ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

兄弟の絆

「やぁ、よく来てくれたね、四人とも」
 麗人と呼ぶに相応しい美貌の持ち主がにっこりと笑って歓迎の意を表す。
 フェリクスとライザ、それにグレイシスとエルティシアの四人は国王イライアスに呼ばれ、王城に出向いていた。
「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく――」
 ライザとエルティシアは淑女の礼をとったが、それは国王イライアス自身によって制された。
「ああ。そんなに畏まる必要はないよ。正式な場ではないのだから堅苦しいことは抜きだ。気を楽にしてくれ、二人とも」
「はい、ありがとうございます」
 ……とは言うものの、一国の王を前に気を楽にしろというのは、言葉を交わす機会がほとんどないライザやエルティシアにとっては容易ではなかった。何しろこの場にいるのは国王だけでなく、大きな机を挟んだ向こう側には宰相や近衛隊の隊長をはじめとした側近たちまで勢ぞろいをしているのだから。
 ところが緊張を隠せないライザやエルティシアと違い、フェリクスやグレイシスは慣れているのかこの状況の中でも平然としていた。
 イライアスの青緑の瞳がフェリクスを、そして次にライザに向けられる。
「まずは婚約おめでとう、フェリクス。ライザ」
「ありがとうございます」
 フェリクスがにこやかに応じる。
「フェリクスをよろしく頼むね、ライザ」
 ライザも緊張で強張る顔に何とか笑みを貼り付けながら頷いた。
「はい、陛下」
「グレイに引き続き、フェリクスも伴侶を見つけてくれて嬉しいよ。君たちときたら心に思う相手がいても結婚する気などなさそうだったからね。もし三十歳になるまでに行動を起こさなかったら国王命令で結婚させようと思っていたところだ」
 にこにこと笑いながらイライアスはとんでもない発言を口にする。
「何しろ、君たちには次の国王となる子をつくってもらわないといけないんだから」
「――は?」
「……え?」
 ――次代の国王!?
 ライザとエルティシアは仰天し、あんぐりと口を開けた。フェリクスとグレイシスは顔を顰め、イライアスの周辺にいる側近たちは一様に眉を寄せる。その中でただ一人、イライアスだけは楽しそうに続けた。
「ディレード・アルスターもバカだねぇ。クーデターなど計画しなくても、フェリクスとグレイシスのどちらかが王になりたいとひと言いえば私は喜んで譲ったのに」
「冗談じゃありませんよ」
 フェリクスが苦虫を噛み潰したような顔をして口を開く。
「何度も言いますが、僕たちは王になどなりたくありません」
「同感だ」
 グレイシスが呻くように言った。
「万一のときに備えてと強制されてラシュター公爵になることは承知しましたが、そこまでです。王に一番相応しいのはあなただ。次代の王の座につくのは俺たちの子ではなく、陛下のお子であるのが誰にとっても好ましい」
 この言葉に、国王の周囲の側近たちは同意するように大きく頷いた。宰相が一歩前に出て口を挟む。
「そうですよ、陛下。弟たちが結婚するまで自分のことは考えられないとずっと仰ってましたが、こうして二人とも無事に伴侶を見つけた。次はあなたの番です。もうそろそろ覚悟を決めてください」
 イライアスは苦笑するとわざとらしくため息をついた。
「それは困ったね。でも残念ながら私は自分の血を残すつもりはないんだ。あの女の血は私で終わらせるつもりなんだから」
「陛下……」
 宰相が顔を顰めた。でもそれは咎めるような表情ではなく、どことなく痛々しさが含まれているように思えるのはライザの気のせいではないだろう。見ると隣のフェリクスも気の毒そうな視線をイライアスに向けている。
 ライザとエルティシアはどちらともなく顔を見合わせた。どうやら国王の結婚や次代の王に関しては自分たちの知らない事情や思惑があるようだ。
「ほら、せっかく来てくれたライザやシアの前で野暮な話題はなしにしよう。こんな話を聞かせるために呼んだわけではないのだから」
 ヒラヒラとイライアスは手を振って話題を変えると、ライザたちに微笑む。
「君たちを連れてきてもらったのは、今回のことに巻き込んだお詫びがしたかったからなんだ。危ない目に遭わせてすまなかったね、二人とも。でもおかげでやつらを捕えることができた」
「い、いえ、お詫びなどは……」
 ライザは慌てて首を振ったが、「必要ない」と告げる前に隣にいたフェリクスが反応し、眉をあげた。
「やっぱりわざとライザを王妃候補の筆頭に据えようとしたわけですね」
「ぐずぐずしている誰かさんのお尻を引っぱたくのと、在位十周年記念式典の前にやつらを捕まえるためにね」
 イライアスは悪びれもせずに笑いながら答えた。
 一方ライザは違うことが気になっていた。
 半月後にイライアスの在位十周年を祝う記念式典が大々的に行われることになっている。妙にタイミングがいいと思っていたが、それは……。
「やっぱりあのクーデターや暗殺計画は式典に合わせてのことだったのですね」
 式典は周辺諸国からも使者を招いて大々的に行われる予定だ。それはこの国が戦争の混乱も治まり安定していると内外に示すとともに、イライアスの王としての地位が磐石であると誇示するためでもあった。その式典の最中にクーデターなど起きたら、イライアスの面目は丸つぶれだっただろう。
「ああ。本来はその式典のゴタゴタに紛れて暗殺計画とクーデター計画を実行する予定だったようだ」
 ライザの言葉にイライアスが頷いた。
「でもその前にまずは暗殺計画が発覚し、さらにフェリクスたちの調査が入り予想以上に早く自分たちに捕縛の手が伸びていることを知って、計画の実行を早めざるを得なかったようだ。まぁ、それもライザ、君という餌を目の前にぶら下げられてのことだがね」
 確かに、フェリクスに言うことを聞かせることができるライザという存在がいたからこそ、ディレード・アルスター子爵はクーデター計画を前倒しにしても勝算あると踏んだのだろう。
「そうですか……」
 思わずライザは苦笑していた。囮にされたことを怒ってもいいのかもしれないが、どうもそんな気にはなれず、かと言って笑い飛ばせるわけでもなく、何とも言いがたい気持ちだった。
 ――相手が国王というのもあるかもしれないけれど……。
 そう思いながら、執務室の大きな机の向こうで笑みを浮かべるイライアスを見、それから自分の隣で少しだけ不機嫌そうに口を引き結んでいるフェリクスを見上げてライザは頬を緩ませた。
 自分だって少し前にエルティシアを囮にしたくせに、ライザがそうされて明らかに気分を害しているフェリクスにおかしさがこみ上げてしまう。そして、同時に愛しさも。
 ディレードたちをおびき寄せる餌にされたことにそれほど腹立たしいと思わないのは、きっとイライアスがフェリクスの血の繋がった兄弟だからだ。
 外見上は似ているところなどまるでないのに、根本の部分は同じで、イライアスも大切なものを守るために手段を選ばず、冷酷にもなれる。フェリクスの場合、それはイライアスやライザを含めた周囲にいる人だし、イライアスはこの国のため。それが何となく分かるから、怒りが湧いてこないのだ。
 ライザはそっと手を伸ばし、フェリクスの手を握りながらイライアスに笑みを向けた。
「私などでお役に立てるのであれば、いくらでも使ってください、陛下」
 イライアスはおやと眉をあげてから、二人の繋がった手に視線を向けて楽しそうに笑った。
「ライザ、君とは義理の兄妹としてうまくやっていけそうだ」
「よろしくお願いいたしますわ、お義兄様」
 イライアスと笑みを交わすライザに、フェリクスやグレイシス、それに宰相たちの感心したような視線が向けられる。
 後から聞いたところによるとイライアスがそんなふうにお世辞抜きに女性と笑みを交わしたりすることはめったにないらしい。そしてイライアスの容貌や地位におもねることなく屈託ない笑みを向ける女性もまた少ないようだ。
 その数少ない女性のうちにエルティシアも含まれており、硬さが取れた後はライザに釣られるように笑みを浮かべて会話に参加するようになる。
 ライザがイライアスに認められたのを機に、側近たちの推し量るような視線がなくなり、執務室の中は和やかで明るい雰囲気に包まれていた。 
 もっとも、話す内容はクーデター事件のことが主だ。ライザやエルティシアを呼んだのは真相を知っている人間にしか聞かせることのできない事件処理について説明をするためでもあったようだ。
 フリーデ皇太后はあのまま再び幽閉されたという。事件直後は半狂乱になって愛人だった前宰相の名前を呼び探し回っていたが、しばらくするとその存在をコロリと忘れ、自分の子どものことも嫁いできたことも忘れ、故国であるガードナ国の城にいると思いこんで穏やかに生活しているらしい。
 イライアスの手前、口に出すことはできなかったが、ライザはあの屋敷の中で見たフリーデ皇太后を思い出し、哀れに感じた。子どもにも見放され、そうと知らずに豪華な牢獄の中で生き恥を晒し続けるのだ。正気だったら自分の命を絶っていたことだろう。けれど、あの哀れな老女にはその手段すらも与えられない。
 ディレード・アルスターは首謀者として公には死んだとされた。だが実際には一命を取りとめ、厳重に監視されながら傷が癒えた後は一生牢屋の中で過ごすことが決まっている。死刑にならずに済んだのは、尋問には素直に応じ、彼の口から有益な情報がいくつも得られたことが大きいようだ。
 ただし、彼にとって死刑を免れたことが幸運だったとはライザには思えない。存在を消され、暗闇の中から光の中で輝くイライアスの御世を生きている限り見つめ続けることになるのだから。それは彼にとって何よりの苦痛となるだろう
 クーデターに関わった将校たちは、ディレード同様二度と表には出てこられないようだ。これには理由あった。
「彼らはディレード・アルスターから、フェリクスの出生の秘密を知らされているからね。表に出てこられては困るんだ」
 イライアスはにっこりと綺麗な笑みを浮かべた。
 密かにクーデターに加担していた純血主義者たちはディレードの証言により一人残らず捕縛され、牢獄に送られた。このことは公表され、イライアスたちの思惑通りに貴族社会に潜んでいる純血主義者たちに対する強烈な見せしめとなるに違いない。
「これで純血主義者たちは力を失ったも同然だ。フェリクスが担ぎだされることもないだろう」
「それを聞いて安心しましたよ」
 心底そう思っている口調でフェリクスは呟いた。
「半月後の式典の準備も滞りなく進んでいる。捕まえた密偵のことでガードナ国に対してわが国はますます優位に立てる。終わってみれば、陛下にとってこの上ない結果となったな」
 宰相が満足そうに言うと、イライアスにちらりと視線を向けた。
「あとは陛下が王妃を迎えてくれる気になれば、言うことはないのですが――」
「またそれか」
 ふぅっと嘆息した後、不意にイライアスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ああ、でも、そうだね。自分のことより公を最優先する、黒髪で琥珀色の目をした女性がいるなら結婚を考えてもいいかな」
 それを聞いてライザは目を丸くする。
 ――黒髪で琥珀色の目? それって……。
 その取り合わせに覚えがあり、ライザの視線がグレイシスに向かう。目の端に、同じようにグレイシスに顔を向けるフェリクスが映った。そしてやはり同じことを考えたエルティシアも自分の夫を見上げていた。
 執務室にいる全員の視線を受けた黒髪と琥珀色の瞳を持つグレイシス・ロウナー准将は思いっきり顔を顰めた。
「冗談じゃありません」
「冗談じゃなくて、グレイを見ているとドキドキするんだけどね」
 イライアスはクスクスと笑いながらグレイシスに流し目を送る。それが妙に色気があってライザは思わずドキッとしてしまう。危機感を覚えたらしいエルティシアがグレイシスの腕にしがみつくのが目に入った。
「誤解を受ける言い方はやめてください!」
 グレイシスはそう叫んだ後、腕に抱きつくエルティシアに訴えた。
「シア、妙な誤解はするな! 陛下が言っているのは俺の実母のことだ!」
「グレイ様のお母様?」
 エルティシアが首をかしげたところで、いきなりイライアスが吹き出した。彼に釣られるように周りの人間も笑い出す。
「すまない、シア。冗談が過ぎたようだ」
 ひとしきり笑ったあとイライアスが周囲の反応に目を丸くしているライザとエルティシアに微笑みながら説明を始めた。
「グレイの母親であるレスリーはね、私の初恋の相手なんだよ」
 先代国王の側室レスリー・ブランジェットは密かにグレイシスを産み、彼の身の安全のためにロウナー伯爵夫妻に託した後も、しばらくは生きていた。フリーデ王妃に命を狙われながらも側室として城に留まり続けたのは愛する王の傍にいたかったからのようだ。
 一方、イライアスは母親に顧みられることなく放置されていた。フリーデ王妃にとって彼は権力を握るための道具にすぎず、好きではない夫の子どもは生きていれさえすれば構わなかったのだ。
 母親の愛を知らず、あの王妃の子ということで丁寧ながらも腫れ物にさわるような扱いを受けていた幼いイライアスはある日、乳母の目を盗んで部屋を抜け出し、迷った先でレスリーの住む離宮に迷いこんだ。
「レスリーにとって私は息子を手放さなければならなかった原因なのに、わだかまりは微塵もみせずに彼女は私を優しく迎え入れてくれた」
 きっとレスリーも息子を手放して寂しかったし、イライアスの状況に同情をしていたのだろう。彼女は人目を盗んで時々訪れるイライアスをわが子のように可愛がったという。孤独だったイライアスはレスリーによって初めて母親の愛情を知った。
「だからね、グレイには悪いと思っているんだ。親子を引き裂いた原因である私が、君が得るはずだったレスリーとの時間まで奪ってしまったことに」
 そっと目を伏せるイライアスにグレイシスは首を横に振った。
「いいえ。俺はロウナー家で養父母や兄たちに囲まれて幸せに暮らすことができました。感謝こそすれ恨んではおりません。母も陛下と親子のように過ごせてきっと感謝しているでしょう」
 イライアスは微笑んだ。
「……ありがとう、グレイ。今の私があるのは良き王になれと病床の身で導いてくれた父とレスリーのおかげだ」
 それからイライアスは自分の手のひらを見下ろした。
「私は力をつけていつかレスリーに彼女の息子を取り戻してあげたいと思っていた。その夢は叶えられなかったが、あの女のせいでめちゃくちゃになった国をようやく元通りにすることができた。これで多少は二人に顔向けできるかな?」
 ……そう呟くイライアスの綺麗な微笑みはなぜか泣きそうな顔に見えた。

 ***
 
 城から出て、四人で馬車に揺られながらふとエルティシアが呟いた。
「……ねぇ、陛下がフリーデ皇太后を憎んでいるのは、レスリー様のこともあるのかな?」
「おそらくな」
 グレイシスが重々しく頷く。
 レスリーはグレイシスが五歳、イライアスが七歳の時にフリーデ皇太后の手の者と思われる凶行によって命を奪われた。心臓を鋭い刃物で一突きされて、即死だったようだ。犯人は見つからず、迷宮入りとなっているが、誰もが黒幕はフリーデ皇太后だと分かっていた。……なぜなら当時レスリーのお腹の中には前王の第四子が宿っていたからだ。
 イライアスも生まれてくるのをとても楽しみにしていたのだという。女児だったというその子どもは、生まれていれば兄たちにさぞ溺愛されていたに違いない。
 ところがそれが突然奪われたのだ。イライアスにとっては愛情を与えてくれた育ての母ともいうべき大切な存在を実の母のせいで失った。その憎しみや怒り、それに自分の無力さに幼い少年はどれだけ打ちのめされたことだろう。
「僕やグレイは養父母のもとで愛情を受け、何不自由なく育てられた。ところが陛下は母親の不貞を見せつけられながら育ち、愛情を傾けたレスリー妃を失った。その後も長い間憎い母親の道具として従順な顔を装いながら仇を討つ時を待たなければならなかった。どちらがより不幸だったかなんて明白だ。なのに、陛下は僕たちにすまなかったと、悪いと思っているんだ。陛下は何一つ悪くないのにね」
 フェリクスが辛そうに笑う。
「そしてフリーデ皇太后が残した罪を一身に背負おうとしている。そんなこと、今では誰も望んでいないのに」
 ああ、そうか、とライザは理解する。
「あの女の血は私で終わらせるつもりなんだから」とイライアスは言った。彼はすべてを背負い、この国からフリーデ皇太后の爪あとを消し、そして彼女の血すら一滴も残すつもりはない覚悟なのだ。それだけ彼の憎しみと罪悪感は深い。
 フェリクスたちや側近たちはイライアスのそんな気持ちが分かっているからこそ、結婚して跡継ぎを残すことを強要することもできないでいる。
「本当は陛下にこそ伴侶を見つけて幸せになって欲しいんだが……」
 グレイシスが嘆息する。
「大丈夫。きっと陛下にもいつか心を通わせられる女性が現れるわ」
 エルティシアが微笑みながらグレイシスの腕に触れる。それから彼女はライザの方を向いてにっこりと笑った。
「ね、ライザもそう思うでしょう?」
「ええ」
 ライザも頷いてフェリクスの手をぎゅっと握った。
「陛下は大丈夫よ。フェリクス。いつか自分の血を継ぐ子どもごと愛せる相手が見つかるはず」
「ライザ? シア?」
 不思議そうにフェリクスが首をかしげる。なぜ二人がこうも自信ありげに断言するのか分からないようだ。
 ――本当に似てないようでいて似ているのね。
 くすっとライザは笑う。この三人は姿かたちはまるで似ていない。並んだところを見ても誰も異母兄弟だと思えないだろう。けれど根本的な部分はとてもよく似ているのだ。なのにそのことにはお互い気づいてないらしい。ライザとエルティシアにはすぐに分かるのに。
 頑固で、自分に厳しくて、大切なもののためなら己の身すら投げ出せてしまう。……そんなところが、この三人は本当によく似ている。そしてもう一つ。
 ライザは手を伸ばしてフェリクスの頬に触れた。
「自分の血を残すつもりも結婚するつもりもない。そう言っていたのは誰かさんたちも同じでしょう? でも今、そのあなたたちの隣にいるのは誰だと思っているの?」
「……なるほど」
 フェリクスとグレイシスの顔に理解が広がり、笑みが浮かんだ。
「結婚するつもりも、自分の血を残すつもりも、自分の複雑な人生に巻き込むつもりもない。そう言っていたのは僕たちだったね。でも今、僕らには君たちがいる。ライザ、君が僕の考えを変えてくれた」
「そう。だからそんな存在が陛下にもきっと現れるわ」
「そうなるといいね」
 フェリクスは笑みを浮かべてライザを胸に抱き寄せた。
「私たちには分かるの。それはきっとグレイ様と同じ黒髪に琥珀色の瞳の女性よ」
 向かいの席ではエルティシアが身を乗り出しグレイシスの口に自分の唇を軽く押し当てる。
 軽く触れただけで離れようとした妻の頤を掴んで、弧を描いた唇で再び口を塞ぎながらグレイシスは笑った。
「そうだな、そう願おう」

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