三年後離婚するはずが、なぜか溺愛されてます
- 著者:
- 春日部こみと
- イラスト:
- ウエハラ蜂
- 発売日:
- 2022年02月03日
- 定価:
- 814円(10%税込)
もしかして、私の妻は天使かな?
『呪われた侯爵』と敬遠されるアーヴィングと結婚したハリエット。けれど初夜の床で、「これは形だけの結婚です。だから君を抱くことはない」と言い放たれ、三年後には離婚するとまで言われて大混乱! なのにその後は、ドレスを山ほど買ってくれたり、突然「可愛い」と言ってきたりと好意的。そんな彼に惹かれつつも、向けられている気持ちはペットを慈しむようなものだと、ハリエットは自分を戒める。だがある夜、彼がいきなり押し倒してきて――!?
人嫌いなワケあり侯爵×不遇に負けない没落令嬢、甘々なのにすれ違う“契約結婚”の行方は……?
ハリエット
身売り同然で伯父の家に養女に出され、アーヴィングと結婚することに。いつも前向きで明るい。
アーヴィング
美丈夫だが人を寄せつけない変わり者。自分のペットにもおかしな名前をつけている。
深淵の黒き炎【ダークフレイムオブジアビス】
通称クロちゃん。アーヴィングが飼っているペット。かわいいのがお仕事。
「ア、アーヴィング様! お気を確かに! あなたは今、酔っ払っているのです!」
「私は酔ってなどいない」
ハリエットの指摘に、アーヴィングはムッと口の端を下げる。
だがそんな酔っ払いの言い分は信じない。パン屋のおかみさんのお供で酔っ払いの喧嘩の仲裁に行った経験から知っている。酔っ払いは「酔っていない」と主張するものなのだ。だがこの際、酔っているいないの議論は措いておく。まずはアーヴィングに退いてもらわねば。
「と、とにか──んぅ」
説得しようと開いた唇を、アーヴィングに塞がれた。ふに、と柔らかいものが唇に当たったかと思うと、驚く間もなくにゅるりと温かく湿ったものが口内に侵入する。
「ん、ぅうっ、ンぅ!」
ハリエットは仰天して呻き声を上げた。
(こ、こ……これがキス!? キスなの!?)
アーヴィングの舌が口の中で縦横無尽に動いている。ハリエットの舌を絡めとろうとしてくるので必死に逃げるが、なにせ小さい口の中である。逃げられる空間は限られていて、あっという間に捕まって、舐られ、擦られ、絡められて、どうしていいのか分からない。
舌を動かされる度、唾液が溢れ、粘着質な水音が聞こえる。その音にひどく羞恥心を煽られた。口を塞がれているので息ができず、頭が真っ白になっていく。
(……あ、もう……)
このままでは気を失ってしまう、と思った時、アーヴィングがようやく唇を離した。
ハァッと音を立てて息を吸い込み、九死に一生を得た気持ちでぜいぜいと呼吸を再開させたハリエットは、けれどまったく助かっていないことに気づく。
「えっ、ま、アーヴィング様っ……!」
アーヴィングの唇は、ハリエットの顎へ移り、更に首筋へと降りていった。首に彼の唇の感触を受けると、ぞくぞくとした震えが背筋を走り抜ける。くすぐったいという感覚の他に、下腹部にむずむずとした疼きを感じて、ハリエットはなぜか居た堪れなくなる。
「アーヴィング様ッ……!」
これ以上ぞくぞくさせられると、自分がどうにかなってしまう気がして、ハリエットは半ば混乱しながらアーヴィングの胸を押した。だがアーヴィングの身体はビクともしない。アーヴィングは男性の中では細身の方だし、あまり力強いイメージがなかったのだが、壁のように微動だにしない目の前の身体は確かに男性のものなのだと、ハリエットはこの時強烈に意識した。
(お、男の人ってこんなに力が強いの……!?)
真っ赤な顔で目を白黒させていると、アーヴィングの手が動いてハリエットのドレスのボタンを外し始める。
「えっ!?」
胸元が緩む感覚にギョッとなった。
(ぬ、脱がされている!?)
「だ、だめ! 脱がしちゃだめ!」
焦るあまり丁寧な言葉を使う余裕などぶっ飛んだ。
だがアーヴィングもハリエットの言葉など耳に入っていないのか、無視して手を動かし続けている。今着ているドレスは夜会用で、ぐっと胸元が開いたエンパイア風のものだ。つまり脱がせやすい。ボタンを外されればあっという間に剝かれてしまうだろう。
「アーヴィング様ッ!」
叱咤するような声が出たのと同時に、ずるりとドレスを脱がされる。
「あっ!」
更にアーヴィングは、邪魔だとばかりに、残された薄いシュミーズも引きちぎるようにして取り去ってしまった。
とうとう一糸纏わぬ姿で組み敷かれ、さすがのハリエットも恥ずかしさで顔を覆った。男性に裸を見られるなんて生まれて初めてだ。初夜(事は致していないが)の時に裸同然の姿を見られているが、あれは眠っていたので数に入れない。
「きれいだ」
アーヴィングのボソリとした声が真上から降ってくる。
(き、きれいなんて、噓よ……)
自分よりもずっときれいな人にきれいと言われても信じられないのは致し方ないだろう。
「み、見ないでください……」
「それは無理だ」
即答された。ひどい。
「無理じゃないです」
「無理だ。君の裸を見たい」
「だめです!」
「だめじゃない。君は私の妻だ」
「そっ……それは……」
そうなのだが。ハリエットは言葉に詰まった。思いがけない状況に頭が混乱していてうまく働かない。
(確かに私たちは夫婦だし、アーヴィング様がいいのなら、いいのかしら……?)
そもそもこの状況は、ハリエットには是非もない。ハリエット自身は、あの契約がなければ本物の夫婦になるつもりで嫁いできたのだし、アーヴィングが好きだ。
(あら? だめじゃないわね、確かに……)
そう気づき、ハリエットは顔を覆っていた手をおそるおそる外してみた。
すると、こちらを見下ろすアーヴィングの美しい顔が見えた。
(なんてきれいな人なの……)
ハリエットはゴクリと唾を呑む。まじまじと見ると、相変わらずアーヴィングの美貌には圧倒されるが、それだけでなく、いつもは真冬の湖面のように凍てついた色をしているその目に、ギラギラとした欲望の炎が宿っているのが見て取れた。
女性の本能なのか、逃げたいような、もっと彼の欲望を煽りたいような、相反する衝動のようなものが込み上げてきて途方に暮れる。このままアーヴィングの目を見ていたら叫び出してしまいそうだと思い、少し目を逸らして仰天した。アーヴィングが上半身裸になっていたのだ。
「いっ、いつの間に脱いだの!?」
この先のことを考えれば当然なのかもしれないが、なにしろハリエットには免疫がない。唐突に男性の裸を見せられて驚くなと言う方が無理だ。
「さっき。暑かったから」
ハリエットの叫びに、アーヴィングが几帳面に答えてくれた。
そんな理由!? と心の中で突っ込みを入れたハリエットは、すぐにハッとなる。
(アーヴィング様、酔っているんだったわ!)
顔色が変わらないから分かりにくいが、おそらく相当酔いが回っているのだろう。だからまともな判断ができていないのだ。
(薬酒と言っていたけれど、薬酒にそんな強いものがあるのかしら!?)
疑問に思っていると、両胸を摑まれて「ヒッ」と悲鳴を上げてしまう。視線を下げれば、大きな手がハリエットの胸を掬い上げるようにして摑んでいた。
長い指が、摑んだ肉の感触を味わうようにそっと動かされる。
「……柔らかい」
アーヴィングはハリエットの胸を凝視しながら、そんな感想を呟いた。
「あ、ご、ごめんなさい、大きくなくて……」
自分の胸の大きさが人並み以下である自覚があるので、思わずそんな謝罪をする。だがよく考えれば、謝るようなことではない。
「謝るようなことではない」
まさに自分が今考えていた通りの言葉を言われ、驚いてアーヴィングを見ると、彼は至極真面目な顔でハリエットに頷いてみせた。
「胸の大きさなどどうでもいい」
「あ……はい」
「重要なのは、これが君の胸であることだ」
アーヴィングが実に凛々しい表情でそう宣言する。どうしよう。アーヴィングの背後から神々しい光が降り注ぐ幻覚さえ視えてきて、ハリエットの胸がきゅんと音を立てた。
(……待って私。きゅんとするところじゃないわ……!)
胸を揉みながら格好をつけられても、という話である。
「君の胸はとても柔らかい……そしてなんて滑らかな肌だ。ずっと揉んでいたい……」
つぶさに感想を言うのはやめていただきたい。
ハリエットは顔を真っ赤にしながらもう一度両手で顔を覆った。
「君の肌は白いな。まるでクリームみたいだ。……ああ、だがこの尖りだけは赤い。小さくて赤くて、ケーキの上にのった野苺に似ている」
アーヴィングはうっとりとした口調で語りながら、指の間でハリエットの乳首を転がし始める。
「あっ!」
胸の先に強烈な快感を覚えて、ハリエットはビクリと身体を揺らして甘い声を上げた。