背徳騎士の深愛
- 著者:
- なかゆんきなこ
- イラスト:
- 白崎小夜
- 発売日:
- 2019年10月03日
- 定価:
- 748円(10%税込)
今はまだ、あの男の代わりでいいから……。
憧れの騎士と政略結婚をしたレティーシャ。だが彼はレティーシャを抱く気になれないと、初夜の契りを交わさぬまま赴任地に戻ってしまう。夫の無事を祈り、待ち続ける彼女だが、ある日、彼の部下シーザーに夫の訃報を届けられる。さらには、夫の愛人を名乗る女とその息子も現れて……。「俺なら、あなたを悲しませたりしないのに」傷つき自暴自棄になったレティーシャは、女としての自分を必要としてくれるシーザーに縋り、ついには一線を越えてしまい――。
一途な騎士×薄幸の未亡人、逃れられない背徳愛。
レティーシャ
夫を戦争で亡くした上に、彼の愛人とその息子が現れ自暴自棄に。献身的に支えてくれるシーザーに惹かれていき…。
シーザー
夫の部下だった騎士。夫を失い憔悴するレティーシャを支える。レティーシャのことをずっと想っていた様子。
「俺なら……」
縮こまって泣き続けるレティーシャの身体が、ふいに強く抱き締められる。
(え……)
「俺なら、あなたをこんなに悲しませたりしないのに」
「シーザー……様……?」
驚き、顔を上げたレティーシャの間近に、男らしく整った彼の顔が迫る。その蒼い瞳は何かに焦がれるように熱い光を宿し、切なげにレティーシャを見つめていた。
「俺を見てくれ。俺を……求めて。レティーシャ」
シーザーはその大きな掌で、未だ冷たい彼女の両頬を包み、囁く。
「今はまだ、師団長の代わりでもいいから。俺に、あなたを慰める権利をください」
(慰める権利……?)
彼はもう十分すぎるほど自分を慰めてくれているのに、これ以上があるのだろうか。
(あっ……)
戸惑うレティーシャの唇に、シーザーの唇がそっと重ねられる。
一度目のキスは、ほんの一瞬。掠めるように唇を合わせたあと、レティーシャの反応を窺ったシーザーは、再び触れるだけのキスを彼女に贈った。
「んっ……」
今度はぎゅっと身体を抱き寄せられ、長く唇を重ね合う。触れたところから彼の温もりが伝わってきて、心が騒いだ。
でも、それは決して嫌な感覚ではなかった。むしろ、安心する。
凍えた身体が火の暖かさを求めるように、レティーシャはシーザーの温もりを欲した。
「あ……っ」
やがてただ唇を合わせるだけに留まらず、彼の舌が咥内に分け入ってくる。こんな深いキスをされるのは生まれて初めてのことで、レティーシャは困惑した。
けれどやはり嫌悪感は湧いてこず、舌を絡め取られ、歯列をなぞられる度、甘い痺れが身体に広がる。
そうしてひとしきり彼女の唇を堪能したシーザーは、涙に濡れたレティーシャの目元や頬を唇で拭い、額や唇に触れるだけのキスを与えながら、そっと彼女の濡れた服に手をかけた。
この段になって、ぼうっとしてされるがままだったレティーシャもさすがに彼の意図に気づく。シーザーの言う『慰め』とは、つまりそういう意味なのだろう。
しかし彼女は不思議と、抵抗する気にはなれなかった。今更、自分の身体なんて、貞操なんて、どうでもいい。どうなっても構わない。倫理観など、今の自分には何の慰めにもならないのだから。
それよりも、シーザーが与えてくれる温もりにただ身を委ねたいと思った。
濡れて重くなっていたナイトドレスが彼の手で脱がされ、身体が軽くなる。次いで同じくずぶ濡れになっていた下着も取り払われ、生まれたままの姿にされる。
夫ではない若い男性の前で、裸を晒す。なんて恥ずかしくて、はしたない行為だろう。
おまけに自分は、ヴェロニカのように豊かな胸もお尻も持っていない。夫にさえ見向きもされなかった貧相な身体を、シーザーはどう思うだろう。幻滅するのではないか。
そんな気にはなれないと拒絶された初夜の苦い思い出が甦り、レティーシャは表情を曇らせる。シーザーが自分を女として見てくれるのか、ふいに不安になったのだ。
夫がそうだったように、彼もまた、自分を拒むのではないか。
(だって私は、一度も……)
しかし胸元と秘所を自身の手で隠し、床に座り込んで俯く彼女にかけられたのは、落胆の声ではなく感嘆のため息だった。
「なんて美しいんだ……」
(え……)
恐る恐る顔を上げれば、シーザーは頬を紅潮させ、レティーシャに熱い眼差しを注いでいる。彼の目はキラキラと輝き、劣情の色を濃く孕んでいた。
(本当……に、この人は、私を求めてくれているの……?)
女としての価値が無いと夫に見放されていた自分を、彼は望んでくれるのか。
「……っ、すみません。つい、見惚れてしまって。ここじゃ冷たいでしょう。さあ、こちらへ」
シーザーはレティーシャの身体をそっと抱き上げ、ベッドに運んだ。
寝具を床に落とし、シーツの上に寝かせられる。リネンから彼の──男の匂いがして、どきっとした。
そんな彼女を横目に見ながら、シーザーはベッドの横で自身の寝間着に手をかける。といっても彼はレティーシャのように全裸にはならず、上半身だけ裸になり、ベッドにのり上げた。
シーザーの身体には、もう包帯は巻かれていなかった。逞しい身体が間近に迫り、レティーシャの胸がとくんと高鳴る。
彼は壊れ物に触れるように慎重な手つきでレティーシャの肌を撫でた。冷え切り、青白くなった手や足を「かわいそうに」と言っては優しく擦り、自らの体温を分け与えるように肌を合わせる。
シーザーの身体は温かくて、ただ抱き合い、触れ合うだけでも心地良かった。
彼に優しく扱われる度、粉々に砕けていた自尊心が、女としての自信が、少しずつ癒やされていくのを感じる。
自分が今、許されざる行為に及んでいるという意識はあった。けれど一度知ってしまった安らぎを手放すには、レティーシャの心は弱り、傷つきすぎていたのだ。
「シーザー様……」
レティーシャは自分に覆い被さる男の背に腕を回し、懇願する。
もし私があなたにとって、抱くに足る女であるのなら──
「助けて……。嫌なこと、辛いこと、悲しいこと。全部、忘れさせて……」
たとえこのあと手酷く扱われたとしても構わない。もう、どうなったっていいから。
だから、今だけでもいいから、お願い。私を愛して。
涙を湛えて訴えるレティーシャの望みに、シーザーはキスで了承の意を返した。