貴公子の贄姫
- 著者:
- 栢野すばる
- イラスト:
- Ciel
- 発売日:
- 2021年05月01日
- 定価:
- 792円(10%税込)
潰しましょう、あなたのためならいくらでも。
亡き母が平民だったために、王女でありながら父や乳母たちから虐げられているブランシュ。けれど、乳母の息子で侯爵家の嫡男アルマンだけは、いつもブランシュを助けてくれていた。優しい彼に恋心を抱くブランシュだったが、乳母が火事で亡くなったすぐ後に、アルマンはその死を悼む様子もなく、突然キスをしてきて……!? 真意がわからず混乱するブランシュをよそに、アルマンは彼女をさらなる官能の深みへ堕とそうとするのだが……。
壊れた貴公子×薄幸の王女、凶悪な純愛に囚われて……。
ブランシュ
平民の血を引くせいで父や乳母たちに虐げられている。いつも陰ながら助けてくれるアルマンを慕っているが……。
アルマン
侯爵家の嫡男。一見、非の打ち所がない貴公子だがブランシュ以外には冷酷。家族の死も悲しんでいない様子……。
「なぜ泣いておられるのです? お嫌ですか?」
ブランシュは泣きながら首を横に振る。
「嫌ではないわ。でも、婚約者がいる女はこんな真似をしてはいけないのよ……」
身を切るような思いで答え終えたブランシュは、怯えるようにアルマンの表情を探る。
『ではやめる』と言われたら、身体に溢れた愛情の行き場がなくなってしまうからだ。
灰色の目がブランシュと同じ高さにある。
台の上に立たされているから、いつもとは視界が違うのだ。不思議な気分でアルマンを見つめ返すと、彼は静かに言った。
「ブランシュ様は俺のことを頭から消せますか? 俺を消して、定められたとおりにあの男に嫁ぎ、国王陛下の言いなりに生きていけるのですか」
アルマンの声がいつになく暗い。いつも優しい彼なのに、今の彼はなんだか怖い。
ブランシュは唇を震わせ、正直な思いを口にした。
「貴方のことは……何があっても消せ……ない……わ……」
「そうですか」
暗かったアルマンの声が、いつもの落ち着きを取り戻した。
「消さないでいただきたいので、良かったです」
耳から、アルマンの声が身体の中に染み込んでくる。声を吸い込んだブランシュの身体がじくじくと熱くなる。
「俺はブランシュ様が愛おしくて、他のものが目障りでどうにかなりそうなのです」
「目障り……って……」
「あの毒々しい色の花も、母も妹も目障りでした」
亡くなった二人にそんな言い方をしてはいけない。そう言いかけたブランシュは息を呑む。大きな手が、ドレスの背中のホックを外し始めたからだ。
けれど、アルマンが相手ならば嫌ではない。
ブランシュは身じろぎもせずに、アルマンの胸に顔を埋める。背中のホックが、腰の辺りまで外された。ドレスの上半身が緩み、襟元がゆっくりと開いていく。
背徳感が麻痺してきた。
アルマンがブランシュの両肩を摑み、首の付け根に口づける。唇はもっと下に下りてきて、乳房の稜線の始まりに触れた。
「あ……」
ブランシュは漏れそうになった声を呑み込む。今は夜だ。大声を出したら響いてしまう。
──本来なら、助けを呼ぶべき場面なのに。
アルマンの唇は、更に危険な場所へと下がっていった。
胸の膨らみを優しく吸われるたびに、ブランシュの身体がびくりと跳ねる。
息は熱くなり、アルマンの腕に縋り付く指に上手く力が入らない。反対に、ブランシュの肩を捕らえたアルマンの手には、ますます力がこもっていった。
暗い教具室の中に、肌を吸う軽い音が響く。乳房に唇を感じるたびに、ブランシュの下腹部の奥が疼く。
「も、もうだめよ……そんな場所にまで口づけしては……」
だがアルマンはやめなかった。ドレスが更にずり下がり、胸の谷間が露わになる。アルマンは谷間に顔を押し込むようにして、大きく丸い乳房に舌を這わせた。
「や……あ……っ……」
異様な熱が脚の間に走り、ブランシュは思わず膝を擦り合わせた。吐き出す息が熱い。
ふと我に返れば、アルマンの手はもう、ブランシュの肩を捕らえていなかった。
アルマンは、ブランシュの両脇の壁に手をつき、己の体重を支えている。
ブランシュの両手が、乳房を弄ぶアルマンの頭を摑んでいるのだ。
いつの間にこんな姿勢になっていたのだろう。無我夢中で分からなかった。
「あ……だめ……だめよ……」
乳房を繰り返し舐められ、ブランシュは鼻に掛かった声でアルマンを制した。その声は張りがなく、むしろアルマンの行為を歓迎するように響いた。
「貴女のお身体を、もっとよく見たい」
アルマンが手を伸ばした。カチリ、ぼうっ、という音が続き、辺りがゆらゆらした茜色の光に満たされる。
ブランシュの側に、古い形のランプが置いてあった。
普段から誰かが使っているらしく、油はまだ充分に残っている様子だ。火の勢いでそのことが分かる。
「我慢できない」
アルマンの言葉と同時に、胸の頂にかろうじて引っかかっていたドレスがずるりと滑り落ちた。
胸の全てが露わになる。だがブランシュの手は、アルマンの頭に触れたままだ。
──だ、駄目、胸を隠さなくては……。
分かっているのに、見つめ合った姿勢のまま動けない。
「もっとブランシュ様が欲しい、よろしいですね」
「あ……駄目……っ……」
ドレスの裾をまくり上げられて、ブランシュは思わず小さな悲鳴を上げた。
全身の感覚が、アルマンの手が触れる場所に集まっていく。
「アル……マン……」
掌が肌を滑る搔痒感にブランシュは身を捻る。体勢を崩しかけ、腰の辺りを支えられた。
「しっかり立って、もっと触らせてください」
ブランシュはアルマンの頭から手を離し、肩に手を掛けた。
「……っ……あ……アルマン……嫌……」
「俺は嫌ではありません」
アルマンの優しい声がかすかに歪んで聞こえた。
胸を剝き出しにされ、喪服の裾をまくられたあられもない姿で、ブランシュは泣いた。
「駄目よ……駄目……こんなことしたら私……っ……」
「やめられなくなりますか?」
ブランシュは歯を食いしばり、アルマンの問いに頷いた。
「分かりました。それならば良かった」
「な、なにが……良かったの……」
「俺たちが恋し合っていることが分かって、良かったという意味ですよ」