ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

眠れぬ夜に……

 子供のころからずっとイサークの花嫁になりたかった。彼なら身分の差を乗り越えて、絶対に私を花嫁にしてくれると信じていたから。
 闘牛士になった彼の腕に抱きあげられ、グラナダの目抜き通りにある美しい教会に行って、愛を誓う。そして翌朝、彼の奏でるギターの音で目を覚ます――というのがセシリータの夢だった。
「それなのに……まさかアルゼンチンで結婚式をするなんて想像もしなかったわ」
 教会で愛を誓った夜、イサークはセシリータを郊外にある海辺の邸宅へと連れていった。グラナダの屋敷とはまるで違うけれど、高台から見晴らす透明な月に照らされた夜の海の美しさはセシリータには二人の今の心のように感じられた。
 何の混じりけもない純粋な相手への愛情と同じような、清らかで澄みきった月とその光を反射させている海。
ウェディングドレス姿のまま窓辺に立ち、セシリータはさわやかな夜の潮風に目を細め、これまでのことを反芻していた。
 なにもかも夢のように思える。
 死んだと思ったイサークが生きていて、こんなふうに彼の花嫁になれるなんて、ついこの前までは思ってもいなかった。
 家のため、リオネルと結婚しなければ……という気持ちで、花嫁衣装を身につけて教会に行ったときの、あの絶望的な気持ちとはまるで違う。
 晴れやかで清々しくて、すべてが輝いて、胸の奥からあふれてくる幸福感を改めて痛感し、セシリータはぼそりと呟いた。
「これが本当の結婚式、これこそが本当の結婚なのね」
 愛しあう二人が本当に結ばれる結婚式ができたなんて何てすばらしいのだろう。最初にバレラ大尉と婚約したときのような偽りの気持ちからでもなく、家のために売られていく花嫁でもなく。
「セシリータ、そんなところにいると風邪をひく。こっちへ」
 白いタキシード姿のイサークが窓を閉め、セシリータに身体を抱き寄せる。黒いスーツ姿ばかり見てきたけれど、彼が意外にも白が似合うことにセシリータは新しい発見をしたような喜びを感じていた。
 ジプシー特有の浅黒い肌、凜々しい体躯に白いタキシードがよく映え、むしろ彼の男らしい濃艶な色香を引き立てているようだ。
「イサーク、約束よ、明日の朝は『アルハンブラの思い出』を聞かせてね」
 彼の胸にもたれかかり、セシリータはぼそりと呟いた。
「え……?」
「子供のときに約束したじゃない。結婚式の翌朝、私の枕元で演奏してくれるって」
「あ、ああ」
 眉間にしわを刻み、どこか困ったような顔をしているイサークに、セシリータは小首をかしげた。
「イサーク、まさか約束を忘れたわけじゃないでしょうね。私、あなたのギター、ずっと楽しみにしていたのよ」
「そういうわけではない。ギターも持ってきている。だが……何年もまともに演奏していないので、果たしておまえを満足させる演奏ができるかどうか」
 イサークがじっと自分の手を見下ろした。
「イサーク……」
「こんな手で……あの美しい曲を清らかなおまえに捧げていいのかどうかもわからない」
 ギターを演奏するよりも、銃を撃つことに慣れてしまったようなその手。かなり射撃の練習してきたのだろう。三年前の彼の手とはまったく違う。
 セシリータは、その手をとった。愛しさや切なさがこみあげ、そっと指先にくちづけする。
「セシリータ……」
 驚いたようなイサークを見あげ、セシリータは微笑した。うっすらと目蓋を涙でにじませながら。
「あなたの手……好きよ。あなたが生きてきた証拠だから。私はあなたのすべてを受け入れて、これから妻として支えていくつもりよ。だから恥じないで。こんな手なんて言わないで」
 セシリータが祈るように言うと、イサークはほんの少し目蓋を閉じ、浅く息を吸いこんだ。そして目を開けると、救われたような表情でセシリータを見つめた。
「やはり……おまえが大統領になるべきだな。おまえの言葉から、勇気と活力を与えられる。そして救われる。セシリータ、おまえを好きになってよかった。ありがとう、俺の妻になってくれて」
 セシリータの手の甲にそっとくちづけすると、イサークはそのまま花嫁衣装の留め金やコルセットをとりはらい、セシリータの胸を手のひらで包みこんできた。
「イサーク……」
 甘く優しい愛撫だった。狂おしげに胸の膨らみを手のひらで揉みあげ、まだ小さなままの乳首に唇を近づけ、そこを愛しげに食んでくる。乳輪を銜えながら、舌先でつつかれると、たちまち背筋にかっと痺れるような感覚が生まれ、セシリータはいてもたってもいられなくなる。
「……そんなところ……や……イサーク……」
 ベッドに押し倒され、のしかかってきたイサークの唇に乳首を吸われ、セシリータはたまらず身をよじった。そんなセシリータのドレスの裾をイサークはペチコートごとたくしあげ、下肢の入り口をあまっている手でさぐりあててくる。
「あ……っ……」
 彼の指が小さな芽をつまみ、指の先でこすっていくと、たちまちセシリータの奥から蜜があふれてくる。とろりとしたその蜜を指に絡め、イサークはまだ彼を受け入れるだけの準備のできていない入り口をゆるやかに愛撫していく。
「あ……や……ああっ」
「すばらしい身体だ、花嫁になってさらに感じやすくなって」
「違……そうじゃなくて」
 イサークがだんだん優しくなるのはうれしい。けれど同時に羞じらいをおぼえる。
 最初のときのように獣じみた荒々しさで求められると、こちらが淫らになっても、心のどこかで無理やりだからという言い訳ができた。
 けれど優しくされてしまうと困る。彼から与えられる感覚に抵抗することも言い訳することもできず、セシリータはまごついた。
 いつしか完全にウェディングドレスを脱がされ、裸体になったセシリータの脚の間に顔を埋め、とろとろとあふれる蜜を舌に絡めて、イサークが秘肉をしゃぶっていく。
「ん……あ……っ」
 だめ、甘い声が出てしまう。愛撫が狂おしすぎる。舌の動きが優しすぎる。本当にどうしたのだろう、イサークは甘くて優しすぎる。けれどあまりにもじっくりと、身体中を丹念にほぐされていくと、とろとろの海にたゆたっているような、意識が朦朧としてくるような、そんな感覚をおぼえて、腿はわななき、秘肉はふるふる痙攣し、早くイサークをそこに欲しくてたまらなくなって、むずがゆさにどうにかなってしまいそうだった。
「ねえ……イサーク、お願い……もう……そろそろ……早く眠りたいわ。明日の朝、ギターの音で目覚めたいから……」
 そこに欲しい……というようなはしたないことは言えない。けれど早くこの疼きから解放されたい。そんな気持ちからセシリータは思わず切れ切れに言ったのだが、無情にもイサークが拒否する。
「駄目だ。もっとおまえを蕩かせたい、感じれば感じるほどおまえの蜜が甘くなる。だから今夜はとことん甘くさせたい」
 そう言って、ぴちゃぴちゃと音を立てて、イサークがそこを舌先で刺激していく。駄目だ、もうやめて欲しい。それ以上されると意識がどうにかなってしまう。はしたないほど求めてしまいそうになる。そんなことは恥ずかしくてできない。だから……。
「そんな……イサーク……お願い……もう……」
「いやだ」
「でもこんなに……私の身体が……」
「こんなに?」
「何でもな……っ……ん……」
 優しくされるのは好きだ。
 けれど褥では、最初のころのように荒々しいほうが安心できる――などと言うと、本当に自分が淫らなようなのでなにも言わない。
 イサークからの愛撫に肌が昂揚し、意識が陶然としてくるにつれ、セシリータの頭のなかをこれまでの日々がよぎっていく。
 初めて会ったときから大好きだった。
 かっこよくて、たのもしくて、素敵な男の子だった。
 お金がないのに、パンを買ってくれた。
 ウサギのぬいぐるみのリタちゃんのほつれを一生懸命繕ってくれた。
 闘牛士を目指して練習していたころも好きだった。
 でも今が一番好きだ……と思う。
 たくさん傷つき、たくさん手を汚して、そこから這い上がって、この国を自由で平和なものにしようという夢を持っている今のイサークが一番好きだ。
 そしてそう思えることにセシリータはなによりも幸せを感じていた。
「あ……イサーク……好き……大好きよ……だからもう……」
「だめだ、もう少し」
「ひど……お願い……このままだとどうにかなってしまうから……早く眠らせて」
「いやだ、まだ眠らせない、おまえを花嫁にしたこの幸せな夜に、すぐに寝かせるようなことはしたくない」
「そんな……イサーク……あ……ああっ」
 早く眠りたいのに。明日の朝、彼の演奏するギターで目覚めたいのに。
 それなのに、もう空が白くなってきている。
 朝寝坊してしまう。
 果たして、イサークは本当に演奏してくれるのかどうなのか。
 そんな不安もいつしかイサークからの甘い愛撫にどこかへ消えてしまいそうになっている。
 花嫁になったその日、セシリータは甘い新婚初夜の褥のなか、イサークから延々と与えられる愛撫に眠らせてもらえない夜を過ごすこととなった。
 今までの人生のなかで最も幸せで、最も甘く、そして最も淫らな夜を――――。

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