冬の詩(うた)
『……かくして死は我々の元に来たりぬ。しかし、それは決して怖れる事ではない。甘い死は深淵の底から、いつでも我々と共にある』
詩の一節を朗読し終えた瑠璃子は、手にした本をぱたりと閉じ、微笑みながら鈴一郎と春隆を見やった。
「私の好きな、フランスの詩人の詩ですわ」
「俺はどうもその手の類はまだるっこしくて苦手だ」
次男の春隆は、最初っから放棄したように勢いよくソファに自分の背を預ける。
暖炉ではぱちぱちと薪が燃えていた。窓の外は霜が降りて、この分では雪が降るかもしれない。
部屋のテーブルの上には焼き菓子が置かれ、白いカップが三つ並べられていた。
「つまり、どういう意味なんだい?」
小田切家の当主である鈴一郎は、穏やかに瑠璃子に問うた。瑠璃子は細い首を僅かに傾けると、思案に耽りながら答える。
「……はっきりとはわかりません。抽象的すぎますもの。ただ、生きるも死ぬも、それはすべて同一線上にある……と」
「なるほど、抽象的だ」
鈴一郎は芝居じみた仕草で肩を竦めた。
「けれどまあ、なんとなく理解できるような気もするな」
「それは?」
瑠璃子は鈴一郎の解釈が聞きたくて、先を促す。
「たとえ死んでも、私達はずっと一緒なんだ。永遠にね。だから、怖れる事は何もない」
それを聞いた時、春隆が低く笑い出した。
「兄さん、それは、ちょっと俺達に都合のよすぎる解釈ってもんだ」
「そうかな? ────なかなか的を射ていると思ったんだが」
「私は、素敵だと思います」
瑠璃子は胸の前で手を合わせ、鈴一郎と春隆を見つめ返す。
「本当に────そうなったら、どんなに素晴らしいでしょう」
自分達は、『死』で繋がっている、と瑠璃子は思った。婚約者を亡くし、その後にやってきたのは彼らだ。婚約者である城田子爵が亡くならなければ、自分達がこうなる事はなかったかもしれない。そう思うと、そんな薄暗い概念も、そう怖れる事ではないように感じられるのだ。
「お前は詩的な事を言うな」
春隆がおもしろがるように感想を漏らした。
「確かに一理ある。俺達はもう一心同体だ。運命共同体と言うべきか」
「はい、春隆様」
瑠璃子は目を細めて笑み、おっとりと春隆に同意した。そうして、ふと気づいたように席を立ち、窓辺へ寄って外を見る。
「雪が降るかもしれませんね」
ここで冬を迎えるのは初めてだ。けれど外がどんなに寒くとも、ここにいればあたたかい。そういえば、実家の方はどうしているだろうか。瑠璃子はここに来る前、自分がどうやって、何を考えて生きてきたのか、あまり思い出せなくなっていた。
けれど、きっとそれでいいのだ。何故なら自分は、彼らのために生まれてきたに違いないから。
「瑠璃子」
「瑠璃子」
違う声が、瑠璃子の名を呼ぶ。振り返ると、鈴一郎と春隆にそれぞれ両腕を取られ、耳に髪に口づけられた。
「あ……」
「寒いなら、俺達が温めてやる」
「だから、ずっと私達の側にいておくれ」
同じだけの熱さの求愛をぶつけられ、瑠璃子はくらりと眩暈を覚える。彼らが愛おしくて、どうにかなってしまいそうだ。すでに自分には、彼ら兄弟しかないというのに。
「はい、瑠璃子はずっと、お二方のものです」
何度目かの誓いの言葉をその口に乗せる。
その響きには、嘘偽りは少しもなかった。印象や性格の違う彼ら兄弟二人に求婚され、瑠璃子は葛藤の末にどちらも受け入れる事にした。世間的には異常といえる関係かもしれないが、瑠璃子は少しも後悔などしていない。
そこに至るまでに彼らが行った行為も、すべて。
「愛しています。鈴一郎様、春隆様」
涙ながらにそう告げると、纏った小袖の帯が解かれる気配がした。
「私も愛しているよ」
「俺達も、永遠にお前だけのものだ」
瑠璃子の着物がすべて床に落ちた時、それから一粒の雪がひらひらと宙を舞って降りてきた。