ソーニャ文庫

歪んだ愛は美しい。

純愛の業火

純愛の業火

著者:
荷鴣
イラスト:
Ciel
発売日:
2022年07月05日
定価:
836円(10%税込)
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きみが悪魔なら、ぼくはさらに悪い悪魔だ。

罪のない者が毎日のように処刑され、見世物にされる狂った国で、生きづらさを感じていた第七王女アリーセ。彼女の心の支えは、拾った子犬のバーデと前王の息子ルトヘルだけ。女性の扱いに慣れている様子の彼は、初対面の時から押しが強いけれど、“地味でみすぼらしい”アリーセにも優しくしてくれる。そんなルトヘルに恋心を抱くようになるが、ある時、彼から国を出ることを提案される。さらには互いを信じあうために身体を繋げようと寝台に誘われて……?

妖しい美貌を持つ貴公子×虐げられた王女、地獄のような世界で貫く純愛の結末は?

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登場人物紹介

アリーセ

アリーセ

第七王女。母の生国の力が弱いため、他の王女や王子たちに虐められている。優しいルトヘルに惹かれていくが……。

ルトヘル

ルトヘル

前王の息子。精霊のような美貌を持ち、男女問わず魅了する。多数の女性と親密な関係にある様子だが……?

お試し読み

 美しい顔が、いまにも触れそうなほど近くにあった。吐息がじかに感じられる。
 アリーセが吐き気を催すほどの緊張を覚えていると、ルトヘルは自身も緊張しているようなことを言う。だがその表情は歯がゆくなるほど涼しげだ。先ほども手際よく、淡々とアリーセの身体の採寸をやってのけた。アリーセは、彼の衣ずれの音にびくびくしたし、手は汗ばみ、がたがたとひざを震わせていたというのに。
「あなたは、まったく緊張して見えないわ」
「そうですか? とても緊張していますよ」
「あなたは服を着ているけれど……その……わたしは」
 そわそわと窓に目をやった。時刻は真昼ぐらいだろう。誰かが覗けば見られてしまう。
「服はぼくも後で脱ぎますから、まずはこちらを飲んでください」
 アリーセは小さな包みを渡されて、「……これは?」と覗きこむ。
「医術師が使う薬ですよ。破瓜は痛いと聞きますから一応飲んでください」
「ルトヘルさんも飲むの?」
「いいえ。はじめての性交で痛みを伴うのは女性だけです。この薬は医術師が裂傷の縫合の時などに患者の痛みを軽減させるために用いるのですが、患者はこの薬を服用すると、痛みが軽減するばかりか、おおらかな気持ちとなり、恐怖を感じにくくなります」
「いま、わたしはとても緊張しているわ。わたしのような臆病者にこそ効果があるのね」
「量は調整しています。多少は眠くなりますが身体に害はありません。飲んでください」
 頷いたアリーセが包みを口に含むと、恐ろしく苦い味が広がった。顔をしかめたアリーセに、ルトヘルは水が入った杯をくれた。飲み終えれば取り上げられて、彼が側机に杯を置く。その隣には革張りの本が置かれていて、書かれてある文字に目が留まった。
「……これは、ヒルヴェラ国の本なのかしら」
 母の国を告げると、彼は首を横に振る。それは彼の母の生国、コーレインの本だという。
「ヒルヴェラもコーレインももとはひとつの国ですからね。発音に少し違いはありますが、単語は似ているものが多いです。アリーセさまはヒルヴェラの文字が読めるのですか?」
「ほんの少しだけなら読めるわ。その本は、えっと…………兵法の本?」
 かつてアリーセは、資金がない母が荒れるのを見かねて、ヒルヴェラ国に援助を求めて手紙をいくつもしたためた。独学だったが、その時のなごりがいまだに残っている。
〈文字は読めても、言葉の聞き取りはどうでしょうか。私と話せますか?〉
 突然異国の言葉で話しかけられ、目をしばたたかせたアリーセは、困惑しながら言う。
「それは、コーレインの言葉なの?」
「ええ。コーレインの言葉だとわかるのならば、聞き取りは可能ですね。話せますか?」
〈…………えっ、と……。きこえる、はな、せる。とても……じしんは、ない〉
 必死に頭を働かせ、言葉を探りながら口にすると、ルトヘルの唇の端が上がった。
〈たどたどしくてかわいらしいです。まるで二歳の幼子ですね。ねえ、アリーセ。これから、ふたりの時はこの言語を使いましょう。練習すれば上達しますから。ね?〉
 アリーセはかっと頬を赤らめる。首も振って「嫌よ」と拒否をした。
〈たんご、すこし……たくさん、わからない。……とても、……とてもむず、かしい〉
 そこからは、どう言い表していいかわからなくて、自国の言葉で説明する。
「抑揚のつけ方もまったくわからないの。わたしには無理よ。話せないわ」
〈私が訛りを正しますし、単語も教えます。ですから、この言葉に慣れてください〉
 アリーセが「あの……」と言いかけた言葉を引っこめたのは、自身の上衣に手をかけたルトヘルが、こちらを見つめたまま、ゆっくりと素肌を露わにしているからだ。
 彼は服を纏った姿は細身だけれど、脱げばしっかりと筋肉がついており、鍛えているのがわかる。顔や手と同じく肌の色は乳白色で、整った顔と肢体は、銀色の髪も合わさって耽美な雰囲気だ。宗教画で見た神の化身を思わせる。
「あなたって、ハーゲンベックが描いた絵画のようだわ。はじめてあなたを見た時からずっと思っていたの。ハーゲンベックの絵は、黒を基調に幻想的な白皙の肌が特徴で」
〈アリーセ、ヒルヴェラの言葉を使ってください。あなたは国を出る練習をしなければ〉
 声をつまらせたアリーセは、そわそわと目を泳がせた。
〈……でも……ヒルヴェラ、の、ことば、つかう〉
 彼は下衣を脱ごうとしていたが、途中で手を止め、代わりにアリーセの腰に腕を回した。彼の肌に自身の胸がつきそうで、アリーセはむずむずと背すじを駆け上がるものを感じる。
 裸の彼を見るのは恥ずかしい。自分の裸を見るのも恥ずかしい。目のやり場がなくてまつげを伏せれば、あごに手を添えられて持ち上げられる。銀色の瞳と目があった。
〈接吻してもいいですか〉
 そう問われ、おろおろと戸惑うアリーセがこくんと頷くと、彼の整った顔が恐ろしいほど近くにきた。彼の顔を認識できないほどめいっぱいまで近づけば、ふに、とやわらかな唇が押し当たる。頭のなかがざわついて大変だ。これが、接吻なのだとアリーセは思った。無理やり口をつけてきたシュテファンとは、天と地ほどの差があった。
 ばくばくと鼓動を響かせながら目をまんまるにしていると、ルトヘルは小さく笑った。
〈アリーセ、接吻の時は目を閉じてください。あまり見つめられると恥ずかしいです〉
 彼に従うと、〈息は鼻で。そう〉と教わりながら、三回、唇どうしがくっついた。
〈……私からすれば、あなたこそ絵画のようです。美しいアリーセ、寝台に座って〉
 言われるがまま、寝台に足を揃えて座れば、髪飾りを取られ、金茶色の長い髪が肩に滑り落ちてゆく。高鳴る鼓動を抑えるのに苦心していると、彼にそっと横にさせられた。
 心臓の動きに合わせて胸が小刻みに揺れている。少し落ち着く時間がほしかった。けれど彼はアリーセに顔を近づけて、唇にそっとくちづけた。
〈様子を見ながら進めます。怖かったらすぐに言ってください〉
 彼に肌をすり合わされ、じかに熱が伝わった。アリーセは、思わず深い吐息をこぼす。熱も重みもすべらかな感触もなにもかもが心地いい。
 ぎゅっと彼が抱きしめてくれたから、アリーセも彼の背中に手を回す。身体が隙間なくぴたりとくっついて、充足感が広がった。ひとりではないと強く思える。
〈気持ちがいいですね。つねにこうして重なっていたくなります。あなたは?〉
〈きもち、いい。……とても〉と伝えると、まなじりから涙が伝う。悲しいからではなく、嫌だからでもない。感極まっているのだ。彼は、その涙を唇で吸い取った。
〈涙のわけは察しがつきます。少し、性交のまねをして動いてみますね〉

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