ソーニャ文庫アンソロジー 化け物の恋
- 著者:
- 山野辺りり、八巻にのは、葉月エリカ、藤波ちなこ
- イラスト:
- Ciel
- 発売日:
- 2021年04月03日
- 定価:
- 792円(10%税込)
人気作家陣が描く、ひたむきで切ない異端の純愛!
英雄として戦地から戻ったものの別人のようになっていた幼馴染。エマは必死に彼の笑顔を取り戻そうとするが……。/大学生の莉緒は引きこもり御曹司(32歳)の世話係。ダメすぎる大人だけれど放っておけない理由があって!?/吉原に売られた音羽は、純朴な絵師と心を通わせる。愚かなことと知りつつも彼との将来を夢想するが……。/火事により容姿を損なった王子は声を失った娘と惹かれ合う。その恋がもたらす騒乱を知らず――。/大好評、ソーニャ文庫アンソロジー第2弾!
カバーイラスト&扉絵:Ciel
エマ
田舎の村で暮らす娘。明るかった幼馴染が戦地から戻ってから、まったく笑わなくなったことを心配している。
莉緒
大学生。一回り年上の引きこもり御曹司・神威の世話をしている。ある事実を知り、神威から離れようとするが……。
音羽
貧しい家に生まれ、9歳の頃に吉原に売られる。仕事で妓楼に出入りしていた絵師の晴太郎に惹かれている。
アミュゼル
幼い頃に家族を一度に失ったトラウマから声が出なくなる。火事により容姿を損なった王子と出会い慕うようになる。
◆おやすみ、愛しい人(山野辺りり)◆
「───潤んだ眼をしている。可愛い」
「か、可愛いって……」
そんなこと、彼に言われたことはなかった。照れ屋なところのあるダニエルが、積極的に女性を褒めるなどこれまで見かけたこともない。ひょっとしたら大人になって言い慣れたのかもしれないが、今は余計なことは考えないようにしようと思う。
この甘い夢を壊したくない。どうせならたっぷり味わい尽くしたかった。
だからエマははにかみながら小声で礼を言う。
「……あ、ありがとう……嬉しい」
「礼を言いたいのは俺の方だ。───やっと長年の夢が叶う。本当はずっとこうして思い切りエマに触れたかった……」
微かに違和感を覚えたのは、エマとダニエルが子供の頃はいくらでも触れ合い、それこそお風呂も眠る時も一緒だった時期があったからだ。それを思えば、彼の言い回しはやや大げさな気がする。だが幼子の戯れとしてではなく、大人の男女の触れ合いとしてなら、意味は分かる。そう納得し、エマはダニエルに微笑みかけた。
「私も同じ。貴方とくっついていると、安心する」
「どちらかと言うと、今は安心よりドキドキしてほしいかな」
「きゃっ……」
大きな手で剝き出しの乳房に触れられ、柔肉が他者の手で形を変えられる様を見せつけられた。
頂がたちまち硬くなり、彼の指で捏ねられると得も言われぬ快感を運んでくる。自分で触れても何も感じないのに、この変化は何だろう。淫らな声が勝手にエマの口から溢れ出た。
「……んっ……ぁ」
「声、もっと聞かせて」
◆バケモノと恋を影にひそませて(八巻にのは)◆
「とにかくあなたも私も、このままじゃ駄目です。だからお互い仕事を見つけましょう」
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!」
「子供じゃないんだから駄々こねない」
「駄々をこねてもいいなら子供になる!」
「子供になるって、三十超えて何言ってんですか……」
「俺は子供だ! 三歳児だと思って扱え!」
「こんな三歳児嫌です!」
莉緒はあきれ果てたが、子供返りした三十二歳は大人に戻るのを頑なに拒否した。
「とにかく俺は嫌だ。莉緒が側にいればそれでいい! 何もいらない! だから就職は駄目だ!」
「ちょっと暴君すぎません!?」
「暴君上等だ! 莉緒を側に置くためなら何でもなる!」
「いや、むしろその主張は暴君を通り越して駄目人間のものですよ?」
「駄目人間でもいい。むしろ駄目人間になるから、ずっと側で世話を焼いてくれ」
「それだと今までと同じじゃないですか」
どこまでも続く不毛な言い合いに、莉緒はため息をこぼす。
(本当に、なんで私、これが好きなんだろう)
◆恋廓あやし絵図(葉月エリカ)◆
背骨をぞわぞわとした戦慄が遡り、音羽は必死に頭を振った。
「やめ……こんなんじゃ、仕事になんないから……っ」
「仕事してほしいなんて誰が言ったよ」
晴太郎は怒ったように音羽を睨んだ。
「思い出させるな。そんなこと」
「ひ……いやぁ……!」
腹いせのように激しくなる指遣いに、腰が浮く。
絵筆を操ることしか知らぬはずの指が、何故こんなに巧みに動くのか。実はすでに経験があるのではないのかと、憎らしいような思いが湧く。
けれど、じゅんじゅんと込み上げる愉悦の前には何もかもが無力で。
閉じた目の裏が橙に染まり、胎の奥がかっと煮えて溶けた。
「あっ……んぅううっ……!」
絶頂に痙攣する体を、晴太郎が片腕でぎゅうと抱きしめた。
もう片方の手の指はまだ音羽の内部にあって、引き絞られる隘路をなおもくじっている。
あまりにも呆気なく果ててしまい、音羽は途方に暮れた目で晴太郎を見上げた。
「どうしよう……」
「何が」
「最初から、こんなに気持ちいいなんて……でも、もう動けないよ……」
快楽という名の泥に絡めとられ、全身が重だるい。
晴太郎としては「仕事」を忘れてほしいのだろうが、それを抜きにしても、音羽からも彼を気持ちよくしたいのに。
「大丈夫だ」
子供がいばって胸を張るように、晴太郎は言った。
「音羽はなんにもしなくていい。あんたのいいところは大体わかった」
◆灰の王と歌えぬ春告げ鳥の話(藤波ちなこ)◆
「さっき私が困ったように見えたなら、それはおまえがあまりに美しくて驚いたからだ。これまで伯爵とあえて連絡を絶っていたのは、もうすぐ嫁ぐおまえに関わってはいけないと考えたから。伯爵夫妻がおまえの将来のためにすることを、どうして邪魔できるだろう。……その前に、最後に会うことができてよかった。竪琴を聴かせてもらえてよかった」
彼の指に力がこもった。アミュゼルはその強さに、彼がアミュゼルのことを同じ想いで好いてくれていると知った。なのに、傷つけることを恐れるかのように、彼の指からゆっくりと力が抜け、離れてゆく。
アミュゼルはその手を強く引き留めた。ヴィクトールが怪訝そうに顔を覗き込んでくる。
この気持ちを彼に伝えることは罪だった。身分の違いを弁えない振る舞いで、彼の思いやりを無にすることだった。けれど、それでもよかった。
瞬きも忘れ、アミュゼルはヴィクトールをまっすぐに見つめた。ペンをとる余裕などなかった。彼への思いを書き尽くすこともできない。ただ、見つめることで伝えたいと思う。
「……私も、おまえのことが好きだ。だが、おまえのためにならないんだ」
苦しげな声で言い切って、ヴィクトールは手を引いた。アミュゼルは寂しさに突き動かされ、ぶつかるように強く彼の大きな体軀を抱きしめた。もう会えなくなってしまうのなら、一晩だけでも彼の側にいたかった。