ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

薔薇は幸福な花嫁

 新大陸に渡り、ささやかでも温かな祝福を受け、フローラはセオドアの花嫁になった。
 セオドアの家は新大陸の東海岸、港街ボストンの街中だ。二階建ての木造の家はこじんまりとしていたが、よい使用人たちが留守の多い主人のかわりに家を守ってくれているようで、とても居心地がいい。
 教会で結婚式を挙げたあと、花嫁ドレスを身に纏ったままのフローラを横抱きにし、セオドアは家へ戻った。道行く人の注目の的になってしまったのに、「砂金より軽い」なんて言いながら、セオドアはフローラを放してはくれなかった。
「おめでとうございます!」
 留守番をしてくれていた使用人たちは玄関に勢揃いしていて、フローラとセオドアを祝福してくれる。式場と同じように花びらのシャワーを浴びて、フローラは頬を染めた。
 この新大陸は、フローラの故郷である島の大帝国の落とし子のような存在だ。でも、大西洋を挟んで分かたれたふたつの国は、同じ言葉を話しながらも似ていないところが多い。たとえば、主人と使用人の気易い関係だとか。
 最初は距離の取り方に苦労した。でも、慣れてしまうと、礼儀一辺倒じゃない、親しみをこめた関係に、安らぎを感じる。もしかしたらフローラは、自分が思っているよりもずっと、人恋しい性格なのかもしれない。
「ありがとう」
 はにかむように微笑むと、一斉に拍手される。一番年若いメイドはおそるおそる背伸びしながら、白い薔薇の花かんむりをそっとフローラに飾ってくれた。
 セオドアは微笑ましげに目を細め、そんなフローラと使用人たちのやりとりを見守ってくれていた。
「皆、ありがとう。今日はもう、休んでくれていい。ささやかだが、皆にも結婚式の記念の食事とプレゼントを用意したから、あとでキッチンを覗いてみてくれ」
 自分が下層階級出身ということもあってか、セオドアは使用人たちにとても優しいし、気前がよかった。彼のそういうところが、フローラはとても好きだ。
 愛情をこめ、セオドアを見上げると、彼は小さく口の端を上げる。
「……そして、俺とフローラを明日の朝までふたりっきりにさせてくれ」
「セ、セオドア……!」
 あまり、気恥ずかしいことを言わないでほしい。そう抗議しようとしたくちびるを、セオドアはキスで塞ぐ。
「ん……っ」
 かあっと頬を赤く染めたフローラに、彼は少しだけくちびるを浮かせて「幸せを見せびらかしたいんだ、許せ」なんてことを言う。冗談めかして、そのくせ珍しく甘えるような顔をされてしまったら、フローラもなにも言えなくなる。
 黙りこんだら、フローラの負けだ。そのまま、ふたりのための寝室にさらわれてしまった。

*     *     *

 夫婦は別々のベッドで眠るもの。そう思っていたフローラだが、この新大陸に来てからはセオドアとは同じ部屋で寝起きをしている。とろんと蜜のように甘いふたりの時間は際限なくなってしまうけれども、片時も手放したくないほど愛されているのだと思うと、純粋に嬉しかった。
 花嫁衣装を身にまとったまま、恭しくベッドに下ろされる。純白のドレスのスカートがふんわり広がって、まるで花が咲いたかのようだった。
 身を屈めるように、セオドアが顔を近づけてくる。フローラは目を閉じ、彼のキスを待った。
「あ……ふっ」
 焦がれていたくちびるは、とても熱い。それは、まるでセオドアの情熱を表しているかのようだった。
 軽く重ねただけだったくちびるが、やがて深く交じりはじめる。顔を少し傾けるようにセオドアのキスを受け止めていたら、いつしか柔らかな頬の内側を彼の舌に舐められていた。
 ぴちゃりと、小さく濡れた音が立つ。
 セオドアは、フローラの体の隅々にまで触れてくる。もちろん、中だって。くちゅりと音が立つキスは、ひどくフローラを淫らな気分にさせた。
 フローラの胸元に、セオドアの大きな手のひらが触れる。手のひらで、膨らみをまさぐるように撫でられると、コルセットの内側では小さな尖りが目覚め、悦びに震えはじめてしまった。
「……んっ、あ……」
 無垢だったフローラに、セオドアが淫らな悦びを教えたのだ。そのせいか、彼に触れられるだけで体が熱くなり、頭の芯がぼうっとしてくる。
 それも愛情ゆえだと、セオドアにからかわれてしまいそうだけど。
 セオドアの肩口に縋るように、そっと指先で触れる。すると、彼は少しだけくちびるを浮かせて、「愛している」と囁いた。
 その一言だけで、途方もなく幸せになれる。
 夢見心地なくちびるが、震えていた。もっとキスしてほしい。そして、その力強い腕の中に、フローラをさらってほしかった。
 なにも言わなくても、セオドアは願いを叶えてくれる。
 彼は丹念なキスを繰り返しながら、フローラの肌から純白のドレスを滑りおとしていく。あらわになったコルセットを引きずりおろされると、ふんわりと柔らかい胸が露わになった。
 クリノレットの腰紐をほどきながら胸元に恭しくキスされ、フローラの肌は赤く染まっていく。つきんと小さな痛みがするほど強く吸われると、そこはまるで赤い薔薇の花弁が散ったかのように、濃い色に染まった。
 フローラの体には、そんな甘い夢の跡がたくさん散っている。毎日のようにセオドアに刻みこまれるから、決して消えてしまうことはない。
 無防備な姿になってしまったフローラを、セオドアはあらためてベッドへと横たえた。
 そのまま覆い被さってきたセオドアは、まだモーニングコートを着ている。自分だけ素肌をさらしているのが恥ずかしくてたまらない。思わず顔を伏せかけるが、長い指に顎をとらえられると、ふたたびセオドアにキスされた。
「……んっ、ふ……」
 フローラの中に入りこんできた舌先に、頬の内側をねぶられる。そこが濡れてくると、とてもはしたないような気がするけれども、セオドアはわざと大きな音を立てようとする。淫らな水音は、フローラの中にある、もっとぐっしょり濡れて、はずかしい音を立ててしまう場所を連想させた。
 フローラの口内を思う様に貪りながら、セオドアは両手でフローラの胸をそっと掴んだ。そして、その柔らかさをたしかめるかのように指を這わし、やわやわと力を入れて揉みはじめる。
「……く……ぅ、ん……っ」
 もどかしい。
 フローラの小ぶりな胸の真ん中には、すでに感じきって、硬くなってしまっているところがある。そこに触れてもらえたら、どれだけ気持ちいいだろうか。それなのに、なかなかセオドアはそこに触れてくれない。胸の柔らかさを堪能しながら、キスするだけだった。
 もう少し、あと少しなのに。一インチ指の位置がずれるだけで、感じきって、色づいたところが満たされるはずだ。無意識のうちに、フローラは身を捩ってしまう。
 ふと、セオドアのくちびるが離れる。
 濡れたフローラのくちびるを舐めてから、彼は小さく笑った。ちょっとだけ意地悪い、あの見慣れた表情で。
「どうした、フローラ。落ち着かないな」
「……っ」
 フローラは、耳たぶまで熱くしてしまう。わかっていて、セオドアはそんなことを言うのだ。なんて意地が悪いんだろう。
「もっと、触ってほしい場所があるんだろう?」
 そそのかす声は、甘い。きっと、人を堕とす悪魔の声も、こんなふうに魅惑的に違いない。
「……わ、わたし……っ」
「遠慮するな。俺とおまえだけしか、ここにいない」
 柔らかな胸元にキスしながら、セオドアは言う。
「妻のおねだりなら、なんだって叶えてやりたい」
「……っ」
 ほんのり色づいている胸の尖りの、ほんの際にセオドアが口づけてきた。ふるっと震えた先端に気がつかないはずがないのに、やっぱり無視されている。セオドアは、時々意地が悪い。
「……て、もっと……上……」
 そこにセオドアの息がかかったことで、フローラは我慢できなくなってしまった。とうとう、はしたないおねだりをしてしまう。
「……上、とは?」
「い、意地悪しないで……っ」
 上目使いで睨むと、セオドアは小さく笑う。
「恥ずかしがるおまえは、とても愛らしいからな」
「冗談ばかり……」
「本気だ」
「あん……っ」
 ようやく、セオドアが胸の尖りへとくちびるを寄せた。
 彼のくちびるで軽く吸い上げられるだけで、頭のてっぺんから爪先まで、熱い衝動が駆け抜ける。ぴんと張り詰めて硬くなった部分に歯を当てられ、我慢できずにフローラは嬌声を漏らしてしまった。
「……んっ、あ……。あ、あぅ……ぅ。セオドア……っ」
 かりかりと齧りとるような動きで歯を動かされると、気持ちよくてたまらない。まだ触れられていない、フローラの深いところまで熱くなってきてしまう。
「綺麗な色に染まってる。……俺の色だ」
 満足そうに囁いたセオドアは、その小さな尖りを丹念に舐めあげながら、フローラの下肢へと指を這わせた。
 柔らかな花弁をかきわけるように、そっとセオドアは指を這わせる。すでに、はしたなくも濡れてしまった場所には、彼の指は少し冷たく感じられた。
「……っ、あ……ん、セオドア……」
 その指先で、胸の尖りよりももっと硬く、そして熱くなってしまっている小さな芯を摘みあげられ、フローラは緩やかに身を捩る。
「あ、だめ……」
「気持ちがいい、だろ?」
 そんなふうに強調しないでほしい。羞恥心を掻き立てられると、フローラの体は熱くなってしまうから。そして、熱くなった体の奥からは、まるで融けだした蜜蝋みたいなものが、溢れはじめる。
「……わたし、だけ……や……ん……っ」
 蜜をこぼす奥まった場所に、さらにはしたなくなれと誘うかのようにセオドアは指を潜らせようとする。
 でも、フローラは小さくいやいやして、セオドアを止めた。
「どうしたんだ、フローラ」
「……わたしだけ、こんな……いや…なの……」
 恥ずかしげに胸元を両腕で隠しながら、フローラは訴える。
「あなたは、正装したままで……、わたしだけ、はしたなくて……」
 恥ずかしい、と消え入りそうな声で、フローラは呟いた。
 素肌同士が触れあって、ぬくもりを伝える心地よさが恋しい。セオドアだけタイもほどいていない状態なんて、なんだか寂しかった。
「あまり、可愛いことを言うんじゃない」
 にやりと、セオドアは笑う。
「抑えられなくなるだろう?」
「や、だめ……っ」
「わかってる。俺は、妻のおねだりが聞けないような狭量な夫じゃないぞ?」
 冗談めかして笑いながら、セオドアはモーニングコートを脱ぎ捨てていく。彼の体は過酷な労働で鍛えられ、傷もたくさんついていた。惚れ惚れするほどたくましい褐色の肌に、フローラはいつもどきどきしてしまう。
 裸になったセオドアは、あらためてフローラを抱きしめた。「愛している」と囁きながらキスして、あらためてフローラの蜜口を探りはじめる。
 とろとろに融けてしまったフローラの中を、セオドアのたくましい指先が泳いだ。難なく彼を含んだフローラの深い場所は、セオドアを恋しがってうねるように動く。
「……んっ、あ……、セオドア……、ああんっ」
「いい子だ。このまま楽にしてろ」
「ん……っ」 
 気持ちよさに啜り泣くフローラをキスであやしながら、セオドアは濡れそぼった隘路を指でよくかき混ぜる。彼を欲しがるそこは、ゆるやかに広がっていく。
 気持ちよさが体の中で溢れ、我慢できなくなる。
「……あっ、も……だめ、セオドア、ほし……い……っ」
 セオドアのたくましい背中に縋りついたフローラは、甘やかな声をあげてせがんでしまった。
「俺も、おまえが欲しい」
 そう言うと、セオドアはフローラの中から指を引き抜く。フローラの蜜でたっぷり濡れた指先を舐めあげた彼は、やがてフローラの腰を抱えあげた。
 そして、ぐっしょりと濡れた花弁を押し分けるように、たかぶりきった彼の欲望そのもので蜜口を探る。
「熱……っ」
 彼の欲望の滾りを弱い部分で感じて、フローラは声を上擦らせた。その滾りがやがて自分を内側から灼くことを知っているから、思わず息を呑んでしまう。
「……愛している、フローラ」 
 囁きながら、セオドアはフローラを貫いた。
「……あっ、ん……、あ……あぁん……っ!」
 彼が中に入ってくる、その瞬間の衝撃には、なかなか馴れない。融けきって火照った自分の中を、火傷しそうなくらい熱く、硬くなったものが押し入ってくる。その圧倒的な存在感に、翻弄されてしまう。
 セオドアが腰を進めるのに釣られるかのように、くちゅ、ぐちゅ、と水音が漏れはじめた。口腔で交わるときの、あの濡れた音に似ていて、でももっとずっと熱っぽくて淫らだった。
 セオドアのすべてを身のうちで受け入れ、緩く抜き差しされると、頭の芯まで熱で焼き切れそうだった。理性もなにもなくなって、ただつながっている部分がもたらしてくれる快楽と、セオドアのものであることを確かめられることが、純粋な悦びへとつながっていった。
「……ふ、あ……んっ、セオドア……、セオドア、そんな奥……まで、きて……きちゃってる……っ」 
 フローラは、あられもない嬌声を上げる。
「当たって……、当たっちゃってる、これ以上はだめぇ……!」」
「怖いか?」
「や……っ」
 腰を引きかけたセオドアを、フローラははしたなくも引き留めてしまった。深い場所にセオドアがいてくれているのに、失うなんてあまりにも寂しい。
「……って、いい……から、怖いけど、気持ちいい……からぁ……」
 セオドアの猛りはフローラの最奥にまで達していて、その壁にぐりぐりと押しつけられている。最初は怖くて、少し痛みもあったから、半狂乱に泣いたこともあったけれども、今はただ快感だ。強く突かれるのは怖いけれども、そこに高ぶりの先端を押し当てられたまま腰を回されると、ひっきりなしに快楽の声が漏れてしまう。
「……や……っ、ん、あん……っ、いい……っ、おかしくなっちゃうくらい、いいの……っ」
「……すごいな。すっかり奥で感じられるようになってる」
「ああんっ」
 深く揺すりあげられるように突かれて、思わずフローラは涙をこぼす。
「違う、の……っ。それ、怖い……から、ぐりぐりって……して……」
「ああ、こうされるほうが好きなんだな」
 ふっと笑みを漏らしたセオドアは、フローラの腰を抱えこむようにしながら、自分の腰を軽くグラインドさせる。フローラの隘路が絡みつく、その感触を振り切るように味わって。
「あ……っ、あ、あぁぁ……っ!」
 一際甲高い声を上げたフローラは、意識を手放しそうになる。でも、セオドアがそれをさせてくれない。わざと動きを止めたセオドアは、そのままフローラの背を抱いた。
 そしてあらためて、フローラの肩口を寝台に押しつける。
 つながった腰が浮いただけではなく、セオドアはフローラの足を肩口に抱えあげた。不安定な姿勢のせいか、体の中心に力がこもる。体内のセオドアを強く食む状態になり、フローラは甘い悲鳴を上げてしまった。
「愛してる、フローラ」
 もう、セオドアに与えられる快感のことしか考えられなくなっている。でも、愛の言葉だけは、いつだって聞き取ることができた。
 くちびるを塞がれるように奪われて、そのままセオドアは快感をわかちあうように動きはじめる。大きな腕に抱かれて、激しい快楽の波に揺すぶられながら、何度もセオドアは「愛している」と繰り返す。
 やがて彼は小さく息を詰めたかと思うと、その情熱の証をフローラの中へと放った。それと同時に、フローラの体内でも熱が爆ぜる。
 快感と幸福の狭間で、フローラの意識は掻き消えていった。

                                     おわり

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