淫夢 ―Before・Love―
――毎夜、淫らな夢に囚われる。
「ほら、今日は胸をかわいがってあげる」
甘い声音で囁かれ、シャーリーは息を飲む。
――触らないで欲しい。そういくら訴えても、男は聞き入れてはくれない。
これは毎夜、繰り返し訪れる淫らな夢だ。
どれだけ拒もうとしても、逃げようとしても、目醒めることがない夢。
「やっ、やぁ……、……弄らな……でぇ……」
解っていても、大人しくはできなかった。身を捩りながら、シャーリーは懇願する。
「じゃあ、口でしてあげる。シャーリーは我儘だなぁ」
そう言って強い力で腕がベッドに押さえつけられた。
形の良い唇が開かれ、赤い舌が伸びてくる。
「だ、だめ……っ、いや……」
必死にリネンの上で身体を揺すった。だが、胸の頂にある薄赤い突起が、咥えこまれてしまう。
「……く……んぅ……」
生温かい舌が、乳輪を擽る。そのくすぐったい感触に、シャーリーはビクリと身体を跳ねさせた。
「や……いや……っ、放してっ」
熱い舌先が上下に動くと、咥えこまれた乳首がクリクリと転がされた。
「……ん、んぅ……」
鼻先から熱い息が漏れる。
だめだと訴えているのに、男は行為を止めてはくれず、さらに舌の動きを激しくしていく。
「……おいしい。キャンディみたいだ」
クスリと笑われ、羞恥にかあっと頬が熱くなる。
「変なこと言わないでっ」
しゃくり上げながら訴える。だが、乳首を嬲るように胸を揉みしだかれ始めると、ビクビクと身体が跳ねてしまう。
「……やぁ……っ」
こんなことは嫌なのに、触れられれば触れられるほど身体が熱くなっていた。
秘裂がじっとりと熱くぬるみ始めた頃、男の手が下肢へと伸びていく。
「ここも、舌で舐め蕩かせてあげようか」
誘うような声に、シャーリーは涙が零れそうなほど瞳を潤ませた。
「……だ、だめぇ……」
** **
「やぁ……っ」
いつも見ているいやらしい夢からやっと目覚めることが出来たシャーリーは、瞼を擦りながら身体を起こそうとした。
しかし、がっつりと腰に腕が回されてしまっていて、まったく身動きがとれない。
「……っ!?」
不思議に思いながら、自分の腹部の方を見てみた。すると、熟睡している双子の弟ラルフが、シャーリーの胸に顔を埋める格好で、しがみついていた。そのうえシャーリーのナイトガウンは紐が解けていて、淫らにはだけてしまっている。素肌の胸に頬を寄せているという驚愕の状況だった。
シャーリーは思わず悲鳴を上げそうになるのを、寸前で堪える。
「……っ! もう! 人のベッドに勝手に入らないでって言ってるのに」
憤慨しながら、彼を引き剥がそうとした。だがまったく動かない。
「……んん。……好き……」
なんの夢を見ているのかは解らないが、ラルフは幸せそうな顔で微笑み、シャーリーの胸にいっそう強くグリグリと顔を埋めてくる。
寝ぼけたラルフに、こんなことをされているから、シャーリーは淫らな夢をみてしまったのだ。ふつふつと怒りが湧いてくる。
そうしてラルフを叱りつけようとしたときだった。
「ん……」
彼の唇の間に、シャーリーの胸の突起が入り込んでしまう。
「……っ!」
シャーリーは真っ赤になりながら息を飲む。
こんな状況でラルフに目覚められては大変だ。
「は、放し……っ」
ギュウギュウとラルフの肩を押して引き剥がそうとしていると、彼が寝言を呟く。
「嫌だ。……僕のステーキ……。あーん」
そうして、パックリと唇を開いたラルフは、シャーリーの柔胸を乳輪ごと大きく咥え込んでしまう。
「い、……やぁ……っ」
ラルフは夢のなかで、大好きなお肉に齧りついているらしかった。
だが実際には、口腔に咥え込んでいるのはシャーリーの胸で、硬く尖った乳首が彼の濡れた舌に押し付けられてしまっている。
「ラルフのバカァッ!」
思わずシャーリーは彼の頬を叩き、隙を突いてナイトガウンを整えた。
「うぅ……。……シャーリー、ひどいよ」
眠そうに瞼を擦りながら、ラルフは泣きそうな声で身体を起こす。
「ひどいのはラルフよ」
「僕がなにをしたって言うんだよ」
ふて腐れた様子で尋ねられても答えられるわけがない。
寝ぼけて姉の素肌の胸に顔を押しつけ、あまつさえ、乳首を咥え込んでいたなどと、知られるわけにはいかなかった。
「なにも聞かずに謝って!」
パジャマ姿のラルフを、シャーリーはポカポカと殴りつけた。
「シャーリー、それは無茶苦茶だって」
手を挙げて降参のポーズをしているが、ラルフは謝ろうとしない。
「いいから、今すぐ謝って!」
顔を真っ赤にしているシャーリーを、ラルフはギュッと抱きしめてくる。
「もう。シャーリーはわがままだなぁ。わかったよ。ごめん。僕が悪かったから、許して? これでいいの?」
耳元で囁く声に、シャーリーはいっそう恥ずかしくなって、耳まで熱くなってしまう。
「うぅ。やっぱり許せない……。私……、ラルフのせいで、もうお嫁にいけないかも……」
夫でもない男性に胸を舐められた女性は、お嫁にいけるのだろうか。もしかして、弟は家族なので、計算にいれなくてもいいのだろうか。
シャーリーが真剣にそんなことを思い悩んでいると、ラルフが首を傾げる。
「なにがあったのか知らないけど、そんなこと気にしなくていいよ」
「どうして?」
乙女にとっては一大事で、大問題だ。それにラルフはなにがあったか、知らないはずなのに、どうしてそんなことが言えるのだろうか。シャーリーは怪訝に思いながら、尋ね返す。
「シャーリーは僕がお嫁さんにしてあげる」
思いがけない返答に、シャーリーは唖然とした。
「なに言ってるの。姉弟じゃ結婚できないわ」
ラルフはしょんぼりと俯いてしまった。
「でも……シャーリー」
あまりに悲しそうにしているため、シャーリーは焦ってしまう。
「な、なに?」
普通のことを言っただけなのに、そんな表情をしないで欲しかった。なにか悪いことを言ってしまった気持ちになってしまう。
「毎日一緒に眠っているから、僕との赤ちゃんがここに出来たんじゃないかな。ほら、下腹がでてきた」
ラルフはそう言うと、シャーリーが身に纏っているナイトガウン越しに、下腹部を撫でてくる。
無垢な身体に赤ちゃんなんて、できているはずがない。しかも、弟の子供なんているはずがなかった。
つまりラルフは間接的にシャーリーが太ったと言っているのだ。
「ラルフッ!」
柔らかな枕を掴んだシャーリーは、それでポカポカとラルフの頭や胸を攻撃する。
「乙女の身体に失礼なこと言わないで!」
先日のガーデンパーティーで、家令が用意したお菓子がおいしすぎて食べすぎてしまった気もする。しかし、子を孕んでいると疑われなければいけないほど、太ってはいないはずだ。
ラルフはシャーリーからの枕攻撃を腕でガードしながら言い返してくる。
「心配してあげただけなのに、怒らないでよ。仕方ないなぁ。お詫びしてあげる」
今度こそ、ちゃんと謝罪してくれるのだろうか?
訝しい視線をラルフに向けながら、枕をおろした。すると、彼は不意打ちでシャーリーの頬に口づけてくる。
「おはよう。姉さん。大好きだよ」
学園の女生徒がこぞって夢中になってしまっている端正な美貌で、ラルフは艶やかに微笑む。
「それのどこがお詫びなのっ!」
シャーリーがますます真っ赤になっていると、ラルフは続けて言った。
「もの足りなかった? ごめん。だったら、唇にキスしてあげようか?」
そんな問題ではない。むしろ挨拶のキスを唇にしないで欲しかった。
まだシャーリーは初恋もしたことがなく、誰かに唇を許したことすらないというのに。
「そんなことしちゃだめっ。ぜったいにだめだから!」
必死に言い返すと、ラルフが悪戯っ子のような表情を浮かべてシャーリーの顔を覗き込んでくる。
「嫌って言われるとしたくなるんだけど? 良いこと思いついた。シャーリーが眠っている間に勝手にキスしようかな」
からかうのもいい加減にして欲しかった。
こういう冗談は苦手だ。どう言い返していいか解らなくなるというのに。
「バカなこと言うなら、もうベッドに入れてあげない」
シャーリーがぷいっと顔を背けると、ラルフがしがみついてくる。
「嘘だよ。冗談なのに怒らないで欲しいな。ごめん」
謝罪した彼は、そっとシャーリーの頬に口づけてくる。
「……ん……、姉さん。ごめんね?」
ラルフはそのまま、こめかみや目元にも口づけてくる。
「なにもしない。誓うよ。だから、これからも一緒に寝て?」
最後にチュッと額に口づけられ、シャーリーは思わず頷いてしまう。
「……うん、……たまになら、いいけど……」
こう答えても、ラルフは毎晩シャーリーのベッドに潜り込んできてしまう。
「約束だよ」
ラルフは無邪気に微笑む。
いつまでも子供っぽい弟を、ベッドから締め出すには、まだ時間がかかりそうだ。
溜息をつきながらも、シャーリーはつい彼を甘やかしてしまう。手をかけ過ぎだという自覚はあった。しかし両親の死後、出来うる限り彼を幸せにしたいと、それだけを考えて生きてきたのだ。
冷たくするなんて、できない。
そうして、いつもと変わらない朝を迎えた二人は、身支度を整えて食堂に向かう。
その途中シャーリーは、ラルフがストロベリーの香りがする丸い小さなロリポップを舐めていることに気づいた。
「朝食前に、そんなものを食べていたら、料理が入らなくなるわよ」
シャーリーが批難すると、ラルフはロリポップのスティックを手に持って、首を傾げる。
「甘い物っておいしいよね」
ラルフはふふっと笑ってみせる。彼は甘い物が大好物なのだ。
「舌先で蕩ける感じがいいよ。朝食はパンケーキがいいな。シャーリーもそうすれば?」
妊婦呼ばわりされたばかりで、朝から甘いものなど食べられるわけがない。
「いらない。太ってしまうもの」
シャーリーは下腹部を撫でながら拒絶する。
太っていない。たぶん。
昨日と同じだ。きっと。
そう信じたかった。
「気にしなくていいよ。ふかふかしてる方が抱き心地がいいから。姉さんを抱きしめると、とっても気持ちいいし」
ラルフは後ろからシャーリーを抱きすくめるようにして腕を回してくる。
「放して。ラルフに抱き心地がいいなんて、言われても嬉しくないわ。朝からパンケーキなんてぜったい食べないから」
必至に腕を引き剥がそうとするが、ビクともしなかった。ラルフは華奢な割に、意外と力が強いらしかった
「体型なんて、気にしなくていいのに」
「女の子は気にするものなのっ」
腕を放してもらおうと、後ろを振り向くと、食べかけのロリポップを口に押し込められてしまう。
「んぅ……っ」
さっきまでラルフが口に入れていたものが、今、自分の口腔に入っている。
そう思うと心臓がとまりそうだった。
「でも、食べちゃったね。おいしい?」
――間接キスだ。
そう思うと、恥ずかしくてキャンディが舐められない。だが、一度口に入れたものを返すわけにもいかない。
「……んんっ」
どうしていいか解らずに、シャーリーが狼狽していると、ロリポップが奪い取られてしまう。
「あっ」
そしてラルフは赤い舌を覗かせながら、舌先でキャンディを舐めた。その口元が、なぜかひどく扇情的に思えてならない。
「うん。とってもおいしいね。……実はキャンディだけじゃなくて、夜に食べるために、とっておきのデザートを用意してるんだ。楽しみだな」
微笑みを浮かべるラルフの瞳が、誘うようにきらめいていた。