この結婚は間違いでした
- 著者:
- 春日部こみと
- イラスト:
- 岩崎陽子
- 発売日:
- 2022年07月05日
- 定価:
- 814円(10%税込)
金もドレスも家も与えた。あなたが泣くのはなぜなんだ。
父の借金のカタに、実業家ルーシャスに“妻”として買われた侯爵令嬢のオクタヴィア。『金の亡者』と貴族たちに嫌悪されているルーシャスだが、過去、彼に助けられて密かに恋をしていたオクタヴィアは、この結婚を喜んでいた。彼が自分と結婚したのは社交界で人脈を得るため。そう思いつつも、オクタヴィアはこの結婚をより良いものにしようと決意する。しかし彼は、贅沢品を大量に与えた後、初夜の翌日からまったく屋敷に帰って来なくなって……?
言葉の足りない大富豪×箱入り令嬢、両片思いのすれ違い結婚生活の行方は……?
オクタヴィア
社交界で人気の侯爵令嬢。初恋のルーシャスと結婚できることになり喜ぶが、理想の夫婦生活からはほど遠く……。
ルーシャス
金の力で様々なことを実現してきた成り上がりの大富豪。オクタヴィアと結婚したのは何か理由がある様子……?
(……あ、キスって気持ちが好いかもしれない……)
粘膜と粘膜を擦り合わせていると、時折ぞくりとした快感が首筋を走り抜けた。すると身体がじわじわと熱くなってきて、頭がぼうっとしてくる。自分のお腹の奥から、もっとしたい、という欲求が込み上げてくるのが分かった。
ルーシャスとのキスに夢中になっていると、鎖骨をスッと撫でられる。ルーシャスの指の感触が心地好くて、うっとりと身を任せるように力を抜いた。彼が自分に触れていることが、とても嬉しいと感じた。
ルーシャスの指は薄いシルクのナイトドレスの縁をなぞり、その下の柔肌へと潜り込む。そこで初めて、オクタヴィアは自分がガウンを着ていないことに気づいた。おそらく、ベッドに入る前に自分で脱いだか、ルーシャスが脱がせてくれたのだろう。
自分が、あの身体の線が露わになるナイトドレス一枚でルーシャスの前に横たわっている事実に少なからず狼狽したが、今更だ。
(夫婦なんだもの……それくらい当たり前だわ)
そう思って、ふと気づく。初夜を完遂させる気があるということは、ルーシャスは本当の夫婦になるつもりがあるのだろう。愛人がいるのではと疑惑を抱いた時、形だけの夫婦になるのだろうかと不安になったけれど、杞憂だったようだ。
(……嬉しい)
オクタヴィアは素直にそう感じた。ルーシャスと自分との間には、平民と貴族であるせいか、大きな価値観の違いや習慣の違いがあると分かったけれど、それでも彼と寄り添って生きていけるようになりたい。
そんな気持ちが高まったせいか、オクタヴィアは少し大胆な気持ちになった。もっと彼の近くに行きたくて、腕を伸ばして彼の背中へ回す。ルーシャスの背中は大きく、厚く、がっしりとしていた。自分との身体の違いをまざまざと感じて、何故だか下腹部が熱くなる。
オクタヴィアの動きに、ルーシャスは一瞬目を見開いたが、愛撫は止まらなかった。唇へのキスが顎へと移り、喉元を伝って鎖骨に下りる。
「このドレスの色、悪くないな」
ルーシャスが淡いピンク色のドレスの紐を解きながら呟く。オクタヴィアはドキドキと鼓動が速くなるのを感じながら、彼の指先を見つめた。ナイトドレスの下には、透けたレースの肌着しか着ていない。そんな姿を異性に見られるのはやはり緊張したし、恥ずかしかった。
ルーシャスはまるで魔法のようにあっという間にドレスを脱がせてしまうと、下着姿のオクタヴィアをしげしげと眺め下ろす。
女性の服装からコルセットがなくなったことで、アンダーウェアもずいぶんと変化した。コルセットを身に着けることを前提としたシュミーズやペチコートなどのもさもさとした下着は、今ではほとんど使われなくなった。代わりに普及したのは、ブラジャーとパンティと呼ばれる上下の分かれた下着だ。これらは少ない面積で乳房の形を補正でき、身体の可動域を制限しない上、頑丈で、大きく動いても破れたりしないことから、あっという間に貴族の間で主流となった。
しかしながら今オクタヴィアの身に着けている下着は、補正もできないし頑丈とは言いがたい。繊細なシルクのレースでできており、身体に纏わりついているだけの装飾品のような代物だ。
いわゆる『初夜の花嫁のための下着』である。
「あ、あの……あまり、見ないで……」
ルーシャスがあまりにもじっくりと眺めるので、オクタヴィアは居た堪れなくなり、蚊の鳴くような声で呟いた。
だがルーシャスの耳には届かなかったようで、彼は無言で残った下着に手をかける。
「あ……」
ルーシャスの力が強すぎたのか、下着は脱がされる前にビィッと憐れな音を立てて破かれてしまった。きっと高級品だったろうに、と眉を下げていると、ルーシャスがチッと舌打ちをする。
「脆い。不良品だな」
不良品ではないはずだ。多分。
(あなたの力が強すぎるのだと思います……)
オクタヴィアは心の中で言ったが、口には出さなかった。こちらを見下ろすルーシャスの目が妙にギラギラとしていて、下手に刺激してはいけない気がしたからだ。
ルーシャスは苛立ったように残った下着も剝ぎ取ると、裸になったオクタヴィアを凝視したまま、フーッと深く息を吐いた。その様子が獣じみていて、オクタヴィアはなんだか怖くなってくる。獲物を狙うライオンを前にしたウサギは、こんな気分なのかもしれない。
息を詰めて相手の出方を見守っていると、ルーシャスはくしゃりと自分の髪を搔き上げた後、地を這うような低い声で言った。
「……悪いが、加減できそうにない」
自分よりも一回りは大きい男性からそんな恐ろしい宣言をされて、慄かない女性がいるだろうか。いや、男性だって怯えるに違いない。
蒼褪めるオクタヴィアをよそに、ルーシャスは身を屈めてキスをしてきた。
「……っ、ん、んんっ」
そのキスは先ほどよりも荒々しく、受け止めるオクタヴィアは動きについていくのが精一杯だ。それなのにルーシャスの手に乳房を鷲摑みにされて、ビクリと身体を揺らす。
ルーシャスの手は熱かった。男性は女性よりも体温が高いと聞いたことがあるけれど、本当だったのか、と頭のどこかでそんな感想を浮かべる。パン生地でも捏ねるようにぐにぐにと乳房の肉を揉まれ、眉間に皺が寄った。
「……痛いか」
「い、痛くは、ないです……」
今しがた加減できないと言ったくせに、それでも気を遣ってくれているのか、揉まれても痛くはない。だが妙な心地だった。