騎士団長は結婚間近の婚約者がいまだ愛おしすぎて
「クリスティナは、俺の女神だ」
朝一番、急に王太子の執務室でそんなことを言ってのけたアレックスを、部下の騎士達が「知っていますけど」と答えてげんなりと見やった。
「待たせることになったら申し訳なさすぎるし、着替えるところを見たいので王家同士の会談は絶対スムーズに進行して欲しい。あっ、いや、着替える時にはカーテンの内側に俺は入れてもらえないのか……!」
「入ったら、団長はただの変態ヤローです」
本気で悔しがっている上司を見て、近くにいた部下が本気でドン引いていた。
まさに部屋を出て行こうとしていた宰相も、出入口の数歩前で足を止め、不安を覚えた表情だ。
「あー……私の話はきちんと聞いていたかね?」
「もちろんです」
凛々しく答えられ、宰相はますます不安が増したような顔をした。
「リリアンティーヌ殿下は、今回の縁談にとても乗り気だ。双方の両陛下の前でプロポーズをして、王子を射止めると意気込んでおられる」
宰相のそんな話を聞きながら、騎士達が「そもそも逆プロポーズ」「相変わらずなんて男前な王女様なんだ」などと小さくツッコんでいる。
「くれぐれも、王太子殿下と共によろしく頼むぞ」
「分かっております。終わり次第クリスティナのもとに駆け、一回目のウエディングドレスの試着をしっかり目に焼きつけます。リリアンティーヌ殿下のことですから、速やかに逆プロポーズを終わらせてくれるかと」
「恋をした殿下は乙女だぞ、お前の行動力を分けてやりたいほどいじらしいというのに……」
宰相が心配そうに口にした通り、日程はやや押すことになる。
クリスティナは本日、挙式用のドレスの型を絞る予定があった。
衣装を実際に見つつ試着するのだ。
一番早い日程で試着しようとアレックスに輝く目で言われてしまい、仕事の彼とは正午過ぎにドレスの専門店で待ち合わせることになった。
とはいえ、少々遅れる可能性は見越していた。
今日、午前中に王城で王家同士の会談があるとか。
滞在している隣国の王子と、続いて彼の両親も交えて姫が会うらしいと聞けば、王都の人々も婚約関係なのではと騒いでいた。
そこにまったく注目していないのは、アレックスくらいだ。
『衣装の見本があるのなら試着してみよう! いやっ、正直言うと俺が見たい! 休日まで待つなどできそうにないっ!』
そして彼は、午後に空いている日があると言って、今日この日を笑顔で指定した。
新聞でこの日に王城でイベントがあると知っていたクリスティナも、そしてスワンズも間を置いて考えてしまった。
「旦那様のこらえ性のなさにつきましては、申し訳ございません」
「いえ、私はそんなところも……」
可愛いと思ってしまった、そういうところも好きで、なんて惚気が出そうになったのを自覚して、淑女として慌てて口を閉じた。
スワンズが不思議そうにこちらを見たが、そのタイミングで二人はドレスの専門店の扉を潜っていた。
「お待ちしておりました」
執事とともに到着した彼女を、先日も会ったスタッフの女性達が笑顔で迎えた。
「お子ができていらしても調整可能なウエディングドレスの中から、おすすめを集めさせていただきました」
「そ、れはありがとございます……」
奥の部屋に案内されながら、クリスティナは顔を赤くした。
婚前同棲は、婚姻習慣の一つだ。店側も対応には慣れたものである。
ただ、クリスティナとしては結婚式のあとに懐妊、という流れを想像していた。
だが彼は、いつも子を宿させる勢いなのである。
(彼も欲しがっているみたいだし……いいのだけれど)
妊娠と、命の誕生を願う言葉を睦言で聞かされたのを思い出して、頬が熱くなる。
「先にご試着を始めておきましょうか? ご到着された際にお待たせする時間は少なく済みますし、婚約者様へのサプライズにもなるかと」
王太子の右腕の、有名な騎士団長だ。
専門店側もアレックスが忙しいのは知っており、王城から直接こちらへ来ることについても先日彼から伝えられていた。
「そうですわね。……倒れなければいいのだけれど」
「はい?」
「いえっ、なんでも」
彼が購入した複数の新作のネグリジェだけでなく、彼の両親にお呼ばれした晩餐や、婚約の挨拶のため出席した舞踏会用のドレスなども彼は見てきている。
そのたびにいまだ慣れないくらい猛烈に感激されているが、最近失神は見ていない。
さすがにもうないだろう思い直し、クリスティナはカーテンを引いて一着目の試着を始めてもらった。
それは打ち合わせに来た際、第一候補にと二人の意見が揃ったウエディングドレスだった。真っ白で上品な生地、ふんわりと広がった長いスカートにはクリスティナの水色の瞳を思わせるブルーの生地が重ねられている。
「とてもよろしいですわね。もう一枚銀色の絹飾りを重ねて、スカートの後ろの裾を伸ばすデザインでも神秘的な美しさが増すかと」
「少し背中が気になるわね……」
髪を胸の前に集め、クリスティナは姿見に背中を映した。
V字の背中の開きを可愛いと思っていたのだが、切れ込みが腰元まで繋がっているせいか想像以上にも背骨のラインを見せた。それが気になったが、女性達は流行のデザインでおかしくはないと告げる。
その時、スワンズが出入口を見て「あー」と、タイミングが悪いと言わんばかりの声をもらした。
どさりと何かが落ちる音がして、クリスティナも女性達もそちらを見た。
そこにはアレックスの姿があった。店へ向かいながら騎士団長のマントを脱いだのか、腕に抱えていたらしいそれが足元に落ちている。
「お、俺の女神が美しい……!」
ぶるぶる震えたかと思ったら、アレックスがガツンッと膝をついた。
「い、今、すごい音がしましたが大丈夫ですか?」
クリスティナは驚いて尋ねた。だが、返事はない。
感激したみたいに両手を口元にあてていたアレックスは、しかし間もなくぐらりと傾いて、身体の側面から床にくずおれた。
「え、えぇぇっ?」
見事、アレックスは失神していた。
そのあと、スワンズが叩き起こして復活したものの、結局彼は他のドレスに着替えて見せるたび一瞬意識を飛ばしていた。
帰宅し、クリスティナの指示でメイド達に平服へと着替えさせられたあとも、アレックスは申し訳なかったとまた謝った。
「その、あまりの神々しさに意識が……」
風通しがいい一階のサロンに二人を通したスワンズが、出て行く間際に少し耐性をつける必要があると小言っぽく告げていた。
「まだ慣れないのですか?」
窓辺近くのソファに並んで座ったクリスティナは、彼の頭の横にそっと触れた。
困った人ねと思いながらも、愛おしそうに微笑む。
「慣れないというか、……ああ、頭なら大丈夫だ。俺は頑丈だからな」
「本当ですか? それにしては少しぎこちない感じが」
途端、アレックスの身体がぎくんっと反応する。
「何か隠しておいでなのでは?」
じっと見つめると、隠しごとが下手な顔をそむけて、彼がこう言った。
「実は……一つ頼みたいことがある。君の、背中を見たい」
「え?」
「いや、可能ならば舐めさせて欲しいっ。あの美しいウエディングドレスから見えた時、直に触れながら都度褒めたたえたい気持ちがずっと消えず……!」
彼は何やら熱く語ってきたが、つまるところ我慢しすぎて気が遠のいたようだ。
クリスティナは呆気に取られた。
でも、それでいて背中一つでさえ褒めてくれる婚約者に嬉しくなる。恥ずかしながら協力することにした。
アレックスの膝の上に後ろ向きで座り、ドレスを少しゆるめて背を見せた。
「ああ、ありがとうクリスティナ……綺麗だ、とても美しい……」
後ろから彼が愛おしそうにキスをする。肩甲骨に沿って舐めながらも、ずっと褒めてきて、クリスティナはとても恥ずかしかった。
その触れ方は、やがてあやしくなっていく。
興奮した彼に昂ったものを下からこすりつけられ、間もなく彼女も熱が移ったみたいに脚を開いて――。
そのままの姿勢で二人は繋がり、愛と劣情のまま腰を振り乱した。
そうしてクリスティナはまた、彼に一番奥に愛を注がれてしまうことになるのだった。