影縫い
柱に押し付けられた背が痛い。不自然な格好で固定されていた腰回りの関節は痺れて軋むようだったし、噛みしめすぎた唇からは血が出そうだった。だがそれらがどうでもよくなるほど、体の中心が熱い。内側から炙られ、溶けだしていく恐怖に怯える。
いや、もしかしたら本当に溶けているのかもしれない。下肢の間からはとろみのある何かが絶えず漏れ出ているのだから。
ぼんやりした頭でそう考えた後、なんとか自我を取り戻す。
「んっ、く……っ」
意地でも声は出すまいと歯を食いしばると、下から突き上げられて全身が揺さぶられた。ずん、と穿たれた腹の奥が収縮し、嫌な現実を思い出させる。
「わかるか、リリアーヌ……。お前の中は、もうこんなにも私のものに馴染んでいる……」
風が木々を揺らす音に混じって、リリアーヌの耳孔に滑り込んでくる艶を含んだ声。それが告げる事実に、胸の奥が引き裂かれた。
自分が何者で、誰に抱かれているのか――現実を認識したくなくて首を振れば、責める強さで顎が掴まれ、上向けられる。
従わされる怒りで思わず憎しみをこめて目を剥くと、夕陽を透かす長い黒髪が見えた。
その隙間から覗くのは、闇を凝縮したような瞳。彫りの深さのせいか、いっそう昏く、底知れない印象を受ける。
「……このようなところで女人を抱くのがキニシスの流儀ですか」
今いる場所は庭園の一角。背をつけているのは寝台ではなく、固い列柱の一つだ。しかも暮れ始めたとはいえ、まだ陽が差している。とてもではないが、赤裸々な行為をするのに適しているとは思えない。
肩で息をしつつ嫌味のつもりで言えば、目前の瞳が愉快そうに細められた。男の色香を乗せた肉厚の唇が歪み、嗜虐的な笑みを象る。
「お前がレオンと呼べば、寝台で抱いてやったのだが」
レオン。と、リリアーヌは故国を滅ぼした男の名を胸中で復唱する。もちろんそこに愛はなく、ただ憎しみだけが込められていた。
「陛下のお名前を、そのように軽々しくは呼べま……っ!」
反論の最中に腰を動かされ、敏感になっていた粘膜がびくつく。空気に触れた結合部は、ぐちゅんといやらしい音を立てて痴態を知らしめた。
注がれたばかりの精と蜜が混じり合って内腿を伝い、その感覚にも羞恥心を煽られる。
「やっ、ぁ……」
精を放った後でも硬度を失わない剛直が、無遠慮に蜜壺を掻き回す。
散々こねられて敏感になっていた膣襞は、意思とは裏腹に擦られる悦びに震えた。身の内を犯す熱に吸い付き、ねっとりとまとわりつく。
「っ、はあ……まったく、強情な妃だ。こうして注がれておきながら、まだそのような口をきけるのか」
リリアーヌを攫い、犯し、強引に妻としたキニシスの皇帝レオンは、なぜか敬称をつけられることを嫌った。「他の者は呼び捨てで呼んでいるのだから、私にもそうしろ」と再三迫ってくる。こうして庭園の一角で抱かれる羽目になったのも、リリアーヌがその命令を拒んだからだった。
意地だか何だか知らないが、もういい加減諦めてほしい。
疲れ顔で溜息を吐けば、思いのほかあっさりと繋がりが解かれた。
「ん……っ」
ずるりと熱いものが抜けだしていく感覚に、背を震わす。
解放されて、ほっとしたのも束の間、
「いい香りだと思わないか」
「香り?」
「お前のいやらしい蜜の匂いが混ざっているからか……今日の薔薇は、また一段と香り高い」
意地の悪い声が耳元で響き、全身がかっと熱くなる。途端、周囲に咲き誇る白薔薇にからかわれている気すらしてきて、泣きたい気分になった。
わなわなと震えながら、涙目で睨みつける。
「そのように見るな……もっと泣かせたくなるだろう」
囁く唇が寄せられ、とっさに顔を逸らす。
また顎を掴まれるかと思いきや、レオンは喉奥で笑い、体を離した。いつの間にか軍服の前は整えられており、先ほどまでの行為をより即物的な印象にする。
繋がる時も、離れる時も、本当に勝手な男だ。
腹立たしい気持ちで遠ざかる背を見送っていると、唐突にレオンが生垣の薔薇に唇をつけた。愛しくてたまらないといった風に触れて、そっと離れていく。
「……?」
一体何がしたかったのだろう。
リリアーヌは首を傾げ、レオンが去った後の庭園に立ち尽くしていた。だが、一陣の風が吹いた時に気が付いてしまった。
「あ」
白薔薇で覆われた生垣には、夕陽で伸びた影が映っていたのだ。そしてレオンが口づけた箇所は、丁度リリアーヌの影の、唇の位置で……。
「っ、嫌な人」
唇を守ることすら許してくれないのか。いつだって全てを奪おうとする、その傲慢さが憎い。
そう思う一方で、じりじりと得たいの知れない感情に胸の内を焼かれている。
「本当に……嫌な人」
口づけで縫い付けられた影が重い。だから一歩も動けなくて、こんなにも苦しい。
あまりの息苦しさで、舞い上がる白い花びらとは逆に、乾いた芝生の上にへたり込む。
「私は……貴方を許さない。絶対に許さない……っ」
のろのろと見上げた夕空は、哀しいほどに綺麗だった。
【あとがき】
このSSは、本編でリリアーヌが自分の気持ちに気が付く前のお話です。
どこを書こうか散々迷い、なるべくネタバレが少ない部分を選んでみました。
少しでも楽しんでいただけますと幸いです。
BY 松竹梅(まつたけ うめ)