地味系夫の裏の顔
- 著者:
- 春日部こみと
- イラスト:
- 涼河マコト
- 発売日:
- 2019年11月02日
- 定価:
- 748円(10%税込)
逃げては駄目ですよ。これはオシオキなのですから。
匂いだけで人を当てられるほど鋭い嗅覚を持つ公爵令嬢のイスラは、周囲に馴染めず引き籠もりがち。だが、不幸なハプニングにより、王太子の近衛騎士・ノアと結婚することに! 『幽霊騎士』と揶揄されるほど存在感のない彼。けれど、ノアは決してイスラの嗅覚のことを気味悪がったりはしなかった。そんな彼に惹かれていくイスラだが……。迎えた初夜、ベッドの上の彼は普段の地味さから一変、まるで別人のように雄の色気ムンムンで迫ってきて――!?影の薄い『幽霊騎士』は、ベッドの上ではケダモノでした!?
イスラ
嗅覚が非常に鋭く、匂いだけで様々なことがわかってしまう。他の人と違う匂いのするノアが気になっていた。
ノア
長い前髪と眼鏡で顔を隠しているが、実はとてもイケメン。存在感ゼロなのに、イスラにはなぜか気づかれる。
「いい子ですね。達きなさい、イスラ」
ノアが優しく言って、膨れ上がった陰核に歯を当てる。
鋭い刺激に、イスラの中で熱が弾けた。
「ぁあああっ!」
甲高い悲鳴を上げて、イスラは高みに駆け上がる。
身の内側に閃光が走ったかのような一瞬の後、鮮やかだった愉悦が光の欠片のように細かくなって身体のあちこちに散らばっていく。
四肢を戦慄かせながらその名残を味わっていると、ノアが身体を起こして、トラウザーズの前をくつろげた。
ぶるんと現れた赤黒い肉棒に、快楽に濁っていたイスラの意識が一気にクリアになる。
「!? そ、それは、何!?」
言いながらも、イスラには答えが分かっていた。匂いで分かる。濃厚なムスクの香り──雄の匂いだ。雄蕊である。つまり、あれを自分の雌蕊に受け入れるということか。
天を衝く勢いで隆々と勃ち上がっているそれは、赤黒く、つやつやとしていて、太い雁首が張り出している。形だけ見れば大きなキノコのようにも見えるが、竿の部分にドクドクと脈打つ血管が浮き出していて、明らかに植物ではないと分かる。イヤ、血管を見なくても、ノアの身体から突き出ているのだから、植物でないのは一目瞭然なのだが。
イスラの問いを受けて、ノアは自分のそれを見せつけるように手で持ち、軽く動かした。
「これは──」
「言わなくていいわ! 分かっています!」
ノアの答えに被せるように言って、イスラは上体を起こして右の掌を前に突き出す。
「でも無理です! わたくしにはそんなもの、絶対に入りませんから! 無理です! わたくしの雌蕊はこんなに小さいのに、そんな凶悪な大きさの雄蕊が入るわけないです!」
蒼褪めた顔で必死に言い募るイスラを、ノアはポカンとした顔で見つめていたが、やがてニッコリと微笑みを浮かべて言った。
「入りますよ。大丈夫」
(根拠はどこ──!?)
「大丈夫なわけないでしょう! 死んでしまうわ!」
ブンブンと頭を振って拒絶していると、イスラの肩をノアの大きな手が覆った。その手の温かさと優しい声音に、イスラはなんだかホッとしてノアを見上げる。
ノアの瞳はチョコレートのような甘い光を湛えていた。
「死にませんよ。これはそんなに怖いものではないから」
穏やかに諭され、イスラの毛羽立った感情が少し和らいだ。
「こ、怖く、ない……?」
「そう、怖くない、怖くない」
呪文のように繰り返して、ノアはイスラの手を持って、自分の陰茎へと導いた。
「……こ、怖く、ない……?」
(……って、そんなわけないでしょう!)
雰囲気に流され、ノアにごまかされそうになっていると気づいたイスラが、慌てて手を引こうとしたけれど、時すでに遅し。
イスラはノアの陰茎を右手で握らされていた。
「きゃー!」
握っている。ついさっき生まれて初めて男性の雄蕊を見たばかりだというのに、それを握り締めてしまっている。悪夢だろうか。
現実を直視したくなくて叫んだイスラに、ノアがちゅ、と唇にキスを落とす。
「落ち着いて」
「落ち着けません!」
キスでごまかされると思うなよ! と?みついてやると、ノアがフフフと愉しそうに笑った。
「毛を逆立てた仔猫のようだな。あなたは怒っていても可愛いんですね」
「可愛いとか可愛くないとかそれどころじゃないですわ! 今わたくしは生きるか死ぬかの瀬戸際なのです!」
この会話の間も、イスラの手は陰茎を握ったままである。ノアの手に動きを封じられているからだ。しかも、その陰茎を上下に扱くように導かれている。
「どう? まだ怖いですか?」
訊ねられ、改めて考えてみれば、怖いという気持ちはもうなかった。
(……そういえば、昔お母様が『怖いと思うのは、知らないからだ』っておっしゃっていたわね……)
幼い頃に亡くなった母は、とても気丈な人だった。鋭い嗅覚が原因で人が怖くなって泣くイスラに、怖いならば相手を知ればいいのだと教えてくれた。公爵夫人なのに偉ぶったところがなく、大口を開けて笑う人だった。イスラはそんな母が大好きだった。
母は馬車の事故で亡くなった。イスラは事故の際、母と同乗していたらしいのだが、その時のことをまったく覚えていなかった。強烈な恐怖と悲しみで、記憶を封じてしまったのだろうと医者は言っていた。
(お母様が生きていたら、私の結婚をなんておっしゃったかしら?)
きっと『あら、男前が落ちてきて、幸運だったじゃないの!』と笑い飛ばしただろう。
「……もう、怖くはありません」
そう答えたイスラに、ノアはホッとしたように頷く。
「イスラ、今からの行為はあなたにとって初めてだから、怖くて当然だと思います。だけど、僕らは夫婦です。いずれにしても避けて通れない道だから、まずは一度試してみませんか?」
正論で宥められては、頷くほかない。
もとより、イスラとてノアと睦み合いたくないわけではない。両親のように仲の良い夫婦になって、幸せな人生を共に歩んでいきたいと思っている。なにより、イスラはノアが好きだ。愛と呼べるほどの感情かは分からないが、彼にドキドキするし、結婚式で唇にキスされなかったことを残念に思う程度には、彼に恋をしているのだと思う。
ならば閨事から逃げている場合ではないだろう。
(……怖ければ、相手を知ればいいのよ)
母の言葉を思い出し、イスラはノアに向き直る。
「分かりました」
するとノアはホウ、と溜息を吐いて、イスラをガバリと抱き寄せた。
「ありがとう、イスラ。多分、初めては痛いと思うのですが、心を込めて大切に抱きますから」
大切に抱く、などと言われて、嬉しくない女がいるだろうか。
胸にじんときて、イスラはノアの裸の胸に頬ずりをするように顔をくっつけた。するとノアの鼓動の音がダイレクトに伝わってきて、その速さに目を瞬いた。自分の心臓よりもずっと速い速度で脈打っている。
(……ノア様も、緊張していたの……?)
自分だけが緊張しているのだとばかり思っていたので、その事実に驚いたのと同時に、なんだか嬉しくなった。この結婚は、お互いが望んでのものではなかった。それだけに、やはり本当は相手に疎まれているのではないかという不安が、胸のどこかに潜んでいたのだ。
ノアも心臓が早鐘を打つほどには不安だったのかもしれないと思うと、深い安堵と、ノアに対する慈しみの気持ちが湧いてくる。
「ノア様……」