覚えていてくれたのがうれしい。
ジゼラは空に向けて手を差し出した。いまは陰気に雲が垂れこめていて、太陽を隠しているけれど、残念だとは思わない。ちらちらと、白くきれいな雪が降っているからだ。それはまるで踊っているようで、ふわふわと揺蕩うさまは幻想的に目に映る。
舞い落ちてくる雪を壊れないように、そっと手のひらに受け止めた。すぐに消えてゆく結晶の溶けるさまを見守って、外出している彼のことを考えた。
いま、おにいさまはステッラ婆さんのもとに行っている。家事を終えたジゼラは、言いつけどおりに彼の帰りを待っていた。
住まいを移してからというもの、彼は毎日むずかしい本を読んで勉強している。ステッラ婆さんの勧めで、医者を目指しているらしい。いつになく真剣に本に向き合う横顔は研ぎ澄まされていて、ジゼラは彼のすてきなところを新たに見つけて、ひそかに胸を高鳴らせる。数え切れないほどのすてきを見つけているけれど、勉強する彼の落ちた髪のすきまから見えるまなざしが特に好きなのだ。
外気にあてられ、身体が冷えて身ぶるいしたとき、がちゃがちゃと鍵を開ける音がした。彼が帰ってきたと気づいたジゼラは窓を閉め、すぐさま部屋を飛び出した。
玄関口に、うつむき加減で雪を払う彼がいる。
──おにいさま。
言いかけて、首を振る。ジゼラは大切な名まえを口にした。
「……ヴィクトル」
呼びかければすぐに、彼の水色の瞳とジゼラのみどりの瞳が、熱をもって交差した。彼は白い首巻きと帽子をはずしてジゼラに歩み寄ってくる。
「おかえりなさい」
「ただいま。また窓を開けていたんだね」
「雪を見ていたの。結晶が、きれい」
「結晶? 刺しゅうの図案にしたいと言っていたね」
ジゼラの身体をぎゅっと包み、彼は彼女の額に唇を押し当てた。
「ずいぶんと冷えている」
キスしたままでたしなめる。
「だめだよ、もっと身体を気遣って」
「ん……」
そのまま彼の唇は移動して、ジゼラの口の上にのる。彼はついばむようなキスをくり返し、角度を変えて、今度はしっとり重ねてきた。
ジゼラは彼の首に手を回す。導かれるまま、ちいさく唇を開いて彼を受け入れた。
「ヴィクトル坊やの言うとおりだよ。嬢ちゃん、風邪をひいては大変だ。暖かくしな」
聞き覚えのあるしわがれ声に、ジゼラは肩をびくりとさせた。恥ずかしさに、一瞬にして顔が紅潮してしまう。
「ステッラさん……!」
彼に抱きかかえられながら、ジゼラはぎこちなくうつむいた。
「……おひさしぶりです」
「まったく、仲睦まじいのはいいことだけどね、なにもわたしの前で口吸いすることはないだろう。あんたたちときたら、このまま性交しかねない勢いじゃないか」
彼はさりげなくジゼラを背後に隠しつつ、老婆に向けて唇のはしを持ち上げた。
「見せつける趣味はないよ。ねえ婆さん、ジゼラを診てあげて」
「そのつもりで来たんだ。ほら、ついてきな」
この老婆よりもふたりは速く歩けるのだが、おとなしく彼女に従った。
老婆はゆっくりと暖炉の前まで移動して、しわしわの手でジゼラを呼び寄せた。その差し出された手にジゼラが手をのせると、老婆は細い目をさらに細めて言った。
「どうだい、痛みはないかい?」
「ありません」
「そうかい、相変わらずわたしの腕は最高だね。で、月の障りはきたのかい?」
ジゼラが大きく目を開けて、驚きの様子を見せれば、老婆はあごをつき出した。
「恥ずかしがるんじゃないよ、大事なことだ」
まごつくジゼラのかわりに答えたのは、彼女の背後に立つ彼だった。
「きたよ。ねえ婆さん、ジゼラにへんな質問はやめてくれないかな。慣れてないんだ」
「なにがへんなものか。ふたりで妊娠するような行為をしておいてよく言うよ。ヴィクトル坊や、あんたはジゼラから答える機会を奪いすぎだ。内気に拍車がかかっちまうよ」
「ジゼラは内気でいいんだ。ぼくが守る」
「ばか、なに言ってんだい。この子はちゃんと意志を持った子だ。そもそも月の障りはね、男のあんたが知るようなことじゃないんだ。それにしてもあんたって子はあきれるね」
彼は椅子の背にかけてあった毛布をとって、ジゼラの肩にかけて答える。
「あなたにあきれられるようなことはしてないよ」
「ふん、あんた、ようやく医者になる決意をしたかと思ったら、そのわけが、この街には男の医者しかいないからだなんてね。だいたいわたしが特殊ってことを知らないあんたにびっくりだ。本来医者は男の仕事なのにね」
「男なんかにジゼラを診せられるもんか。ぞっとする。緊急の場合、婆さんが近くにいないと大変でしょう。ぼくが診ないと」
老婆はちらとジゼラを一べつして、ほほえみかけた。
「またこの子はしあわせそうな顔をして。ヴィクトル坊やと話してても埒があかない。さ、傷を見せてみな」
言われるがまま、ジゼラがスカートをたくし上げれば、白いおなかの傷痕があらわれる。それを老婆と彼は顔を近づけて観察する。
静かに見ているふたりの視線にじりじり焼かれているようで、ジゼラはうろたえた。
「……恥ずかしい」
そんなジゼラの言葉に、老婆は鼻を鳴らしてみせる。
「医者に対して恥ずかしがるなんてばかげてる。もう安心しな、傷は良くなっているよ。……どれ」
ステッラ婆さんはジゼラの傷を指で押す。その指先は冷えていて、ジゼラはぴくりとおなかを動かした。
「痛むかい?」
「いいえ、痛くありません」
「なら完璧だ。さあ、もう終わったよ」
やはり恥ずかしいものは恥ずかしくて、ジゼラは早々にスカートを下ろして整えた。身体のそこかしこが火照ってしまい、熱かった。
「ねえ婆さん、ジゼラを寝かしつけてきていいかな」
思わぬ言葉に、ジゼラは目をまるくして彼をうかがうけれど、口を開く前に老婆が同意した。
「ああ、ぜひそうしてやりな」
まだ明るい時間なのにと、わずかに顔をくもらせるが、老婆はさらに勧めてくる。
「ジゼラ、ヴィクトル坊やから聞いたよ。あんた、夜更かししていろんなハーブを調べているそうじゃないか。春に種をまくつもりなんだろう?」
老婆の言うとおり、ジゼラは医者を目指す彼が日々勉強しているかたわらで、彼の役に立とうと奮起し、ハーブの本を読んでいる。頭が混乱したときは、おとぎの国の話を読んで気分をまぎらわせているけれど、なんとかすこしずつ効用を覚えられるようになっていた。
「でも、せっかくステッラさんがいらしているのに……もっとお話がしたい」
「話なんていつでもできる。夕食はわたしが用意するからね、いいから寝てきな。夜は長いんだ、あとで起こしてやるよ」
陽は落ちていないにもかかわらず、分厚いカーテンのかかるその部屋は、一本ろうそくが灯るのみで仄暗い。この部屋だけでなく、すべての部屋で日差しは容赦なく遮断され、暗さを保ち続けている。
寝室には、以前よりもすこし広くなったベッドがひとつあるだけだ。相変わらずふたりは毎晩寄り添いながら眠りについている。
ジゼラは彼にうながされ、毛布に包まり横たわるけれど、来客に高ぶっているため、眠れそうもなかった。それでもおとなしく従ったのは、彼が添い寝をしてくれたからだった。彼の胸にほほを押し当て、その背中に手を回す。部屋の空気は冷えていても、こうしてぴたりとくっつけば、まったく寒さは感じない。
ジゼラは自分を抱きしめてくれている彼の顔を見つめては、その都度うっとりと息を吐く。以前はそばにいても遠くに感じていた彼が、いまはおどろくほど近い。いつも一緒にいてくれて、ぽかぽかと心は満たされている。
「おにいさま……」
「ん?」
「こうしていられて……うれしい」
じっとジゼラを見つめていた彼の水色の瞳は白いまつげに隠されて、その形のよい唇は、ジゼラの額に移動する。額がやさしい熱を持つ。
「……ぼくもだよ」
彼の腕の力が強まって、ジゼラの身体が彼の身体に押しつけられる。そのとき、彼の硬い猛りを感じて目を閉じた。
変わらず彼は、毎日ジゼラの身を清めてくれるが、ジゼラが傷を負ってから三ヵ月、身体はつなげていない。彼が抱こうとしないのだ。
「ねえ、ジゼラ」
ためらいがちな声だった。ジゼラがゆるゆると顔を上げれば、真剣なまなざしがそこにあった。彼のきれいな目が揺れている。ジゼラには、それが彼の不安を表しているように見えた。
「おにいさま?」
「婆さんのもとに……きみの祖父から手紙が来たんだ」
ジゼラはまつげをはね上げた。すると、彼の視線がジゼラから外される。
「書いてあったこと、教えてほしい?」
まちがいなく手紙には帰って来るようにと書いてあるだろう。ジゼラは首を横に振る。
「……いいえ、おにいさま。わたしは」
言葉の途中で彼はジゼラのおなかの傷を気遣いながらも覆いかぶさってきた。
「ここに居れば……きみは祖父に二度と会えない。……会いたい? 正直に言って」
彼の瞳を見つめていると、せつなさがこみ上げる。ジゼラは胸がいっぱいになり、あえぎながらも言葉を探した。
「……会いたくないと言えば……うそになります。おじいさまが好きだから……。でも、わたしは……おにいさまといたい。おにいさまが、好き」
「ジゼラ……」
彼に力のかぎりに抱きしめられて、胸が苦しい。息すらできない。でも、この苦しみはとろけそうなほど甘美なものだった。
「大好き」
しばらくそうしていたけれど、やがて自然に、ふたりはすべての指を絡めて握り合う。ぜったいに離れないと誓うかのように。
「おにいさま……」
「ん?」
「手紙には、戻るようにと書かれていたのですか?」
「うん。……戻らないの? それでいいの?」
「はい。ジゼラがおじいさまのもとに行くときは……おにいさまと一緒です。離れたくない……。おにいさまがいないなら、どこにも行きません。行きたくない。ジゼラは、ずっとおそばに……おにいさま、一緒にいたい……」
感情が高ぶって、ジゼラは彼のほほに手を当てて、薄い唇に吸いついた。すると後頭部に手があてがわれ、すぐに彼は応えてくれる。
肉厚のあたたかい舌がジゼラの口腔に入り、その舌を夢中で追って彼を感じる。ジゼラはキスがとても好きだ。
彼は一度ジゼラに愛を告げてから、愛を一切口にしない。けれどジゼラはそれでいい。彼の言動が、その行為すべてが物言わずともジゼラに愛をくれるから。言葉にしなくても、そこにたしかな愛があると知っている。
だからジゼラも声には出さずに、すべての態度で彼に愛を示すのだ。
「ジゼラ。きみの思う未来に……ぼくが、いるの?」
「ええ……おにいさま、ジゼラには、おにいさまだけ。ずっと……ずっとそばにいさせてください。……ん」
またジゼラの唇にぬくもりがのせられて、くちゅくちゅと、互いの熱を分け合った。
ジゼラが夢中で彼の舌に吸いつくと、スカートのなかに侵入してきた彼の指が、やさしくジゼラの太ももを撫で、脚のあいだに寄せられる。秘めた箇所に触れられて、いじられて、ジゼラは甘い息を吐く。
「おにいさま……」
愉悦をありありと浮かべた彼は、ジゼラにほおずりをする。
「ジゼラ、濡れてる。……すごい」
「言わないで」
「どうして? うれしいよ」
とたんにスカートをたくし上げられて、ジゼラはあわてて身をよじる。きっと、彼はジゼラに入ろうとしている。
「おにいさまっ、だめ。ステッラさんが……」
「だめじゃないよ、婆さんは勝手にぼくたちの家に来たんだ。それに、こうなることはわかっているはずだよ。……ねえジゼラ、傷はどう? 痛む?」
ジゼラは口ごもったが、彼の強い意志を感じ取り、やがてほほを赤らめうなずいた。
「……痛くない」
「入れていい?」
「はい……入れてください……」
「ゆっくりするから。痛ければ言って」
「ん」
頭のなかに老婆のことがよぎるけれど、ジゼラは彼がほしかった。どうしてもいま、ひとつになりたい。
ジゼラがゆるゆると脚を開けば、すかさず彼は下衣をくつろげ、身体をジゼラのあいだに固定した。
白銀の髪、白く長いまつげがろうそくの灯りで光を帯びている。ジゼラの両側に手をついて、こちらを見下ろす彼の、幻想的なうつくしさに圧倒される。
昂りを秘部で感じて、ジゼラはこくりとつばをのむ。
「おにいさま……」
「ねえ、気づいてる? また、?おにいさま?に戻ってる。ずっとだよ」
「ヴィクトル。……ごめんなさい」
「いいよ。きみに、おにいさまと言われるのもわるくないから。でもね、たまには名まえを呼んで」
「ん……」
彼は先端を秘部にこすりつけ、そのぬかるむ入口になじませる。
「入れるね……。早く、入れたい」
焦がれていた瞬間だ。ジゼラののどが、きゅうと鳴く。
薄桃色のちいさな花びらは、屹立にぴたりと寄り添った。彼がゆっくりと腰を進めるたびに、ぐねりぐねりと身体の奥がうごめき、ジゼラの内部は歓喜した。
「あ」
「ジゼラ」
彼の熱い吐息が吹きかかる。
「きみに……ちゃんと伝わっているのかな」
慎重に、ジゼラをうかがいながら、彼はすこしずつ入れていく。生々しい彼を感じて、ジゼラはわなないた。静かに受けていたいのに、唇からは、か細い声がもれる。
「ぼくはね、こうしてきみに入れるたび……いつだって……しあわせだった。……いまも、しあわせ。きみがいればぼくは──……は。気持ち、いい……。すこしゆるめて? もたない……から」
とろけるように上気して、しあわせと言ってくれた。
ジゼラのなかに、くらくらするほどの、酔いともとれる快さとよろこびが駆けめぐる。それは、彼が愛を告げてくれたときとまったく同じ感覚だ。喜悦がいまにもこの身を突き破り、はじけてあふれ出しそうだ。
「……ぅ。ふ……」
彼に返事をしたいのに、空気がもれていくだけで、うまく言葉にできない。
熱を乗せて語りかけてくれた彼が、次第ににじんで見えなくなる。ずっと見ていたいのに。
そのしずくを、彼の唇が吸い取った。
「ジゼラ、泣かないで。痛い?」
「……痛く、ない。わたし、……わたし!」
ついに肩をふるわせて泣き出したジゼラは、ぎゅっと彼にしがみつき、自ら猛りを奥までのみこんだ。深くで彼がぴくりと脈打ち、彼は甘いうめきとともに、悩ましげに眉根を寄せて息を吐く。
「……ん……ジゼラ」
「わたし、しあわせなの! ヴィクトルがいれば、しあわせ……あなたが、いてくれるなら、わたし!」
このままでは足りない。伝えきれていない。身体中にうずまく想いを、あふれる想いを、どうすれば彼に伝えられるのだろう。
「……わたしは、──あっ!」
彼はジゼラの想いを汲み取ったのか、ずるりと腰を引いた瞬間、深く欲を打ちつけた。引き抜いて、もう一度。律動がはじまって、次第に速まって、なかをえぐられるたびに官能がはじけて淫靡なうずきが広がった。
彼の動きに合わせて、ベッドがきしんで揺れている。ジゼラは快感に打ちふるえながらも、彼の首に手を回す。
すると、彼の顔が降りてきた。その薄い唇は、ジゼラにキスをせがんでいるようだった。だから夢中でむしゃぶりつけば、唇と唇が合わさって、ふたりは深く、上でも下でもつながった。完全に、ひとつになれた。
ジゼラは怖いくらいにしあわせだ。世界はよく知らないけれど、それでも自分は世界で一番しあわせなのだと胸をはれるほどだった。
そして、おそらく彼も……なんとなく、彼も同じ想いでいてくれているような気がして、さらに胸が熱くなる。
ジゼラは頭のなかで彼に言う。いつも、かかさず伝えている言葉だ。
──ヴィクトル、愛してる。
辺りにうっすらと雪が積もりはじめたころには、夜の帳が下りていた。
鍋のなかはぐつぐつと煮えていて、湯気がただよい、ステッラ婆さんのもとでは料理が仕上がりつつあった。今夜のメニューは、彼女が幼いヴィクトルにはじめてふるまった、キャベツと豆の入った塩漬け豚のスープだ。チーズを添えたオムレツに、旧市街で購入してきた製パン職人の白いパンも用意した。
老婆はかすかな音を立てながら、ふたりのいる部屋へと向かう。そして扉を開けるなり、瞠目するはめになる。
床には、服が脱ぎ捨てられていて、なにも身につけていない彼らは、疲れきっているのだろう、抱き合いながら寝息を立てている。
老婆はベッドのそばまで近づいて、起こそうとのばしかけた手を止めた。
眠るふたりはちいさく笑んでいる。行き場をなくした手で彼らの毛布を引き上げて、さらに新たに毛布を重ねて、さむくないよう包んでやった。
「ふん、ばかだね、風邪を引いたらどうすんだい。まったく、揃いも揃って……」
老婆は彼らの行く末に、思いをめぐらせた。この先、大変なことも多々あるだろう。どれだけ見届けられるかはわからないが、寿命がつきるまで、見守りたいと考えた。
「……料理はあとから温めてやるからね、いまはたくさん眠りな」
老婆は、白いまつげを伏せて眠る、あどけない表情の彼へと視線をすべらせる。
いつも苦しげに眠っていた彼を思い出す。ステッラ婆さんは、彼と同じく口のはしを持ち上げた。
「ヴィクトル坊や、あんた……その顔。もう、悪夢は見てないんだね」