ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

会員限定特典小説

気高き皇帝の計画的な欲情

 アスラーンがルザーン帝国皇帝に即位して三ヶ月、エヴァは彼と一緒にテティス島に戻ってきていた。
 崖の上に立ち、両親の墓碑に向かってティオフィリア王国が復活したことを報告する。
 当初、エヴァが女王となるべく話が進められていた。だが、敵対勢力との関係を考慮してアスラーンが皇帝と兼任でティオフィリア国王に即位することとなったのだ。
 どうしてもこの日に島まで戻りたかった。エヴァは願いが叶って嬉しくて仕方ない。
「でも……アスラーン様、即位したばかりなのに、帝都をお留守にしてもよかったのですか?」
 エヴァが心配そうに尋ねると、アスラーンは呆れた顔をする。
「よくない。よくないが、私が待てと言うとゼキとふたりで島に行くと言い出したのはおまえではないか?」
「ご、ごめんなさい。今日はお父様たちが亡くなられてちょうど十年目だから……ティオフィリア王国のことも、直接報告したくて」
 三ヶ月前、皇太子サバシュに襲われ、翌日には慌ただしくテティス島を離れた。エヴァも頭が混乱していて、結局、もう一度崖の上まで来たいと言えずじまいだった。
 蒼白になるエヴァの顔を見て、アスラーンは慌てた様子で言う。
「冗談だ。帝都にはゼキを残してきたのだから、なんの心配もない。それに、私もちょうどこの国を見ておく必要があったしな」
 彼のひと言にエヴァの頬は一気に明るくなった。
「だが……王国の復活、か。私が王では不満だろうな」
 アスラーンがポツリと言う。
「いいえ、そんなことありません! こうして十年も島を戦禍に巻き込まず、わたしのことも守ってくださったじゃありませんか。それに、わたしを正妃にしてくださって……お父様もお母様もきっとお喜びです」
 正妃という確かな身分を与えてもらったことはありがたいが、それよりも嬉しいことがある。アスラーンに甘えたり、愛の言葉をねだったりしても許されることだ。
 ついつい嬉しくて、アスラーンのカフタンの袖を掴んだり、肘の辺りに手を添えたりしてしまう。
 エヴァは忙しいアスラーンが傍にいてくれる間、ほんの少しでもじゃれ合っていたいだけなのだが……。どうやら、アスラーンはそれだけでは済まなくなるようだ。どこでも後宮扱いと言い出し、誰かいても人払いをしてエヴァの身体を求め始める。
 今も、彼女の手がそっとアスラーンの手に触れるなり、彼の目の色が変わった。
 エヴァは慌てて離れるが……。
「ちょうどいい、エヴァ。おまえのご両親にもっと仲のよいところを見せておこう」
「えぇっ!? い、いえ、ここではダメです。それに、林には護衛の方たちも……きゃっ!」
 次の瞬間、エヴァは抱き締められ、唇を押しつけられた。
 なんとか逃れようと思ったが、そのキスが甘く淫らなものに変わると突き放すことなどできない。
 アスラーンは舌先を硬く尖らせ、捻じ込むようにしてエヴァの唇を開いていく。歯列をゆっくりとなぞり、やがて口腔に肉厚の舌を滑り込ませた。口蓋を舐められ、誘うように舌先を突いてくる。そんな彼に抗いきれず、エヴァはおずおずと舌先で応え始めた。
 彼女の手はカフタンの下を通り、アスラーンの背中に回してしまいそうになる。
「アスラーンさ、ま……もう、これ以上のお戯れは……」
「本当に? エヴァ、正直に言え。おまえも私が欲しい、と」
 誘惑を孕んだ声がアスラーンの口から零れ、同時にエヴァの首筋に吸いついた。熱い唇が何度も首筋から鎖骨を往復して、それを左右で繰り返される。
「そんな……違います、わたし……は……」
 鎖骨の辺りにピリッとした痛みが走り、エヴァの身体はビクンと震えた。
 黒い瞳が射るように彼女をみつめている。
「おまえが欲しい。今すぐに抱きたい」
「……!?」
 エヴァの返事を聞く前に、開き加減のドレスの胸元にアスラーンは顔を埋める。胸の谷間に唇を押し当てられ、痺れるような心地よさを味わった。
 身を委ねかけたとき、エヴァの視界に墓碑が映り、彼女は慌ててアスラーンを押し退けた。
「ダメッ! お、お父様や……お母様の前で……そんな、はしたないことはできません」
「私はおまえの夫だぞ!」
「それは……」
 一瞬考え込んだが、エヴァはハッと気づく。
「夫婦であっても、りょ、両親の前で……そんなことしませんっ!」
 目の前に両親がいるわけではない。そこにあるのはふたりの墓碑。だがエヴァにすれば、目の前で見られているも同然だ。
 アスラーンに抱かれたくないと言えば嘘になるが、家族の墓碑の前では恥ずかしくてできない。
 エヴァがうつむいたとき、いきなり彼女の身体が宙に浮いた。
「え……? あ、きゃあっ!」
 アスラーンの両腕が腰に巻きつき、そのまま持ち上げられていた。足が地面から離れ、思わずバタバタさせてしまう。
「暴れるな。ようするに、墓碑が見えなければいいんだな?」
「そ、それは、そうなんですが」
 墓碑の周りは緑に囲まれている。
 そして青や黄色の可憐な小花が揺れているのも、野生の花をわざわざ植え替えたものなのだろう。その証拠に、ほんの少し離れると大きな岩が姿を見せ、足場も悪くなる。
 アスラーンは足場が悪いことも全く気にしない様子で岩の陰まで歩いて行き、そっとエヴァを下ろした。
 彼女は背中から岩にもたれかかる格好だ。
「ここなら、誰にも見えない」
 そんな言葉と同時に、ドレスの胸元を左右に押し開き、おもむろに柔らかな乳房を露わにした。
「そ、そんな、本当に……でも、ここは修道院の……」
「修道院の敷地は林の手前で終わりだ」
「でも、誰かが……様子を見に来るかもしれません」
 双丘を揉む手が一瞬止まる。
 フッとアスラーンの顔が目の前に近づいた。
「その点は心配無用だ。私が呼ぶまで誰も近寄るなと言ってきた」
 エヴァは大きく目を見開く。
「あ、いや、勘違いするな。最初から、こういうつもりで言ったんじゃないぞ」
 どうしたことか、アスラーンは照れたような表情をして言い訳を始める。
 とんでもない場所で迫られているのに、エヴァは我慢できなくて笑い出してしまった。
「何がおかしい」
「だって……アスラーン様ったら、本当に一生懸命みたいで……わたしより、十歳も年上なのに」
「私はいつも真剣だぞ。おまえがどう思っているかは知らんが、二十八年間、常に生と死の狭間で生きてきた。何度、ここで死んだら楽になれるのに、と思ったか……」
 切なさを思わせるアスラーンの顔に、エヴァは思わず片手を添えていた。
 彼女はそのとき気がついた。アスラーンは、ふいの欲情だけでエヴァを抱こうとしているわけではないのだ。十年前、死を覚悟してこの島を訪れ、エヴァとの出会いが彼に生きることを決意させた。だがそれは、エヴァにとって大切な人たちの命と引き換えだった。
 彼は今、心の底からエヴァの“許し”を必要としている。
(ここに来ることは、アスラーン様にとって大変な勇気のいることなのだわ。それをわたしのために……)
 胸が熱くなり、エヴァは彼の両頬に触れた。そっと引き寄せ、彼女のほうから唇を押し当てる。それは命令とは違う、エヴァから望んだ口づけだった。
 優しく重なり、触れ合うだけのキス。吐息は甘やかな色に染まり、エヴァの身体は火をくべられたみたいにカッカと燃え始める。頬どころか耳まで赤く染まっているだろう。自分でもわかるくらいに胸から全身に熱が広がった。
「そんなことをしたら、本当に止められなくなるぞ」
 あらためて言われると恥ずかしい。
 エヴァはアスラーンの胸にもたれかかる。こんな場所でと思いつつ、アスラーンの気持ちが少しでも楽になるなら、と思う自分がいた。
「両親に見られる、護衛兵たちも近くにいるのに、そういう心配はもういいのか?」
「誰にも見えない……そう言ったのはアスラーン様です」
 そう言って、露わにされた胸を彼の身体に押しつける。
「声も……出しませんから。だから……あなたの思うようになさってください。テティス島のすべてが、あなたにとって楽園になりますように。だって、あなたはこの国の王なのですもの」
「――エヴァ!」
 アスラーンは飢えた獣のように、胸の頂にしゃぶりつく。
 そのとき、エヴァの結い上げた髪が岩肌にこすれ、結び目がほどけてはらりと肩に落ちた。
「綺麗な髪だ。温かな色をしている。淡い緑の瞳によく似合う」
 こんなふうに面と向かって褒められると、いつもドキドキしてしまう。
 アスラーンの手がスカートの裾から押し込まれ、腰に巻いた下穿きの紐をスルリとほどいた。白い布が足下に落ちる。たった一枚のことなのに、下腹部がスースーして心もとない。
 すると、とたんに周囲の光景が気になり始めた。
 明るい陽射しを浴びながら、故郷の島でアスラーンに抱かれようとしている。そんな自分がとんでもなく破廉恥な娘に思えてくる。
「あ……あの、アスラーン様、わたしのことはしたないって思いませんか?」
「なんだ、私の思うようにしろと言いながら、臆したのか?」
 アスラーンはからかうように顔を覗き込んでくる。
「そうではなくて……こんなところで、求めてしまって……だって、アスラーン様は、最初はこういうつもりじゃなかったと……あっ、あ……あぁんっ!」
 風が岩肌に吹きつける音、その中に混じってクチュクチュという淫らな水音が聞こえ始めた。
 アスラーンの指が下腹部の茂みを掻き分け、エヴァの蜜窟を探し当てた音だった。そこはすでに熱く潤み、甘い蜜が溶け出していた。
「躊躇っているわりに、もうこんなに濡らしているではないか。おまえが大人の女になったと、父親にも見せてやるか?」
 エヴァは必死に首を横に振る。
「そ、それは……。アスラ……ンさまの、いじ……わ、る……ぁっ」
 だがアスラーンの指が押し込まれ、蜜穴を緩々と掻き回された瞬間、頭の中が真っ白になった。
「思ったとおり、これがおまえの本心なのだろう? 躰はこんなに正直だ」
「……あ、あぁん、ダメ……そこは、ダメです。もう、それ以上、触らな……あ、ダメェーッ!!」
 エヴァは背筋がゾクゾクして、あっという間に昇り詰めた。下肢を戦慄かせ、蕩けるような蜜が彼の指を濡らしながら内股を伝い落ちていく。
「そんな大きな声を上げたら、林で待機している護衛兵たちにも丸聞こえだな」
 彼女は真っ赤になって口元を押さえる。
 するとアスラーンは愉快そうに笑い始めた。
「冗談だ。心配はいらない。連中は林の向こうまであらかじめ下がらせてある」
 よかった、と思う反面……。
(これって本当に“許し”なのかしら? ふいの欲情……というか、計画的な欲情なんじゃ……?)
 エヴァは心の中で疑問を唱えつつ、アスラーンの笑顔に負け、もう一度口づけた――。

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