たまにはわがままも言ってくれ
――気持ちがいいな。
髪を撫でる手の感触が、まどろみからクライヴの意識を掬い上げた。ふわりと体が浮き上がるような感覚に瞼が開いていく。
「起こしちゃった?」
まだぼんやりとする視界に金と銀の光が見えた。その中で、柔らかな微笑みを浮かべているのは、クライヴの愛しい人。
(あぁ、凄いな……)
地上に舞い降りた天使よりも、彼女はずっと綺麗だ。
――これも夢なのだろうか。それとも、ようやく願いが叶ったのか。
もうずっと長く彼女に会っていないから、どのアリーナが本物なのか分からなくなりかけている。
アリーナと離れて暮らすことを決めたのはクライヴ自身なのに、心は彼女を見送った瞬間から寂しさに泣いていた。
アリーナに会いたい。
忙しさの中でも、アリーナのことは片時も忘れたことはなかった。
彼女は今、シレイニ島で何をしているだろう。今日は笑っているだろうか。今、この瞬間、彼女は自分を思い出してくれているだろうか。
どうか、忘れないで。この心はいつでもアリーナの側にあることを感じていて。
想いが届きますようにと祈りをこめて、ソファに横たわったままクライヴはアリーナに手を伸ばした。馴染んだ場所であるはずなのに、不思議と自分がどこに居るのか分からない。鮮明なのは彼女だけで、それ以外のすべては曖昧になっている。
だからと言って、クライヴにはさほど大した問題ではなかった。
欲しくてたまらなかった存在が目の前に居る。その事実があるのなら、他には何もいらない。
腕を引くと、愛しい人は素直に腕の中に収まってきた。しっくりと馴染む存在に、いよいよ夢ではないような気がしてきた。充足の吐息をついて、彼女の髪を撫でた。細く柔らかな感触を楽しみながら、鼻腔をくすぐる砂糖菓子みたいな甘い香りに酔いしれる。
(俺だけの楽園)
二度と手放したりしない。魂ごと握り潰されるような絶望は、一度きりで十分だ。
過ちから滲む苦さに顔を歪めれば、不意に唇に柔らかな感触が触れた。
「大丈夫、もう辛くないでしょう?」
すべてを悟ったような顔をして、アリーナがクライヴをのぞき込んでいる。
深い碧色の瞳に溢れる慈愛。
本当に何て人だ。それだけのことで、こんなにもクライヴを幸せにしてくれる。
「あぁ、辛くない」
アリーナが側に居てくれるなら、どんな困難にだって打ち勝ってみせる。あれほど手酷い仕打ちをしたにもかかわらず、もう一度彼女を愛せる幸運は、どんな言葉をもってしても言い表すことはできない。
アリーナを愛している。だからこそ、二度と間違わない。
(幸せにするよ)
溢れ出した愛おしさごと抱きしめたくて、クライヴからも口づけた。触れるだけでは足りない欲求に、何度も角度を変えて赤く熟れた唇を貪る。アリーナがわずかに唇を開いた隙に舌を滑り込ませた。口腔の熱さと、口端から零れる彼女の微かな吐息に、じん…と頭が痺れた。
丹念に、ゆっくりとアリーナの情欲を呼び覚ましていく過程は、クライヴの愛欲をも刺激する。自分が求めているくらい、彼女からも求めて欲しい。
華奢な体を撫でる手をスカートの中に滑らせると、「……駄目」と可愛らしい声がした。
視線を合わせると、真っ赤な顔をしたアリーナが物言いたげなまま俯いた。
「アリーナ?」
おもむろに体を起こしたアリーナが、クライヴの下衣に手を掛けた。すでに硬くなっている欲望に手を這わせ、窺い顔でクライヴを見た。一縷の期待に胸を躍らせた刹那、それは現実となった。アリーナが取り出した欲望に顔を寄せた。
「――ッ」
おずおずと触れてきた生温かさに、息を詰める。さっきまでクライヴに翻弄されていた舌が、今度はクライヴを翻弄させようとしていた。欲望に手を添え、ミルクを舐める子猫のように側面を舐め上げていく。熱心な姿はただただ扇動的で、息をするのも苦しい。
恥ずかしそうに目が伏せられ、小さな口の中に怒張したものが飲み込まれていく淫靡さに、神経が焼き切れそうだ。
いつこんなことを覚えたのか。
問い詰めたくても口淫の威力に、すぐに限界まで追い上げられた。煽られる射精感に、たまらず歯を食いしばる。
「も……いい」
ぎりぎりのところで、半ば強引にアリーナを引きはがす。途端、愛らしい目が不安に揺れた。
そうではない、無邪気さが持つ無自覚の誘惑に歯がゆさを覚えながら、体を反転させて体勢を入れ替えた。ソファに組み敷いたアリーナの片足を背もたれに掛ければ、めくれ上がったスカートから伸びる脚線美がまたクライヴを誘う。
あどけないだけの少女を自分が女に変えたのだと思えば、底知れない喜びがこみ上げてくる。欲情が滲んだ眼差しの妖艶さに体が一気に熱くなった。
今すぐ、アリーナを貪り尽くしたい。
「ん……」
下着の上から触れた場所は、すでに湿り気を帯びていた。クライヴに奉仕しながらも感じるように育てたのもまた自分なのだという自負がもたらす優越感は最高だった。
――俺のものだ。
愛欲に潤んだけぶるような眼差しが、ぞくりとクライヴの中にある支配欲を刺激する。
爪先で引っ掻くようになぞっていただけの愛撫が、もどかしいのだろう。
アリーナが生ぬるい快感に泣きそうな顔をしながら、腰を揺らしている。狭い場所に追い詰めての行為だ。体の自由が利かないだけでなく、満足な悦楽も得られずにいるのだ。
ぐっと花芯を押しつぶしてやると、アリーナが息を詰めた。宥めるように今度は布越しから蜜穴をいじる。
「ふ……ぅ、…ん……あぁ」
目を閉じ、悩ましげな吐息を零しながら、それでもされるがままになっている従順さがたまらない。滴る蜜の香り立つ場所へ唇を寄せ、ねっとりと舌を這わせた。
「や……ぁ」
子猫みたいなか細い嬌声は、「もっと」と強請っているようにしか聞こえなくて、執拗に愛撫を繰り返す。布越しから蜜穴に指を埋め込んで、熟れた花芯は舌で愛した。すでに用途を失った下着はクライヴの唾液とアリーナから染み出た蜜でべっとりと媚肉に張り付いていた。
不快そうに身悶えるアリーナが可愛くて、張り詰めた欲望が痛い。
アリーナが下着に手を伸ばしたのは、そんな時だった。羞恥に体中を赤くしながらも、ゆっくりと自ら下着を剥いでいく姿はひたすら刺激的だった。
「早く……」
もう、これが夢であろうとどうでもいい。
「ふぁ……ぁ……」
今にもはち切れそうな欲望をあてがい、押し込んだ。じっくりと狭い道をこじ開けながら進む快感に、背筋がぞくぞくする。
根元まで埋め込んだ欲望を、先端が外れるほど引き抜く。粘膜に擦られる刺激に得も言われぬ快感を覚えながらも、細い腰を掴み、また最奥まで穿つ。揺さぶるほど女の顔になっていくアリーナに心を沸き立たせながら、夢中になって彼女を抱いた。
「ぁ……ん、やぁっ」
背もたれに掛けたままだった脚を肩に担ぎ、横向きにさせた体勢で責め立てれば、一段と甘い声で鳴いた。きついくらい締めつけてくる窮屈さを激しさでねじ伏せる。
「やっ……それ駄目……ッ、あぁッ!!」
強烈な快感が苦しいと目を白黒させて悲鳴を上げる姿すら、愛おしい。もっと、もっと乱れさせたい。もっと俺に溺れてしまえばいい。
そして、彼女の口から「離れたくない」と言って欲しかった。
いつになったら、「会いたい」と言ってくるのだろう。
「愛してる」
一刻も早く彼女の中で爆ぜたい。アリーナを自分の存在でいっぱいに満たしたい。
「ひぁ……っ、や……ぁ、んんっ!」
「アリーナ、アリーナ……ッ」
それしか言葉を知らないかのように、繰り返し彼女の名を呼び、快感を追い求める。
限界まであと少し。
アリーナの唇が確かにクライヴの名を呼んだその刹那。
「――ッ!!」
クライヴは長椅子から飛び起きた。
「――あ……、嘘だろ」
辺りを見渡し、落胆を零す。そこは間違いなくクライヴの執務室だった。ならば、あれも夢だったということ。
なんて、生々しい夢なのか。
収まりがつかなくなっている股間を見下ろし、二度目のため息をついた。
床には、今日届いたアリーナからの手紙が落ちていた。
思い出した。激務の合間にここで手紙を読みながら、そのままうたた寝をしてしまったのだ。
手紙には島への移住者たちとの交友が順調であることや、クライヴを気遣う言葉が綴られている。
『どうかお体を大切に。シレイニ島からあなたの活躍を祈っています』
アリーナからの手紙は、いつもどこか味気ない。読むたびに、二度とクライヴには会わないつもりなのかと疑ってしまいたくなる。
だから、ついあんな夢まで見る羽目になったのだ。
一度も『会いたい』と書いてこないつれなさに、クライヴの心はすっかり焦れてしまっていた。
それが彼女なりの心配りだとしても、恋人のわがままを聞けないほど、狭量な男ではない。いや、恋人だからこそ自分にだけ甘えて欲しい。
(会いたいって言えよ)
自分だけがアリーナを恋しがっているなんて、思わせないでくれ。
彼女の左腕を飾る宝石はクライヴの恋心。どこに居ても、アリーナを愛しているという証だ。彼女が一瞬でも不安にならないようにと思って渡したが、――限界だ。
ちらり、と執務机にたまった書類の束に目をやる。
グレイスの代わりにクライヴ付きになった若者は、きっと泣くだろう。
「悪く思わないでくれよ」
誰を泣かそうと、どうしても手に入れたいものがある。
何より、おのままでは国よりも先にクライヴが壊れてしまう。
クライヴは書類の束の上に、一枚の走り書きのメモを載せ、愛しい存在を迎えに行くべく部屋を飛び出した。