俺が万物を凌駕するほどいい男すぎてすまない
下着というものは基本的に布で作られている。しかし、目の前にあるそれは下着に似た形状をしているものの鉄でできており、とても下着には見えなかった。しかも、鍵穴まである。
箱の蓋を開けるなり、中から出てきたそれにユーネは小首を傾げながら呟いた。
「これは一体なんでしょう?」
* * * * *
――きっかけは、先程まで開かれていた社交会だ。
大学在籍中は学業に専念するため、セヴェステルは社交を含む王族としての仕事を概ね免除されていた。
しかし、今はもう卒業している。定期的に社交の場を設け、貴族たちと交流するのも立派な公務であった。
もちろん、婚約者であるユーネも未来の公爵夫人としてその場に同席する。
ユーネ・アマリア・レーヴンが外国人でありながらイェラ国立大学を首席で卒業したという話は有名だ。公爵であるセヴェステルはもちろん、ユーネとも接点を持ちたいという者は多いらしい。
社交の場に出ることになり、本物の貴族ではないユーネはそれはもう緊張していた。貴族としておかしな行動を取ってしまったらどうしようかと、前日の夜は緊張で眠れなかったほどである。
しかし、イェラ国は今や学歴重視社会。交わされる会話は貴族的というよりアカデミックなもので、ボロを出さないように最低限の会話に留めようと考えていたユーネは、ついつい饒舌になってしまった。
そして、「トゼ公爵の婚約者は噂通り聡明だ」と評判になったのである。
気がつけば、ユーネにたくさんの贈り物が届けられるようになった。
この贈り物はただの「好意」ではなく、「下心」だとわかっている。大学を首席卒業したユーネには利用価値があり、上手くいけば公爵であるセヴェステルと繋がりが持てるから取り入りたいのだろう。
ユーネは贈り物をすべて確認し、お礼状を送らなければならない。まだ妻になっていないのに、社交もなかなか大変である。
本日も社交のためのパーティーを開くにあたり、参列者たちから多くの贈り物をいただいた。ユーネが開ける前に使用人たちが一度中身を確認し、問題なかったもののみがユーネの部屋に送られる。
無事にパーティーが終わり、湯浴みを済ませて一息ついたユーネは、今のうちに贈り物の中身を確認することにした。
高価な品物は送り返しているからか、どれもそこまで高くはない。ユーネの気を引こうとして、珍しい品が多かった。
ひとつひとつ中身を検めていき、最後の箱に手をかけた瞬間、最愛の夫がノックの後に部屋に入ってくる。
「やあ、ユーネ」
「セヴェステル様。お仕事はもういいのですか?」
「俺は優秀だからね、君との時間を作るためにすべて終わらせたよ」
彼はパーティーの後も執務室で仕事をしていた。王族に近しい公爵というのは大変である。
「今、プレゼントを確認していたところです」
「ああ、そのようだね。変わったものはあったかい?」
「入手が難しいものはありますが、知らないものはなかったです」
あれやこれやと色々なものが送られてくるけれど、ユーネの興味を引くものはなかった。
「本気で君の気を引くつもりなら、蒸気機関車の部品でも入れてくれば一発なんだけどな」
「ふふっ。確かにそれは嬉しいです」
蒸気機関車の使い古された部品でもあったら、それはもう飛び跳ねて喜んだだろう。
「今、最後のひとつを確認するところです。こちらの箱、大きくて重いんです。一体なにが入っているのかと……」
そう言いながら、ユーネは最後に残された箱の蓋を開けた。すると、中には鈍色に輝く鉄製のなにかが入っている。
「まあ、鉄? これはまさか、本当になにかの部品?」
ユーネはそれを取り出す。
しかし、部品には見えなかった。むしろ、下着の形に似ている。だが、鍵がついていた。
「これは一体なんでしょう? 形状は下着に似ていますが、鉄です。オブジェでしょうか?」
ユーネはそれを手に取り、じっくりと眺める。すると、セヴェステルが溜め息混じりに答えてくれた。
「それは貞操帯だ。誰だ、俺の妻にこんなものを送ってきたのは」
「まだ妻じゃありません。……って、これが貞操帯ですか? 初めて見ます!」
貞操帯と聞いた途端、ユーネは瞳を輝かせた。嬉々として鉄製の下着を眺める。
「戦地に向かった軍人が妻にこれを使わせることで、不貞を防いだとか……。イェラ国はもう長いこと戦争はしていませんよね? まだ、こんなものが作られていたなんて……」
その精巧さから、イェラ国の技術で作られたものだとわかる。この国独特の飾り紋様も入っていた。
「国防の軍人はたくさんいますし、そういうかたたちが使うのでしょうか?」
「いや、もう本来の使われかたはしていないと思う。内側を見てごらん」
セヴェステルに言われて内側を見る。すると、秘処に触れる部分に凹凸があった。
「どうして外側は綺麗に加工してあるのに、内側がこんなことになっているのでしょうか。こんなにざらざらしていたら、穿き心地が悪いですよね」
「それが目的のものだからだ。これは性的な嗜好品だろう。その凹凸が女性を刺激し、その様子を見て辱めるのが目的ではないか? まあ、俺にはよくわからないが」
解説してくれるセヴェステル自身も、いまいち理解していないようだ。
それもそのはず、彼の初めての相手はユーネであり、他の女性との関係はない。ある程度の知識は持っていたとしても、ユーネと同じ経験値しか踏んでいないのだから、性的嗜好品に詳しくはないだろう。
「なるほど、そうなのですね」
ユーネは凹凸を指でなぞってみた。
「これのどこが気持ちいいんでしょう?」
無機質な凹凸にはなにも感じない。小首を傾げれば、セヴェステルが嬉しそうに言った。
「それはそうだろう。なんといっても、君は俺を好きすぎるのだからな。俺から与えられる刺激だからこそ気持ちよく感じるわけで、こんなものを使ったところで感じるはずがない」
セヴェステルはユーネの手から貞操帯を取り上げるとテーブルの上に置く。
「情事を盛り上げるために、こういったものを使う者もいるだろう。だが、俺を好きすぎるあまり、俺でしか感じなくなっている君には不必要なものだな」
「……」
また始まったとユーネは思った。
とはいえ、自信満々に言い放つセヴェステルはとてもかわいい。どうやら彼の自己肯定感の高さが癖になってしまったようだ。
「君もこういったものを楽しめればよかったんだが、俺が万物を凌駕するほどいい男すぎてすまない。もちろん、責任を持ってこの世のありとあらゆる快楽を君に与えよう」
そう言った彼の目に劣情が灯る。その迫力にユーネは思わず後ずさった。
「こんなことを話していたら、今すぐ君を気持ちよくしなければという使命感に駆られるな。明日はゆっくり寝ていられるし、好きなだけ俺を搾り取るといい」
「セヴェステル様、お疲れでは……?」
「君に求められたら、疲れなんて飛んでいってしまったよ」
「そ、そうですか」
はて、自分はいつ彼を求めたというのか?
頭の中で会話を遡ってみるけれど、ユーネが明確に意思表示をしたとか、紛らわしい発言をした記憶はない。
なにを以て彼が「ユーネに求められた」と思ったのかわからないけれど、いつものことだ。きっと、なにかが彼の琴線に触れたのだろう。それこそ、眼差しひとつですら彼は誤解してしまうのである。
「ユーネ」
熱を孕んだ赤い目が細められる。
なまじ美形なものだから、彼の欲情した表情はとても扇情的でそそられた。見つめられればユーネの胸も自然と高鳴る。
「セヴェステル様……」
顎に指をかけられて、上を向かされる。唇が重なれば、今度は後頭部を押さえられた。
「ん……っ」
あっという間に唇が割られて、舌が滑りこんでくる。角度を変えながら口づけは深くなっていった。口内をかき回され、呼吸もままならなくなる。
すぐ側にベッドがあった。激しいキスに立っているのもやっとなので、そろそろ移動したい。
「んっ……」
ようやく顔が離れると、銀の糸が互いの唇を紡いでいる。それがたわんでぷつんと切れると、セヴェステルはユーネの身体を反転させ、プレゼントの乗ったテーブルの上に両手をつかせた。
「え……?」
彼はナイトドレスの裾をたくし上げ、下着を脱がせてくる。柔らかな臀部が彼の目の前にさらけ出された。
次いで、金属音が聞こえる。彼がベルトを外す音だ。
(まさか、立ったままするつもり……?)
実際、ベッドの上でしか行為をしたことがない……ということもない。彼は「今すぐしてほしそうな顔をしているね。わかった。君のために頑張ろう」と勝手に勘違いしながら、寝室ではない場所で立ったままユーネを抱いてきたことが何度もある。
でも、ここはベッドがある。わざわざ立ったままする必要がない。
気がつけば彼は服を脱いでいた。まだろくにほぐしてもいないのに、いきなり繋がるつもりなのだろうか?
「あの、セヴェステル様……」
不安げな声を上げれば、ユーネの耳朶が食まれる。彼は背中からユーネを抱きしめるような形で、テーブルの上の細い手に指を絡めてきた。
(まさか、本当にこのまま挿れられてしまう……?)
一瞬怖くなったけれど、彼は自分の膝をユーネの足の間に滑りこませると、そのまま太腿を上げた。彼の意外と筋肉質な足が秘処に触れる。
「んっ!」
挿入されなかったことに安堵しつつも、太腿を小刻みに揺らされれば花弁がめくれ、内側の粘膜を刺激される。ちくちくと、指や口では感じられない特殊な感触を覚えた。
セヴェステルは毛深くはない。とはいえ男性なので、手や足にはうっすらと毛が生えている。金色なので目立たないし、産毛と言ってもいいほど柔らかそうだ。
そんな太腿の毛がユーネの秘処に押し当てられていた。独特の刺激がユーネの熱を高めていく。
「あっ……ああっ」
内側から溢れた蜜が彼の太腿を濡らした。滑りがよくなり、彼の足の動きが激しくなる。時折、硬くなった花芯を押しつぶされると膝が震えて意識が弾けそうになった。
そんなふうにユーネを翻弄しながら、彼は耳朶を甘噛みする。輪郭にそって舌を這わされると、耳孔に滑りこんできた吐息の熱さにぞくりとした。
指を搦めたま、ぎゅっと強く握られる。
「あぁ……っ、んっ、ふぁ……」
蜜が流れ、どんどん彼の太腿を濡らしていく。
太腿は指や舌のような繊細な動きはできないのに、確実に快楽を与えてきた。ささやかながらも存在感がある毛の刺激もたまらない。
ふと、テーブルの上の貞操帯が目に入る。
(あ……)
貞操帯の内側にくらべたら、彼の太腿はかなり滑らかで凹凸もない。それでもこんなに身体が熱くなるのは、セヴェステルの言うとおり「俺から与えられる刺激だからこそ気持ちよく感じる」からなのだろう。
それに気付いた途端、きゅっと蜜口がわななく。
「……どうしたんだい、ユーネ?」
耳元で囁かれて、ぞくりとしたものが背筋を走り抜けていった。
期待を孕んだ声だ。もしかしたら、彼はユーネの口から直接聞きたいのかもしれない。
いつも彼に言わせてばかりだ。……まあ、ほとんどが彼の自意識過剰すぎる思いこみだけれど、とりあえずユーネから彼に伝えてみる。
「わ、私……っ、んっ、セヴェステル様に触れられると……足でも、すごく気持ちいいです」
「そうだろう。君は俺が大好きだからな。こんな貞操帯なんかより、俺の足のほうがいいに決まっている」
「……」
正確に比較するためには、貞操帯を試す必要がある。とはいえ、今それを指摘するのは野暮なだけだ。
そんなことを考えている間も、彼の太腿が柔肉を強く擦りあげてくる。
「んうっ!」
「熱くて、ぐちゃぐちゃになってるね。……どうする? ここで、このままほしい? それとも、ベッドに行くかい? 君の望むようにしてあげたいんだ」
彼は秘処を刺激していた足を下ろすと、臀部に下腹部を押し当ててくる。硬く勃ちあがった肉の熱をまざまざと感じて、微かに腰が揺れた。
「それならベッ――」
「そうか、わかった。両方楽しみたいと言うんだな! 確かに、どちらか片方と決めつける必要はない」
「えっ」
ベッドに行きたいと答える前に、彼が決めつけてしまう。
「どんどん欲張りになるといい。君の望みはこの俺がなんでも叶えるから!」
「……」
セヴェステルの声は弾んでいる。最愛の女性の願いを叶えられることが嬉しいといわんばかりの声色で、ユーネはなにも言えなくなってしまった。
それに、いくら否定したところで彼に通じないことはよく知っている。
「ここでは何回する? ……君が満足するまで付き合うから」
明らかに、複数回の交わりを前提とした発言だ。彼が一回で終わるはずはないけれど、一体どれほど貪るつもりだというのか。
呆気に取られているうちに、ユーネの蜜口に彼の熱杭が押しこまれる。
「ひあっ……!」
太腿で擦られただけだというのに、そこは簡単に彼のものを受け入れてしまった。ぐっと後ろから突き上げられる感覚に、ユーネは思わずつま先立ちになる。
「ああ、ユーネ……!」
うなじに口づけが降りてくる。
彼は器用に腰を穿ってきた。ユーネはテーブルに手をついているものの、つま先立ちになっているので不安定な体勢だ。自然と足腰が震えてしまう。
「んっ……、そんなに腰を振ってねだってくるなんて……ああ、もう! 俺を好きすぎるところが、愛しくてたまらない」
セヴェステルの腰の動きがいっそう激しくなる。
「そういえば、初めてしたあの日も、最後には腰を振って俺をねだっていたね。君は乙女だったというのに、あんなにも俺を求めるなんて……ああっ、ユーネ!」
過去を思い出しながら、彼はさらに昂ぶっているようだ。身体の中で楔の質量が増す。
「っ、あっ、あ……」
嬌声しか零せないけれど、ユーネの頭の中にはまだ冷静さが残っていた。
そもそも、今腰が揺れているのは立ったまま繋がっているからだ。彼に突き上げられてつま先立ちになり、足下がおぼつかなくて腰が揺れてしまう。自らの意志とは関係ない。
さらにいうなれば、初めての時だって自分の意志で腰を振ったわけではない。
彼とたくさん肌を重ねて気付いたのだが、長時間抱かれ続け、なおかつ何度も絶頂に導かれると、腰が勝手にがくがくと震えてしまうのだ。あれは生理的反応だと思う。
それを彼が「ユーネが彼を求めて自ら腰を振っている」と勘違いしているだけだ。
当時は自分でも無意識のうちに彼を求めて腰を振っていると思いこんだが、あれは違う。行為のしすぎ、かつ達しすぎで生じる現象なのだ。
「ああっ、そんなにかわいいおねだりをされたら……っ!」
腰の揺れは不安定な体勢のせいなのに、彼は勝手に盛り上がって最奥にぐりっと押し当ててくる。そうしたまま熱を放たれれば、その感覚にユーネは高みに上りつめた。
「……っ、あ……!」
どくどくと白濁を吐き出す彼のものを容赦なくしめつける。
「はぁっ、はぁ――」
力が抜けて、テーブルの上に上半身を預けてしまう。貞操帯に手が当たり、床の下に落ちて大きな音を立てた。
「ユーネ、何回してからベッドに行くかい?」
セヴェステルの雄は吐精したとは思えない硬さを保っている。
「今すぐ……」
今すぐベッドに行きたい。そう言い切る前に彼は再び腰を穿ってきた。
「んあっ!」
ユーネの背が弓なりに反る。
「今すぐ俺がほしいなんて……! ベッドに行く時間すら惜しいというのか。どれだけ俺を愛すれば気が済むんだ? もちろん、そのすべてを受け止める器量が俺にはある。安心して俺を愛し尽くすがいい」
「……っ!」
嬉々とした声色で、彼が腰を穿ってくる。
大きな雁首にざらついた媚肉をひっかかれると愛液がしぶいた。泡立った白濁液が結合部から掻き出され、糸を引きながら床に垂れ落ちていく。
「ああっ、ユーネ。愛している」
セヴェステルはたまらないといったように、ユーネの後頭部に、首筋に、何度でもキスを落とす。
本当に話が通じない男だ。それでも――。
(好き……なのよね)
ユーネはそんな彼に惚れたのだ。こうしてまっすぐに愛をぶつけられれば幸せを感じてしまう。
「セヴェステル様……っ、んっ、好きです……」
「知っている!」
元気よく答えられて、ユーネは思わず苦笑する。
「だが、君の口から直接聞けると嬉しい。君の体中から俺が好きだというのは伝わってくるが、やはり聴覚でも君の愛を感じたいんだ。もっと言ってくれ! さあ!」
懇願するかのように、彼は腰を優しく揺らす。
なにをどんなに勘違いされても、決して間違いではない感情をユーネは素直に口にした。
「愛しています、セヴェステル様」