腹黒御曹司は逃がさない
- 著者:
- 月城うさぎ
- イラスト:
- 氷堂れん
- 発売日:
- 2019年09月02日
- 定価:
- 748円(10%税込)
僕の愛を受け入れて。
清華妃奈子には、忘れたい男がいた。両親の離婚を機に自分の後見人となった、10歳年上の御影雪哉だ。妃奈子の淡い初恋の相手でもある彼。しかし、優しい笑顔の奥に潜む男の欲望を知った妃奈子は、逃げるようにして彼のもとを離れた。早く結婚相手を見つけ、彼から自立したい。そう思い、出会いを求める妃奈子だったが――。「僕を嫉妬で狂わせるつもりですか?」仄暗い笑みを浮かべた雪哉に押し倒されて、淫らなキスをしかけられ……。
“幼馴染みのお兄ちゃん”の重すぎる愛に、身も心も囚われて――。
清華妃奈子(きよはな・ひなこ)
両親の離婚を機に雪哉の家に引き取られる。雪哉の欲望を知ってからは彼から離れようとしている。
御影雪哉(みかげ・ゆきなり)
妃奈子の後見人となり、彼女をずっと見守っている。しかし、家族以上の感情も秘めていて……。
「あなたは、あなたを裏切ることがなく、ずっと傍にいてくれる相手を求めている。それは全部僕が与えましょう。家族愛も親愛も、情熱的な男女の愛も。僕がすべてひなちゃんに与えます。あなたはただ、僕の愛に溺れていればいい」
それはなんて甘い誘惑だろう。
話をする友人はいても、特別仲のいい相手がいたことはない。人とのコミュニケーションに不安はないが、相手に深入りすることを恐れ、ブレーキをかけてしまう。
両親はかつて愛し合っていたはずなのに、別れてしまった。彼らの愛情が冷え切っていたのを覚えている。永遠の愛などないのだと幼い頃に知ってしまったせいで、いずれやってくる別れを怖がってしまうのだ。
雪哉と結婚すれば、心のどこかに空いてしまった穴が、満たされるかもしれない。
──孤独だった私にずっと寄り添ってくれたのは、雪哉さんとおじさまだけだった……。
御影邸に住むことになったときも、心細い気持ちになったときも、不安を取り除くようにずっと雪哉が傍にいた。
両親が離婚した際、どちらも自分を引き取りたくないと知ったとき、雪哉が名乗り出てくれてどんなに安堵したことか。
ついさっき拒絶したくせに、頷いてしまおうか、と妃奈子の心が囁く。
思う存分甘えても、きっと彼は受け止めてくれるだろう。むしろ、妃奈子が彼に甘えることこそが、彼の望みでもあるのだから。
だが、それでは一生自立ができないし、成長も望めない。
妃奈子の心は雪哉に大きく傾いたが、すんでのところで首を左右に振った。
「ごめんなさい。私は、雪哉さんを異性として愛しているわけではないわ。あなたに向ける気持ちが恋心じゃないのに、雪哉さんの愛を受け入れることはできない」
妃奈子の弱い心を柔らかく撫でられ、その心地よさに流されたくなった。
しかし流されてはダメだ。それでは今までとなんら変わりない。
彼への気持ちに名前がつけられないうちは、絶対に首を縦に振ってはダメだ。それに、彼の気持ちが独占欲や執着心からではなく、心から好きなのだと言われるまで、妃奈子は雪哉を受け入れるべきではない。
妃奈子の気持ちは雪哉に通じたかのように思えた。
彼は微笑みを浮かべ、とろりとした優しい声音で妃奈子を甘く誘惑する。
「なるほど、僕への気持ちが恋心でも愛でもない、と。……それなら少し試してみますか」
「……え?」
「嫌なら力ずくで抵抗しなさい」
そう耳元で囁かれた直後、妃奈子の唇は雪哉のもので塞がれていた。
「──ッ!」
目前に雪哉の端整な美貌が映る。
驚きと困惑のまま慌てて瞼を閉じると、視覚以外の感覚が雪哉のキスを生々しく伝えてきた。
唇の感触、温度、吐息。彼の髪が頬をかすめるのもくすぐったい。
今まで雪哉が妃奈子を性的に触れてくることは一度もなかった。もしかしたら彼の方はそういうつもりで触れてきたことがあったかもしれないが、妃奈子が不快感を覚えることも、男女の触れ合いを感じたこともなかったのだ。
──イヤなら抵抗しろと言われたけど、どうしよう、クラクラする……。
薄く開いた口の隙間に舌がねじ込まれた。
肉厚な彼の舌が、口内を蹂躙する。はじめての経験に一瞬身体が強張ったが、逃げる妃奈子の舌に彼の舌を絡められ、上顎をざらりと舐められると思考に霞がかかってくる。
──頭がぼうっとして、身体の熱も上がってきた気がする。腕を突っ張って拒めばいいのに、身体が動かない……。
本心はイヤではないのだろうか?
生理的な不快感はなく、触れ合う熱が気持ちいいとさえ思ってしまう。
妃奈子に男性との交際経験はない。女子高に通い、大学は共学だったがサークル活動もしなかったため、親しい男性の友人もできなかった。
はじめてのキスが雪哉だったことは、彼を純粋に慕っていた頃ならうれしかっただろう。だが今になっては、やっぱりこうなってしまった、という気持ちしかなかった。
──心のどこかで、いつか彼からキスをされると思ってた。
そのとき自分はどう感じるんだろう? と考えたこともあったけれど、今は、どう感じるかを考える余裕などなく、心も身体もぐずぐずに溶かされそうになっている。
静かな部屋に生々しく響く唾液音や息遣い。酸素不足で苦しさを覚える。だが雪哉だから、嫌悪感を覚えずに翻弄されてしまうのだろうか。
「ひなちゃん、ちゃんと鼻で息して……」
チュッ、と唇に触れるだけのキスを落とし、顔を離した雪哉が艶めいた声で囁く。うっすら目を開けると、熱を帯びた彼の瞳が視界に入った。
凄絶な色香にあてられ、妃奈子の下腹がキュッと収縮した。もし立っていたら膝から頽れていただろう。
雪哉は上半身を起こし、唾液で濡れた唇を親指で拭った。彼の仕草のひとつひとつに視線が奪われ、妃奈子の心臓がうるさく騒ぐ。
「……っ」
「……そんな顔で見つめてくるなんて、ねだられているようにしか思えませんよ。イヤなら力ずくで抵抗しなさいと言ったのに……、そんなに僕とのキスが気に入りましたか?」
妃奈子はキュッと唇を引き結んだ。意地悪な質問には黙秘で応える。
きっとはじめての経験に翻弄されてしまっただけだ。
弱々しくでも押し返すことができなかったのはさすがに少々どうかしていると思うが、嫌な気持ちにならなかったのだ。
キスが嫌いでないのか、相手が雪哉だからなのかは、比較対象がいないからわからない。
まったく意識していなかった人──たとえば職場の同僚など──とキスができるか? と想像すると、答えは当然ながらNOだ。もちろん、相手は既婚者なので自然とブレーキがかかってしまうが。
「上気した頬に潤んだ目。その表情が男を煽るだなんて知らないんでしょうね……。僕の知らないところで一体何人の男が、この愛らしい唇に触れたのか……」
雪哉の瞳の奥がワントーン暗くなる。
片手を拘束されたまま、妃奈子は首筋にキスを落とされ……チリッとした痛みに柳眉を寄せた。
「ン……ッ」
鼻から抜けるような声が恥ずかしい。
首筋に顔を埋めるようにキスをされ、捕食者に捕らわれた草食動物の気分を味わう。
己の急所を無防備に晒している。いつ相手に食われるかわからない緊張感を肌で感じながら、妃奈子は理性の手綱をしっかりと握った。
──ダメ、これ以上許してはダメ。正直少し流されかけていたけど、それでも私は……!
手首の拘束が緩んだ一瞬の隙をついて、妃奈子は雪哉の胸を両手でグイッと押した。彼を退け、上体を起こす。
話し合いをするのにベッドの上は危険だが、雪哉は意思を示した妃奈子をもう一度押し倒す真似はしないだろう。
「……私は、本音を言うと恋や愛がよくわかっていないの。子供の頃から傍にいて助けてくれた雪哉さんには心から感謝しているし、好きだと思う。けれどこの気持ちが家族としての気持ちなのか恋心なのか判断がつかない。だから、私はこれから真剣に結婚を視野に入れた恋人探しを始めたいと思ってる」
──言った……!
婚活をすると、きちんと彼に宣言できた。
きっと自分の経験が少なすぎるから、答えが見つからないのだ。
これからもっと仕事に慣れ、時間の余裕が生まれれば、さらに婚活に励めるだろう。手始めに友人が利用している日本の婚活アプリをダウンロードしてみるのもいい。
妃奈子の宣言に、雪哉は激高することなく、静かに頷いた。
「なるほど、あなたの気持ちはわかりました。それでは僕と勝負をしましょうか」
「勝負?」
聞き慣れない言葉に、妃奈子は首を傾げた。雪哉は今まで妃奈子相手になにかを挑んでくることは一度もなかった。
不穏な雲行きを肌で感じ、妃奈子はじっと雪哉を見つめ返した。
「簡単です。今から半年以内に、僕の前にあなたの愛する男性を連れてくればいい。あなたが本物の愛だと断言できて、その人とでないとあなたが幸せになれないのだと僕を納得させられれば、僕はひなちゃんの幸せを願って身を引きましょう」
「……それができなかったら?」
「半年後に僕と入籍してください」