小陛下はやっぱり小陛下ではなかった。
エゼルは久しぶりに目の当たりにした事実に狼狽え、すでに後悔し始めていた。
「……俺の俺は小さくなったりしない」
「…………そうみたいですね」
心の中を読まれたような言葉に、エゼルは少し視線をずらしながら答えた。
そんなことはわかっていたはずだ。
ソファにふんぞり返ったこの国の若き国王、誰もが敬愛する英雄であるレオンの前に跪き、数ヵ月前に妻となったばかりのエゼルは、どうしてこうなったのか、これまでのことを思い出し顔を顰めた。
いろいろとあったものの、エゼルとレオンの結婚が認められた。
この国を救ったレオンの正妃だ。それなりの相手を誰もが望んでいたはずだが、どうしてか選ばれたのは未亡人であるエゼルだ。
疑問に思った者は貴族の中でも少なくないはずだし、エゼルの悪い噂を信じる者ははっきりと顔を顰めたことだろう。
けれど社交界でもエゼルを支持する女性たちは多く、それはレオンやその側近たちも驚くほどで、むしろ当然のことだ、と喜ぶ者もいた。その筆頭がレオンが妹のように思っていた少女だが。
とにかく、エゼルは悪評ばかりが高いわけではないこともあり、レオンとの結婚は大きな問題もなく進められた。
エゼルの妊娠が発覚しなければ。
宰相補佐であるジョセフからすると、「あれだけ日々励んでいたのだからできないのもおかしいだろう」とのことで、ともかく、皆望んでいたレオンの後継者が生まれるかもしれないのだ。レオンも周囲の者も喜びに沸いた。
しかしエゼルは妊娠を自覚した途端、酷いつわりにおそわれた。
知識として知っていたが、あまりの気分の悪さにやはり本で読むだけでは理解したことにはならない、と改めて実感していた。
エゼルのつわりは予想以上に酷く、一日中寝台から起き上がれないほどだった。食べては吐く。食べなくても吐く。体力がなくなるので動くこともできず、すぐに眠ってしまう。洗面室と寝室を往復するだけの日々に、誰もが心配するほどだった。
一番心配していたのは、もちろんレオンだ。
レオンとしても妻の初めての妊娠は、予想以上に狼狽えることだったのだろう。
碌に仕事も手に付かないほどエゼルにつきっきりだったが、レオンがいたからといって楽になるわけではない。エゼルは、心配は嬉しいが、側に居られると落ち着かないと言って仕事へ送り出す毎日だった。
ロバルティ伯爵家に戻ることも考えた。気心の知れた使用人たちばかりだし、レオンにも気を遣わなくて済む。しかしそれを止めたのはやはりレオンだ。
自分の見ていないところで何かあったらと思うと気が気でないと言うのは、エゼルがニコラスに連れ去られた時から言われていることだった。
心配してくれるのは嬉しい。けれどエゼルの方が反対に心配してしまうほど、レオンも憔悴していた。
どうすればいいのか、とエゼルも悩んでいた頃、そんなレオンに側室を薦める者も現れ始めた。
エゼルは今、閨の相手を務められないから、そんな相手も必要だろう、と貴族なら誰もが考えることで、エゼルも受け入れざるを得ないのは貴族の家に生まれた者として理解していた。たとえそれが、心を引き裂かれるほど嫌だったとしても、レオンはこの国の王なのだから。
しかしレオンはそんな者たちをばっさりと切り捨てるように跳ね除けた。
『妻が苦しんでいる時に、他の女にうつつを抜かすようでは、その他の女ともまともな関係など築けないんじゃないか?』
さらにレオンは冷ややかな目で相手を見据え、『そういえばお前の子供は三人だったな。妾もたしか三人とか……なるほど、妊娠するたびに相手を増やすということか。いや、私には参考にはならないな。私の妻はひとりで満足しているからな』と言っていたと、エゼルはつわりで苦しむ寝台の上でメイドから教えられた。
どうしてか、エゼル一筋のレオンを彼女たちは崇拝しているようにも見える。
そんなふうに思ってもらえるエゼルは、嬉しいやら気恥ずかしいやらで落ち着かなかったが、体調が戻ったら是非とも自分の持つ知識のすべてを使ってレオンに奉仕しよう、と決めたのだった。
そしてエゼルは安定期に入った、と医師から診断された。
おかしなもので、エゼルはそう言われた日からつわりに苦しまなくなった。
少しお腹が膨らんだな、と思うだけで、あとはまったくつわり以前と変わらない生活が送れるほどだ。
そうなると、レオンとまた寝室を一緒にすることを躊躇う理由はない。
そう思って、夜を共にするためにレオンを呼んだのだが――。トラウザーズの中にあるはずなのに、どうしてかどこよりも主張しているレオンの小陛下に、エゼルは久しぶりのこともあって怯えていた。
怖い、わけではないのよ……ただ……その……これを、今から……。
エゼルは目を伏せて、これからどうするか、どうすればいいのだったか、と想像して、顔が熱くなった。
知識は頭に入っていても、それを実践するのが自分だと思うと、よくもそんな恥ずかしいことを考えられるものだ、と自分を罵りたくなったのだ。
こ、これを、ちょっと触って、擦って、口に入れちゃうだけじゃない……!!
などと簡単に思ったものの、躊躇わない初心者はいないはずだ。
エゼルが寝台の端に座ったレオンを前にして戸惑っていると、レオンは何を思ったのかエゼルの身体をひょいと抱えて自分の隣に座らせた。
「……レオン様?」
「やはり、妊婦を床に座らせるのはどうかと思う」
心配そうな表情を浮かべるレオンに、エゼルは却って申し訳なくなった。
正直、日常生活を送るのに問題ない体調に戻っているのだ。さすがに飛んだり跳ねたりするような激しい動きは止められているが、適度な触れ合いは大丈夫だと医師にも確認を取っている。
けれどレオンは、エゼルを心配して無理を言わない。
「俺は無理をさせるつもりはないんだ。エゼルが大変な時に、自分ひとりだけ欲求を満たすつもりはない」
そんなふうに言われると、エゼルも負けじと張り合ってしまう。レオンがエゼルを想ってくれるのと同じだけ、エゼルもレオンを想っているのだ。
レオンが辛いと思うのなら、それを取り除けるのが自分しかいないのなら、その役目を誰かに譲るつもりはなかった。
エゼルはちらりとレオンの下腹部を見て、恥じらいを押し込めて、首を傾げた。
「ですけど……レオン様の小陛下は我慢できなさそうですが……?」
「こ――これは! その、アレだ、あれ、ええと……っ」
「自分でなさいますの?」
「自分で――自分でできる!」
「まぁ……どのように?」
「どの……っように、とは、それは、手で……!」
「手で……こうでしょうか?」
「―――っ」
レオンが息を呑む音がはっきりと聞こえた。
エゼルは、先ほどまでの躊躇いはどこに行ったのかと思うほど、自然にレオンの中心に手をのばしていた。
布の上からだというのに、レオンの欲望を表す存在ははっきりとわかる。
苦しそう……とエゼルはそこを撫でた。
「……っう」
レオンは苦しそうに顔を歪める。エゼルは久しぶりに、本当に久しぶりに可愛いレオンを見て気分が昂った。
もしかして……ここを誰かに触れられると、弱いのかしら。
エゼルは俄然やる気が出て、レオンの方に身体を向けて片手を肩にのせ、もう片方の手でトラウザーズの前を開いて下着の中に手を差し入れた。
「まぁ……硬くって……大きい小陛下ですこと」
「う、う……っ」
レオンは顔を真っ赤にして、両手を脇に置いて強く拳を握っている。まるで、暴れそうになる自分に耐えているようだ。
エゼルに襲い掛からないためだろう。こんな時でもエゼルの身体を大事に思ってくれているとわかって、エゼルはもっと嬉しくなった。
そして、歯止めが利かなくなった。
「もう濡れていらっしゃるわ、レオン様……おもらししたみたい」
「……っち、ちが」
「違うのならこれは……気持ちいいってことかしら?」
「うぁ……っ」
エゼルは大胆に手を動かし、レオンの性器を撫でまわしたあとで手で包み上下に擦り上げた。
すでに下着から出て、剥き出しになった肉棒を扱くことに恥ずかしさを覚えなかったわけではないが、声を上げて感じているレオンを見て自身も興奮を抑えられなかった。
「レオン様……いいんですの? こうかしら? もっと強くかしら?」
「うっ……ううっ」
「ねぇレオン様……足と手、どちらがお好き?」
「……っうぁあ!」
レオンの耳元に囁いたその瞬間、レオンは爆ぜた。
我慢できなくなった、とよくわかる。
エゼルはレオンの飛ばした白濁の量が思った以上に多かったことに驚き固まっていたが、呼吸を荒らげたレオンが自分を取り戻したようにじろりと睨み付けてくるその視線に状況を思い出した。
「……そなた……っエゼル、お前、本当に……っ! お、覚えていろよ……! 子、子供を産んだら、そうしたら……っ」
そうしたら、これまで溜まっていたうっぷんを晴らすのだろう、とエゼルにもわかる恨めしい顔をしているレオンに、エゼルはさらに嬉しくなった。
こんな状況でも、レオンはエゼルを押し倒すでもなく、必死で我慢しているのだ。
我慢してくれているのだ。
その時を考えると少々怖くもあったが、今はそれ以上に嬉しさが勝っていた。
「それまで……レオン様の小陛下は、こうしてお慰めしましょうか」
「…………くっ」
エゼルが濡れた指先でレオンの剥き出しのままの性器をつん、と突いただけで、レオンは顔を歪める。
この顔を見ているのが自分だけだということがエゼルは何より嬉しく、高揚していた。
はっきりと興奮していた。
クイン――ありがとう、私、すごく幸せで……楽しい。
エゼルは自分に自由と喜びを教えてくれた亡き夫に感謝した。クインがいないことが寂しくないわけではなかったけれど、心から幸せに浸ることが、クインへの愛情のお返しだとも思った。
「あとレオン様……お慰めする方法は、手と足だけでは……ないんですよ?」
「…………!!」
未だ屈辱に震えるレオンに艶やかな声で囁くと、レオンの一部がまた首を擡げ、エゼルはそれを見て目を細めた。
まさか……持っている知識を披露する場所ができるなんて、想像もしていなかったわ。それに、妊婦にも性欲があるって……本当だったのね。
エゼルはもう一度、可愛いレオンを見たいと思い、白濁を零すレオンの性器に手をのばした。
「エゼル……!」
口付けたい、と思った瞬間、エゼルはレオンの唇に触れていた。
自分からしたのは初めてで、思ったよりも簡単だったことに驚いた。
口付けはいくらしてもエゼルの負担にはならないと判断したのか、途中で攻守が逆転したものの、エゼルも満足してそれを受け入れる。
子供がねだるように夢中で口付けるレオンに、エゼルは心内で笑っていた。
妊娠していても、挿入できるって……いつ打ち明けようかしら……。
しかしこのレオンの様子を見ると、もっと先でもいいかな、と思ってしまうエゼルは、この日初めて、自分でも気づかないうちに正しい閨の手ほどきをしていたのであった。