狂奪婚
- 著者:
- 春日部こみと
- イラスト:
- 幸村佳苗
- 発売日:
- 2021年10月05日
- 定価:
- 770円(10%税込)
君を取り戻す、そのためだけに生きてきた。
幼い頃、『白い結婚』を前提に、公国の第二公子ガイウスと政略結婚した皇女ルイーザ。政治問題が片づき故国に戻されても、彼を一途に想い続けていた。だがそれから十二年、彼が結婚したという話を聞かされる。失意の中、ルイーザも政略結婚で別の国に嫁ぐことになるが、輿入れの途中で何者かに攫われてしまう。目を覚ますと、そこには成長したガイウスがいた。彼はうっとりとした眼差しを向け、ルイーザに愛を囁くと、当然のように身体を重ねてきて――!?
執愛公主×一途な皇女、政略に翻弄された初恋の行方は……?
ルイーザ
大国の皇女。「必ず迎えに行く」というガイウスの言葉を信じ、離れ離れになっても彼を一途に想い続けていた。
ガイウス
小国の公主。第二公子だったが、父と兄が相次いで亡くなり公主となる。結婚したという噂もあるが真相は……?
「……夫、ね。自分の置かれた状況を理解できていないらしい。君は輿入れの途中で誘拐されたんだよ、この私に」
その言葉に、ルイーザはギョッとなった。
頭の中に、意識が途切れる前の記憶が一気に蘇る。
(誘拐? 誘拐──そうだわ! わたくし、アドリアーチェへ向かう途中で、馬車を襲撃されて……!)
では、あの襲撃はガイウスの仕業だったということか。
「わ、わたくしを誘拐なんて……! そんなことをしたら、父が黙っていないわ! それに、ロレンツォ様だって……」
「忠告したはずだ。他の男の名前を口にするなと」
言うや否や、ガイウスは覆い被さってルイーザの唇を奪った。
「ん、んぅううう!」
ルイーザは呻いた。頭を振って逃れようとするのに、ガイウスの大きな手が頭を押さえていてままならない。そうこうしているうちに、ぬるりとしたものが唇を這ってギョッとする。
身を仰け反らせようとするのに、覆い被さるガイウスが重たくて動きようがなかった。それでも諦めず身じろぎしていると、ルイーザの動きを封じるように、ガイウスがさらにのしかかってきた。
やめて、と制止の声を上げようとして口を開けば、それを待っていたかのように熱く湿った肉厚の舌が歯列を割って入り込んだ。
「んっ、んんっ……、う、むぅうう!」
口の中に侵入した舌は、最初こそ逃げまどうルイーザの舌を宥めるような動きで撫ぜていたが、ルイーザが嚙みつこうとした途端、猛攻撃をしかけてきた。絡め取られ、互いの粘膜を擦り合わせるように扱かれる。
自分の口腔に他人の身体の一部が入り込むなんて経験は、生まれて初めてだった。
他人の粘膜に味があるなんて知らなかった。それがいやではないと感じている自分に、ルイーザは驚いた。
「ん……ふ、ぅ、んっ……」
溜まった唾液が口の端から零れそうになり、反射的に飲み込む。
それを褒めるように、ガイウスの手が背中をゆっくりと撫でる。大きな手は衣類越しにも伝わるほど温かかった。
その感触を心地いい、と感じてしまうのはどうしてなのだろう。
ガイウスに腹を立てているはずなのに。
考えなくてはならないことが山のようにある。それなのに、ガイウスにキスをされていると、それらすべてがどうでもよくなってしまうのだ。
(……ガイウスは、結婚してしまったのに……!)
どうしてそれが自分ではないのだろう。
ガイウスの隣で笑い、泣いて、彼と共に生きていくのは、自分だったはずなのに。
閉じたままの目の端から涙が零れたけれど、ガイウスの指がすぐさま拭ってしまう。
(やめて……)
ルイーザは目を閉じたまま思う。
そんな優しい仕草をされると、怒りも悔しさも悲しみも、消えてしまうから。
心をかき乱され、ルイーザの抵抗が弱まった。
それを見て取ったガイウスはようやく絡めていた舌を解いて、彼女の歯列や上顎を尖らせた舌先で擽り始めた。
頤に細やかな泡が弾けるような快感が立ち上り、皮膚がゾクゾクとした。
「っ……ん、ん、ぁっ」
甘えるような鼻声が自分から出たことに、ギョッとして目を見開く。
ガイウスは最後にルイーザの下唇を甘く食んで唇を離した。
上がってしまった息を整えながら見上げれば、銀色の瞳が快楽に揺れながらこちらを見下ろしていた。
「……いやだったか?」
「……え?」
「キスが。私に触れられるのはいやだったか?」
ほんの少し眉を下げて訊ねられ、ルイーザは目を瞬く。
「……いや、では、ないわ……」
彼の表情が不安そうに見えて、思わず正直に答えてしまった。
いやではなかった。それどころか、心地いいとすら感じた。ゾクゾクした快感は、生まれて初めて感じる類のものだったけれど、怖くはなかった。それどころか、逃げているはずだったガイウスの舌に、最後の方は自分から絡ませはしなかっただろうか。
(……もっとしてほしいって……わたくしは、思っていた……?)
ルイーザの反応に、ガイウスは満足そうに目を細めた。
「……嬉しいな。……もう一度、ルイーザ」
うっとりと請われ、自然と目を閉じていた。
当然のように入り込んできた彼の舌は、ルイーザの舌を懐柔するように柔らかく撫でて擽った。その優しさにおずおずと彼を受け入れ、解れかけたところに一気に本気を出される。舐られ、絡みつかれ、嚙みつかれ、啜られて、嵐のように蹂躙される。最後にはどちらのものかわからない唾液をゴクリと嚥下させられて、ようやく許してもらえた。
キスの激しさに酸欠になり、ぐったりとしているルイーザを他所に、ガイウスはバサリと服を脱ぎ捨てる。
ルイーザの目にガイウスの美しすぎる裸体が焼きつけられた。
日常的に鍛えられているのが一目でわかる、鞭のようにしなやかな身体だった。盛り上がった筋肉が、野生の獣を彷彿とさせる。
あまりの美しさに見入ってしまい、ルイーザは自分が今どんな格好をしているか気づくのに遅れた。
ガイウスの手が、いとも容易く脇腹の肌に触れてようやく、自分が夜着だけのあられもない姿でいたのだと知り、悲鳴を上げてしまう。
「え、ええ!? わたくしのドレスは……!?」
「ああ、すまない。君を攫った時に汚れたので、脱がせてしまった」
えっ、とルイーザは目を瞬く。脱がせたのは誰で、この夜着は誰が着せたのか。
「この夜着は、初夜に君を抱くために、私が選んだものだ」
頭の中に浮かんだ疑問をすっ飛ばして、ガイウスがそんな恐ろしいことを言う。
「しょ……? あなたが選んだって……? あ、待って、ガイウス!」
「待たない」
制止をあっさりと一蹴するガイウスは、ルイーザの抵抗などあってないようなものであるかのように、あっという間にルイーザの胸元のリボンを解いてしまった。
焦る間に彼の手は手早くルイーザの夜着を剝いでいき、生まれたままの姿にさせられる。
ルイーザは、半泣きになりながら叫んだ。
「待ってちょうだい!」
だがガイウスは取りつく島もない。
「待たない。言っただろう、初夜だと。君を取り戻すまで、私がどれほど待ったと思っている。もうこれ以上、一秒だって待たない。君を私のものにする」
細い両手首を頭の上で押さえつけ、ガイウスがルイーザの顔を覗き込むようにして告げる。
その目は怖いくらいに真剣で、ギラギラとしていた。
ルイーザはゴクリと喉を鳴らす。ガイウスの放つ獰猛な緊張感が怖かったからではない。それだけ求められているのだと思えて、喜びに胸がズクリと疼いたからだ。
そんな自分が卑猥に思えて、ルイーザは咄嗟に目を閉じた。
「ルイーザ? 目を開けて」
瞑目して精神を立て直そうとしていたルイーザを、甘い声が誘うように請う。
「い、いやです……」
心を立て直すまでにもう少し時間が必要だ。焦りを感じながらも唸るように答えると、ガイウスがクスッと笑うのが聞こえた。
「いいよ。ではそのまま目を閉じていて」
言うなり、唇を塞がれる。ガイウスの両唇が啄むようにルイーザの上唇に触れた。彼の体温が伝わってくる。大きく骨ばった手が伸びて来て、ルイーザの頭とシーツの間に滑り込むと、まるで宝物を抱えるような仕草で頭を包み込んだ。
ガイウスの手の温かさに、ホッと身体の力が抜ける。
緩んだ歯列に、肉厚の舌が入り込んだ。ガイウスの舌は滑らかで、それ自体が生き物みたいだ。ルイーザの感じやすい部分を柔らかく撫でまわすような彼の愛撫に、脳が酩酊していくのがわかる。うっとりとその感覚を味わっていると、自然と腕が動いて彼の首に巻き付いていた。
キスの合間に、「はぁ」と甘い吐息を零し、ルイーザはとろりとした眼差しでガイウスの目を覗き込む。
「ガイウス……」
熱に浮かされたような呟きに、ガイウスがわずかに目を眇めた。
彼が優しかったのはそこまでだった。
ガイウスは、ルイーザの頭を摑んでいた手に力を込めて固定すると、飢えたように唇を貪り始める。技巧も意図も微塵も感じられない、荒々しいキスだった。生々しい雄の情欲をぶつけられ、ルイーザは息も絶え絶えになりながら、それでも彼を受け入れようと懸命に応戦する。
キスの最中、ルイーザの頭を摑んでいたガイウスの手が、頭皮を指の腹で撫でながら首へゆっくりと降りていく。自分の体温より高い男の熱い肌が、敏感な首筋の皮膚を撫でおろしていく感触にぞくりとした。おののきにも似たそれは不快ではなく、それどころか悦びの混じった感覚があった。
ガイウスの手はルイーザの首の細さを確かめるように数回そこを行き来した後、肩甲骨を撫でる。触れられた場所が火を灯されたように熱かった。まるでガイウスの手で全身を燃やされていくかのようだ。
やがて唇が解放されると、ルイーザは口元を涎まみれにしたまま、陶然とした表情でガイウスを見上げた。
ガイウスは微笑んでいた。余裕のある笑みではない。どこか切羽詰まったような、欲望に浮かされたような笑みだった。こちらを見下ろす彼の視線は顔から逸れていて、その先が自分の胸にいっていると気づいたルイーザは、急に恥ずかしさが込み上げてきて、隠そうと腕を動かした。だがそれを察したガイウスに、素早く腕を摑まれて阻まれる。
「ダメだ。見せて」
「……っ!」
ガイウスの力は強く、抵抗できない。それに少し腹が立って、キッと睨み上げてしまう。
だがそんなルイーザのかわいげのない態度にも、ガイウスは笑みを崩さなかった。
「どうしていやなんだ?」
そんなことを訊ねられるとは思ってもいなかったルイーザは、虚を衝かれてポカンとしてしまった。ガイウスは微笑んだまま、自分の返事を待っている。
「……は、恥ずかしいからよ!」
小さな声の返答に、ガイウスが笑みを深くした。
「ふふ……そうか、その顔は恥ずかしいからか。かわいいな」
「……!?」
彼が自分の恥ずかしがる顔を見て喜んでいると理解したルイーザは、カアッと顔に血が上る。
「ば、ばか……!」
ルイーザの渾身の糾弾に、けれどガイウスは肩を竦めただけだった。
「好きな女の恥ずかしがる顔に興奮しない男はいない」
平然と“興奮する”などという言葉を使われ、ルイーザはさらに顔を赤らめる。その顔を見て、ガイウスは喉をクツクツと鳴らした。
「ああ、本当にかわいいな」
ガイウスの頭がルイーザの胸元に降りていく。