余命いくばくもないので悪女になって王子様に嫌われたいです
- 著者:
- 栢野すばる
- イラスト:
- カトーナオ
- 発売日:
- 2023年04月05日
- 定価:
- 880円(10%税込)
君が逝ったら
すぐにあとを追うからね。
不治の病におかされ、何年も闘病生活を送っているアリス。幼い頃から変わらず愛してくれているカイルダールを解放したいと、婚約破棄を勧めてみるも、まったく聞く耳をもってくれない。困ったアリスは、「悪女になって嫌われれば、悲しませずに別れられるのでは?」と思いつく。しかし、純真なアリスの意地悪はまったく伝わらず、逆に喜ばれる始末。そんな中、アリスは男性の身体のとてつもない秘密を知り、カイルダールに無邪気に迫ってしまい……!?
愛が重すぎる王子×悪女になりたい令嬢、
嫌われるつもりが、王子様の闇が深刻になりました!?
アリス
カイルダールに異様に好かれており、彼の将来を心配している。不治の病におかされているが近頃は調子が良い様子。
カイルダール
正王妃との子で第二王子。側妃を盲愛する父王に嫌悪され、虐待されてきたが、アリスがいればどうでもいい。
「まだ起きてたのか? 身体に悪いから早く寝たほうがいい」
「カイのこと待ってたの」
アリスが静かに振り返る。暖炉では惜しみなく薪がたかれ、部屋の中は充分に暖かい。だがアリスの身体が心配で、カイルダールはベッドに歩み寄ってアリスの肩を抱いた。
「遅くなってごめん。さあ、ベッドに入って」
アリスは素直に従うかと思いきや、二つ並んだベッドの真ん中に座り込んでしまう。
「どうした?」
座ったまま、アリスが深々と頭を下げた。
「勃起してくれてありがとうございます」
──……………………?
駄目だ。アリスがなにを言っているのか咀嚼できなかった。衝撃でしばらく意識が飛んでいたようだ。
「え、え、えっ、なに? アリス、なに?」
焦りのあまり声がうまく出せない。自分は今、動転している。刃物を持った賊が突っ込んできてもこんなに慌てることはないのに。
「勃起してくれてありがとうございます」
再びアリスが理解できない言葉を口走る。小さな頭は深々と垂れたままだ。
どく、どく、と心臓の音が大きくなっていく。
──え、アリスはなんて言った……? 勃……起……?
アリスの口から出てくるはずのない単語だ。
昼間のやらかしで、彼女はなにか知ってしまったのだろうか。
あんなものを淑女に握らせるなと、遠回しに怒られているのだろうか。
「そ、そ、それは、どういう意味で」
かすれた声で問うた瞬間に、分身がむくりと反応した。
この異様な状況に、なぜ謎の興奮を覚えるのか。純粋無垢なアリスの口から『勃起』という直接的かつ性的な単語が出てきたせいなのか。
「ここに来て」
アリスが顔を上げてベッドの隣をポンポンと叩く。
「いいのか? 隣に行っても」
訳が分からないまま尋ねると、アリスが頬を赤らめて頷いた。
勃つな、勃つな、と言い聞かせながら、カイルダールはアリスの隣に座る。ちょこんと座り込んでいたアリスが、涙の滲んだ目でカイルダールを見上げた。
──どうして泣いていたんだ? あ……!
はっとなったカイルダールは、アリスの華奢な両肩を摑む。
「ごめん、さっき俺がおかしな真似をしたから泣いてたのか?」
やはりお嬢様育ちのアリスにあんなものを握らせるなんて、自分が間違っていたのだ。
オルヴィート侯爵夫妻が心からアリスを大事にし、汚らわしい知識からどれだけ遠ざけて育ててきたか知っていたのに、自分は性欲に負け、アリスにいやらしいことをさせた。
だから彼女は事実を知って気分を害し泣いている……のだと思うが、お礼を言われている理由がさっぱり分からない。
「あの棒、私の脚の間にある穴に入れたいんだよね?」
アリスの問いに、再び頭が真っ白になる。
──その、とおり、だけれど……どうして……。
想定外だ。想定外のことが起こっている。
「うん」
カイルダールはゆっくりと手を上げ、余計なことを口走ってしまう己の口を塞いだ。顔中が熱い。火照っているのが分かる。
「嬉しい!」
アリスが、正座して硬直しているカイルダールに全身で抱きついてきた。
柔らかな身体から、間違いなくアリスの歓喜が伝わってくる。
なにが起きているのか理解できない。
「ア、アリス、君はどうしてそんなことを知っているんだ? 昨日は俺のあれを、カイロだって……」
「カイロじゃないよ! あれは男性器!」
意気揚々と答えられ、全身に冷や汗が噴き出した。
──正解だけど!
どこでなにがどうなったのかさっぱり不明だが、大変なことになってしまった。脳裏にオルヴィート侯爵の言葉が浮かぶ。
『教えたらやりたがりますから、あの子の性格上』
侯爵の予言通りになってしまったのかもしれない。嬉しそうなアリスをそっと抱きしめ返し、カイルダールは再度尋ねた。
「なぜ知ってるのか、俺に教えてくれないか?」
腕に抱いた身体は温かい。こんなに温かなアリスは久しぶりだ。
「お父様の百科事典で調べたの。カイのお腹に棒が生えてたでしょ。あれ、いきなりお腹が硬くなって飛び出してくる病気なのかと思って、気になって」
「百科……事典……」
「そう、私、男の人には棒が生えていることを知らなかったの。今日初めて知ったんだ」
アリスは侯爵に似て頭がいい。
百科事典に書かれた内容はすべて理解できたのだろう。そして、カイルダールや両親が隠していた真実に自力でたどり着いてしまったのだ。
「ごめん、アリス。俺が変なモノを握らせたりしたから」
「全然変じゃないよ。だってカイは私が好きで、私と性交したいと思ってくれたんでしょ?」
「え? あの……それは……」
身体中汗だくである。下半身は『はい』と答えているのに、頭は『なんとか丸く収めろ』と指示してくるのだ。命令系統が壊れ始めている。
「そうだよね?」
華奢な腕でカイルダールを抱きしめていたアリスが、身体を離して顔を覗き込んできた。
頬は桃色に染まり、大きな青い目には甘い光が浮かんでいる……ように見える。自分に都合の良い解釈なのだろうか。だが、アリスはひどくご機嫌に見える。
「ああ、そうだよ」
カイルダールはアリスのあまりの可愛らしさに負けて、正直に頷いてしまう。
「嬉しい!」
アリスが再び笑い、目をさらに潤ませた。この変態野郎、と張り倒されても仕方ないことをしたのに、なぜかアリスはとても幸せそうに見えた。
頬に優しく接吻され、カイルダールは信じられない思いで笑顔のアリスを見つめる。
──これはたぶん、なにか大変な誤解があるぞ。
「百科事典を本当にちゃんと読んだのか?」
「読んだよ。カイは他の女の人には勃起しないよね?」
「当たり前だ、そんなこと二度と聞かないでくれ」
ここは天国なのか、地獄なのか、自分はいったいこれからどうなるのか。
「うん、ならよかった……今日は元気だから性交できるよ」
再びアリスが優しく口づけてくる。
──なにが……なにが起きて……なにが……?
「私が奇跡的に元気なうちに性交しよう」
淫猥さの欠片もない、愛らしい口調でアリスが言う。とても嬉しそうだ。知ったからにはやりたいのだろう。侯爵の言ったとおりになってしまった。