辿り着いた場所
オデットは、生まれて初めて都を出て旅をしていた。
目指すは夫ユリウスの故郷、ラナメル地方にある小さな村だ。
ユリウスの生家クロイゼル家は、その村を束ねる長なのだという。
「どこにでもある農村ですが、とても安全な場所でもあります。私の家族もあなたを歓迎するでしょう」
ユリウスはそう説明してくれるが、オデットの抱える不安は解消されない。厄介者の元皇女など本当に受け入れてもらえるのだろうかと。
旅に慣れていないオデットに合わせた旅程が組まれ、半月ほどで目的地に到着するはずだった。
しかし、もともと深窓の姫であったオデットの身体は、予想以上にか弱かった。
ただ座って馬車に乗っているだけの旅ではあるが、長時間の移動の経験がなかったため、数時間揺られていると酔ってしまう。気分が悪くなるだけならまだしも、食べたものをほとんど吐いてしまうのは問題だった。
気分転換にユリウスと二人乗りで、馬での移動にも挑戦してみた。風を受けながら、そして自分で身体の均衡を保ちながらの移動は、確かに心地よさを感じた。しかしそれも最初のうちだけで、一刻もたたぬうちに尻や腹や足が疲れで痛くなってしまう。
しかたなく馬車での移動を再開してみたものの、酔いに耐性がつく前に身体が限界を迎えてしまった。
体力を奪われたところに悪い流行病でももらったのか、高熱を出してしまったのだ。
予定の半分しか進んでいない段階で、旅は中断を余儀なくされた。
「自分があまりにも情けない……」
元皇女オデットの、公にできない旅だ。商人を装っているが、新王となったマクシミリアンが護衛を付けていることも知っていた。
護衛部隊の責任者は、ユリウスの元上司のマルセロと聞いている。七つある騎士団のうちのひとつを束ねる男が責任者となると、かなりの人数が動いているはずだった。
王侯貴族ではないのだから、何十人もの護衛を連れて宿に寝泊まりするわけにもいかない。しかも日暮れまでにどうにか到着できたのは、大きな宿場街ではなかった。宿は一軒しかなく、確保できたのはそのうちの三部屋のみだった。
オデットとユリウス、使用人のオリバーとハンナ夫妻、そして用心棒として側にいても不自然に思われない護衛二人の組み合わせで、それぞれ部屋を使うことが決まる。
残りの護衛部隊は野宿をするのだろう。外での寝泊まりがどれほど辛いか想像して、オデットは落ち込んでしまった。自分の代わりに謝っておいて欲しいとユリウスに告げると、彼は軽く首を振る。
「気にする必要はありません。彼らは慣れていますから。それに、急ぐ必要のない旅です。今は自分の身体のことだけを考えるように」
高熱で気弱になっていると、優しい言葉をかけられただけで、じんと瞳の奥が熱くなる。
夫が見せる思いやりを素直に受け取れるようになってきたのは、ごく最近のこと。
それまでは猜疑心や反発心が存在していたが、それはオデットにとっての武装でもあった。今は、剥き出しになった心に直接届いてしまうから難しい。
「ほら、もう休んでください。目を閉じて」
宿の店主が用意してくれた粥を少しだけ食べたあと薬を飲み、ユリウスに言われたまま瞼を閉じてみるが、病のせいで頭も痛いし息が苦しくてとても眠れそうにない。
つい、我慢できず目を開けてユリウスの姿を探してしまう。眠ったと思ってどこかにいなくなってしまわないだろうかと、心細くなってしまうのだ。
そのたびにユリウスは、ずっとここにいると約束をしてくれる。それでも長い間オデットが眠れずにいると、彼は寝台に上がり、オデットに寄り添うように横になった。
近くにいると病が移ってしまうかもしれない。ここには今まで過ごしていた屋敷と違い、寝台が二つあった。せめて、別々に寝るべきだとわかっていた。
しかしオデットは心細さのあまり、自分からその提案ができずにいた。
今までより狭い寝台は、寝返りもままならない。きっとユリウスにとって居心地はよくないだろう。それでも彼がずっと隣に寄り添ってくれたおかげで、オデットは安心感に包まれて眠りにつくことができた。
オデットは、三晩高熱で苦しんだ。
四日目から熱は下がりはじめたが、発熱するよりも前から満足に食事を摂取していなかったことが響き、すぐに出立することはできないと判断されてしまった。
六日目に平熱になったことを確認すると、それまでずっとオデットの側で看病していたユリウスが、初めて外出していった。宿の近くに待機しているだろう、護衛責任者のマルセロに会いに行くためだ。
今後の旅程を組み直す相談をしてくると聞かされたので、オデットは「わかった」とだけ言って彼を送り出した。
しばらくの間、何もすることがないオデットは窓の外を眺めていた。
退屈しのぎではあったが、興味深い景色が広がっている。見えてくるものは山や畑が大半だが、それすら見たことがなかったオデットにとっては新鮮に映った。
点在する家も都のものとはまったく違う造りをしている。そして風の匂いまで違うようだ。運ばれてくる爽やかな香りは、香水ほどきつくない。草木の香りなのだろうかと発生元を探していると、どこからか若い女の声がした。
「わぁ! 本当にお姫様みたいだね」
どきりとして声の主を探すと、オデットにいる二階の窓の真下、干されたシーツの隙間から茶色い髪の娘が確認できた。
「……おまえは、何者だ?」
オデットに対して「姫」と言った娘だ。警戒せずにいられない。
「そう睨まないで。ちょうどよかった、今そっちに行くから」
娘はオデットの返事を聞く前に歩き出し、建物の中に消えてしまう。
(なんなのだ? ……あれは)
きっと本当に部屋までやってくるつもりだ。オデットは慌てて窓から離れ、部屋の扉を開けた。
「皇……いや、お嬢様どうかなさいましたか?」
用心棒役のマルセロの配下の騎士が一人、そこに立っていた。ユリウス不在の間しっかりと警備をしていてくれたらしい。
「くせ者がやってくる。十七、八くらいに見える茶色い髪の娘だ。目的はわからない」
「ええ?」
言っているそばから、娘が廊下の先にある階段を上ってやってきてしまった。それを見た騎士は、「ああ」とのんきな声を上げる。
「知り合いか?」
「この宿屋の娘さんですよ。大丈夫です」
一人身構えたオデットに対して、騎士はなだめるように言う。そうして、勝手に娘を歓迎するように話を始めてしまう。
「娘さん、何かうちのお嬢様に用かい?」
「お嬢さんじゃなく、この部屋に用があるんだよ。元気になったのなら、そろそろしっかり掃除をさせてもらおうと思ってさ。今日は天気もいいしね!」
「ああ、そういうことかい。よろしく頼むよ」
オデットは勝手に決めるなと言いたかったが、ユリウスがいない短い間に揉め事を起こしてしまったら、自分の無能ぶりが恥ずかしくなるだろうことも予想できた。
だからしかたなく娘を部屋の中に入れ、自分は邪魔にならないように椅子に座って待機する。
「いきなり声をかけて悪かったね。そうだ! 自己紹介。私はリタだよ」
娘は手際よくシーツを剥ぎ取りながら、気安く話しかけてくる。用心棒役の騎士ともすでに親しくしているところからも、遠慮せず客と会話をするのが好きなのだとわかる。
しかしオデットは落ち着かない。
「病気だったんでしょ? もういいの? それにしても白い肌ね。窓から顔を出したときびっくりしちゃったわ。幽霊かと思った」
「これは……身体が弱くて、あまり陽に当たっていないせいだ」
「でしょうね。あんたほどの綺麗な人、初めて見たわ。裕福な商人のお嬢さんってそこいらの田舎貴族よりお姫様なのね」
「姫、姫、言わないでくれないか? 言われているこちらが恥ずかしい」
「いいじゃない。だって本当にお姫様みたいなんだもの。しゃべり方もおかしい」
「おまえ……ではなくて、リタといったな? リタのほうが口の利き方がおかしい」
「よく母さんにも怒られる。お客様への態度じゃないって」
ぺろっと舌を出したリタは、反省しているのかしてないのかよくわからない。でも不思議と無礼とは感じなかった。
「まあ……あの、わたく……私はかまわない」
オデットがそう告げると、リタは屈託ない笑みを向けてくる。
「あんた、いい子ね」
頭を撫でられそうになったので、さすがにそれは避けた。彼女の行動そのものより、子供のように扱ってきた態度が気になったのだ。
「……たぶん、私のほうが年上だが」
「え? そうなの?」
リタが意外だと目を丸くしたので、二人で年齢の答え合わせをする。予想通り、リタは十八歳でオデットのほうが年上だった。彼女は素直な性格らしく、子供扱いをしたことをすぐに謝ってくる。
オデットが謝罪を受け入れたところで、部屋の中に外出から戻ったユリウスが入ってきた。
「楽しそうですね。……今戻りました。妻の相手をしてくれてありがとう」
「勝手にうるさくしただけだけど、あんた達いい人だね。それに美男美女でお似合いだ。……それじゃあ、あたしはこのシーツをさっさと洗濯してくるから、またあとでね」
「また……」
オデットは小さく手を振って、リタを見送る。
扉が完全に閉まってユリウスと二人きりになると、オデットは彼に話しかけた。
「しゃべってもよかったのだろうか?」
外にいた騎士とユリウスの考えが一緒だとは限らない。なぜなら、ユリウスはいつもオデットのこととなると過保護で慎重だからだ。それくらい大切に守られているという自覚はちゃんとある。
気軽におしゃべりをして、迂闊なことをしたと注意されるのではないかと不安になってしまった。
しかしユリウスは「大丈夫です」と微笑みで返してきた。
「あなたに演技はできないでしょうし、こそこそしているほうが怪しまれます。なるべく自然に、堂々としていればいいですよ」
「そうだな。……そういえばわたくしは、これから何と名乗ればよいのだろう。あの娘はリタという名だそうだ。名を知ったからには、こちらも名乗るのが礼儀だった」
さっきは偽名を考えていなかったので名乗れなかった。先にユリウスに確認しておくべきだったが、知らない人間とこんなにも親しく会話をすることは想定外だったから、失念していた。
「オデットと名乗っても大丈夫です」
「そうなのか?」
意外な返事に、オデットは疑わしくなり聞き返した。
「ええ、あなたくらいの年齢で一番多いのがその名前ですから。貴族のご令嬢は、あなたと同じ名前にならぬように避けていたでしょうが、庶民の間ではあなたにあやかって同じ名前を付けた人が多いのです」
てっきり偽名を名乗らねばならないと思っていたオデットは、それを聞いてほっとした。父から与えられた大切な名前だ。できるならこれからも使い続けていたい。
「オデット・クロイゼル……それが新しいわたくしの名……」
口にするとなんだかこそばゆい。
もう昔の家の名前も敬称も名乗れない。それでもオデットは満足だった。
それからもうしばらくの間、オデット達は宿屋に滞在し、リタとの交流も続いた。
楽しい日々ではあったが、オデットは自分の体調の回復を自覚するにつれ、ある悩みを抱えはじめていた。
最初は気のせいだと思いたかったが、夜になり、ユリウスのせつないため息を聞いてしまったとき確信に変わる。
狭い寝台で毎晩寄り添って眠っているというのに、ユリウスはオデットと肌を合わせようとしないのだ。
「……わたくしはもう、しっかりと回復したと思う」
再出発の二日前、二人で横になったあとそう切り出した。だから抱いて欲しいと、そこまではさすがに口にはできなかったが、彼も同じ気持ちだと信じていた。
「そうですね、もうしばらくしたらまた移動を始めます。それまでゆっくりしましょう。……オデット、おやすみなさい」
「…………」
勇気を振り絞って切り出したのに、たやすくあしらわれると傷つく。
そしてユリウスは恋しい心を理解しようともしないのに、オデットの悲しみにはとても敏感だ。
泣きたい気分になると、焦ったように確認してくる。
「オデット、どうしましたか? どこか苦しいのですか?」
「……もっとしっかり抱きしめてくれないと、眠れない」
オデットはユリウスにぎゅっとしがみついて、自分の身体を押しつけるようにする。誇れるほど大きな胸ではないが、その奥には心臓があって、こうしていればきっと高鳴る鼓動も伝わるはずだ。
「……あなたは、本当に簡単に死んでしまいそうだから怖いんです。こんなに繊細で。私が少しでも間違えたらきっと傷つけてしまう。今回の旅でそれがよくわかりました」
「……ユリウスのためにもっと丈夫になると誓う。だから……」
胸に埋めていた顔を上げてユリウスと視線を合わせると、彼は何かをふっきったようにふっと笑い、そうしてようやくオデットに顔を近付けてきた。
待ち望んでいたオデットも、精一杯首を伸ばしてそれに応える。
慈しむようにゆっくりとはじまったその夜の情交は、寂しさの分量が増えてしまっていたオデットの心を、安心で満たしてくれた。
二日後。親切にしてくれたリタや宿屋の人々と別れ、一行は旅を再開させた。
オデットにとって旅路は相変わらず快適とは言い難いものだったが、乗り物にもだいぶ慣れ、その後は体調を崩すことなく目的地に近付いていった。
旅を楽しむ余裕もできてきたオデットだったが、ある村を通りかかったとき、気持ちが沈む光景を目にしてしまう。
馬車の窓の向こう側にあったのは、人が消えた村だった。水害があったのだろうか、壊れた家がいくつもある廃村だった。
「オデット……」
察したユリウスが窓のカーテンを締めようとしたが、オデットはそれを制した。
「わたくしは、目を背けない」
いまさら何ができるわけでもないが、かつての自分の立場を考えたら見なかったことにはできなかった。
アニトア地方は、こうした自然災害が多発した地域でもある。目的地のユリウスの故郷はどうなのだろうか。
尋ねてもユリウスは「大丈夫です」としか言わない。オデットは彼の言葉を信じたいが、もし、水害や飢饉のせいで村の誰かが命を落としていたとしたら? その憎しみはオデットに向けられるべきものだ。しかし、それを受け止める強さがあるのか、自分でもわからない。
廃村を通り過ぎたあと、鬱々とした気持ちになっているオデットに、ユリウスが声をかけてくる。
「うつむいていると、気分が悪くなりますよ」
対面に座っていたユリウスは身を乗り出すようにオデットに近付き、強制的に顔を上げさせた。
「ユリウス……?」
座っていないと危ないと注意しようとしたが、その前に彼の銀色の髪がオデットの頬を撫でた。
「んっ、……ユリ……ウス」
予告なく、深く口付けをされる。旅の後半になって、ユリウスは突然こういう行為をするようになった。
何の衝動なのか、それまで理解していなかったオデットだったが、ようやくわかった。どうやらオデットの気分を紛らわせるためのものだったらしい。
確かに、オデットはユリウスに口付けをされると、翻弄され夢中になってしまう。落ち込んだ気持ちも忘れかける。しかし、これはこれで身が持たない。心臓に悪い。
「わたくしは、明日からハンナと一緒に乗ることにする」
口付けが終わったあと、別の馬車で移動しているハンナの存在を思い出し、彼女に助けを求めることを考えついた。気分転換なら、ハンナとのおしゃべりだっていいのだ。
しかし、ユリウスは返事をしない。鼻で笑っていたのは提案を受け入れる気持ちがまったくない現れだろう。
むっとたオデットが一方的に文句を言っている間に、馬車はこの日の目的地まで辿り着いた。
ユリウスの故郷に到着したのは、その翌日のことだ。
「見えてきました」
農村と聞いていたが、待っていたのはオデットが想像していたものとは違う景色……今オデットの目を釘付けにしているのは、猛々しい石の壁だ。
周辺は、確かに農村らしく畑や牧草地が広がっているというのに、そこだけが異質だった。いったいどういうことなのか。
「ユリウス……村の長というものは城に住んでいるものなのか?」
ユリウスがあれだと指した方向を何度も確認する。旅の途中であのような立派な建物を目にしたことはあったが、そこは貴族の領主館などだった。
農村の長という立場なら、途中で滞在していた宿屋のような建物か、それよりも庶民的な建物に住んでいるとばかり思っていた。
ユリウスはたまに、平民であることに引け目を感じているような言動をしていたが、どういうことなのだろう? 本当は貴族だったのだろうか。
疑問の視線を投げかけると、言い出しにくそうな顔で説明をはじめる。
「いえ、これは砦と言うが正しいです。ここは帝国の領土の端で、何度も国境が書き換えられています。古い時代に建てられたものがそのまま残っているので、使用させていただいているのです」
「使用させて……いただいている?」
どうも腑に落ちない部分があるが、馬車が高い石の壁の前で停車したので、オデットはユリウスに手を引かれ下車した。
そうして、目の前にそびえ立つ建物全体を見渡してみる。
「わかった。ここはおそらくワラバヤットの砦だ」
「はい。よくご存じですね」
正解を導き出したオデットは「当然だ」と得意げな笑みを浮かべた。
ワラバヤットの砦は、帝国が領土を拡大するより前、小王国の時代に建てられたもので、当時難攻不落とされていた。そして今は役目を終えて放棄されているはずだ。オデットは地図や歴史について、知識だけは持っている。
しかし、その『ワラバヤットの砦』がユリウスの生家であることは不可解だ。オデットがさらに追及しようとしたところで、頭上から大きな声が降ってくる。
「喜べ! 息子が嫁を連れて帰ったぞー!」
見上げると、門の上の見張り台に男の影があった。どうやら、砦の中にいる人達に向かって叫んでいるようだ。逆光で見えにくいが、ずいぶんと体躯のよい男であることはわかった。
「あれが、村の長……ユリウスの父上なのか? ずいぶんと身体が大きいな」
「もともと傭兵ですから」
「そういえば……さきほど畑を通りかかったときも、強そうな男達をたくさん見かけたが……」
「彼らも元傭兵です。今は傭兵稼業から足を洗い、全員善良な農夫をしています。……驚きましたか?」
「善良な……。驚いた……でも」
ユリウスが「大丈夫」と言い続けていた意味がなんとなくわかった。傭兵であったのなら、政治的な問題から距離を置いているはずだ。
「言ってしまえば、ただのならず者の集団です。ですが父や仲間には、女性と子供は無条件に守るという信念があります」
「わたくしは、今ほっとしている……」
オデットが瞳を潤ませて微笑むと、ユリウスもまた安心したように微笑んだ。彼も怖かったのかもしれない。オデットが自分の家族の経歴を嫌悪するかもしれないと。
「ここは安全です。私と私の家族があなたを守ります。マクシミリアンが帰郷を許してくれたのは、そういう理由です」
ここは、オデットにとって安住の地になりえる場所なのだ。
ユリウスの父は「喜べ!」と大声で叫んでくれた。この中にいる人達にとって、オデットがやって来たことは喜ぶべきことなのだと主張するように。その言葉が届いたおかげで今、オデットは期待と希望だけを胸に、砦の門をくぐることができる。
砦の中に案内されると、ユリウスの家族が出迎えてくれた。
さっきまで門の上にいた父親らしき人もすでにそこにいる。熊のように大きく、逞しい男性だった。
そして母親は銀髪の美しい女性で、ユリウスは彼女の容姿を受け継いだのだとわかる。
「お父様、お母様、はじめましてオデットです。どうか末永く、よろしく……お願いいたします」
ハンナからこっそり教わっていた最初の挨拶とともにお辞儀をする。ゆっくりと顔を上げると、ユリウスの両親がオデットとの距離を縮めていた。
そうして二人で、オデットを挟むように抱きしめてくる。実の両親からこんなふうに抱きしめられたことはなかったが、なぜか亡き両親の顔を思い出した。