ストーカー騎士の誠実な求婚
- 著者:
- 秋野真珠
- イラスト:
- 氷堂れん
- 発売日:
- 2019年04月26日
- 定価:
- 726円(10%税込)
つきまといじゃない、見守っているだけだ。
下町のパン屋で働くエリーは、ある日、何者かに殴られて意識を失ってしまう。目を覚ますと、そこは、平民で構成された治安組織・衛士隊の控室で、目の前には衛士とおぼしきグレイがいた。紳士的な彼にひと目惚れしたエリーは、それから何度もグレイと遭遇。彼に運命を感じていた。ふたりの距離はやや強引に縮まり、熱い一夜を過ごすのだが……。実は、彼が騎士であり、このところずっとエリーにつきまとっていたと知らされて――!?
一途すぎる騎士×しっかり者の町娘、愛しい女性は陰からそっと見守ります!?
エリー
パン屋で働く町娘。孤児院で育ち、今はスラムで暮らしている。最近誰かに後ろをつけられている気がしている。
グレイ
気を失ったエリーを助けた美丈夫。エリーに一目惚れをしてからというもの、彼女の後をこっそりつけまわしている。
「──あっ」
弾けるように上がった声が自分の声であることに遅れて気づき、エリーは驚いた。
ベッドに倒れ込んだ後で、エリーはグレイに力いっぱいに抱きしめられた。
しばらくして、何かに満足したように深く息を吐いた彼は、腕の力を緩めて大きな掌をエリーの身体に這わせ始める。
肩を辿って腕に向かい、途中で腰を?んだかと思うと、そのまま上へ滑らせて胸の上で止まった。
思わず声を上げてしまったのは、その手が胸を包み、ゆっくりと柔らかさを確かめるように揉み始めたからだ。
──胸が……小さい、かも。
いったいどうしてこんなことになったのか。
自分から手を伸ばして誘ってしまったことに後悔はないけれど、羞恥がなくなるわけではない。これから何が起こるのか、今何をしているのか、理解はしている。
望まなかったといえば嘘になる。
それが、恋の延長線上にあるものだともわかっている。
けれど、せめてもう少し胸が大きければと思ってしまう。彼に残念に思われないか、それだけが気がかりで状況について行くことに遅れた。
「ん……っん!」
グレイの顔がエリーの首筋に埋まる。まるで匂いを嗅いでいるかのような吐息を感じて、唇を強く結んだ。
口を開くと、恥ずかしい声がもっと出てしまいそうで怖かったからだ。
そうしているうちにボタンが外されて、胸元が露わになる。
誰かに肌を見せるなど、子供の頃にお世話になったシスターを除けば初めてのことだ。
一瞬戸惑いが浮かび、胸を隠そうとしたものの、グレイの動きの方が早かった。
首元にあった顔は、滑るように鎖骨から胸元に下がる。
「あ……っん」
何か、熱いものが肌の上を這っている、と思った瞬間、それがグレイの舌だと理解し、顔が熱くなった。
──舐め……て、いいところ?
何をするか知らないわけではないが、細かなところまで知っているわけではない。
恥ずかしいから待って、と言うべきかどうか考えて、グレイの手が両胸を挟み、そこへ自分の顔を包み込むように埋めた時、やっぱり止めた方がいいかもしれない、と制止のために手を上げた。
しかしその手はグレイの手によってベッドの上に押さえつけられてしまった。
いつ胸から離れたのか。素早い動きに驚いていると、グレイは胸から顔を離した。何か強い感情を燻ぶらせているような熱い視線がエリーを射貫く。
「──キスを忘れていた」
「──ん!!」
少し待って、と言いたかった。正しい順序など知らなかったが、グレイの顔が近づいたと思った瞬間、エリーの唇は塞がれていた。
初めてのキスだった。
グレイが何を思っているのか、エリーの身体に教え込むかのように強く激しいキスだった。
「ン、ン、ン……っ」
重なった唇は、エリーの呼吸を奪い、深く、角度を変えながら交わる。エリーの肌を舐めた熱い舌が強引とも取れるような強さでエリーの口腔に入り、歯列をなぞった。
奥に引き込んでいたエリーの舌を誘うように蠢いて口の中を蹂躙したかと思うと、溢れる唾液を持て余していたエリーからそれを吸い上げ、飲み込んだ。
「…………っ」
あまりにも性急で強引な初めてのキスに、エリーは眩暈を覚える。
その強さに羞恥を感じながらも、相手がグレイであることに嬉しさも感じていて、そんな自分がますます恥ずかしかった。
滴る唾液を音を立てて吸われることに狼狽え、解放を求めて口を開くと、グレイはわかっているというようにエリーから唇を離した。
しかしすぐに先ほどの激しさから一変した、優しいキスを頬や鼻先に繰り返す。
性急なのか穏やかなのかわからない、彼の愛撫の波に翻弄されて、エリーの呼吸はすっかり乱れていた。
──なんか、早まった、かも……
そばにいないと不安を感じた。
抱きしめられると、嬉しくてほっとした。
だから自分から手を伸ばしたのだが、想像以上にグレイは手慣れているようだ。同時にグレイの過去を考えてしまい、面白くない気持ちが沸き起こる。
──あたしより、年上なんだから……当然、なんだろうけど。
それが嫉妬だと、エリーはわかっていた。
けれど、わかっているからといって、この不安な気持ちが落ち着くわけではない。
「エリー?」
顔に表れていたのだろう。グレイが探るようにエリーの目を覗き込んでくる。
「どうした?」
「……べ、別に」
「別に?」
エリーの動揺をまったく理解していない様子のグレイの顔がなんだか憎たらしく思えてきて、エリーは顔を背けて、子供のように拗ねた声を出してしまった。
「──な、慣れてるなぁ、と思って」
──そんなこと言って、どうするの!?
言ってしまった直後に後悔したが、発した声は戻らない。
直球すぎる自分の言葉に狼狽え、顔がまた熱くなる。しかしグレイは真剣な顔で見つめていた。視線を合わせるために、エリーの顎を取って自分の方へ向けたほどだ。
「──エリーだけだ」
「……えっ」
「僕は他に、誰も知らない。エリーだけだ」
「─」
そう言われて、エリーに何が言えるだろう。
「エリーのために勉強はした。エリーとの睦み合いを妄想しすぎておかしくなりそうなほどに。だが、妄想と現実の違いに狼狽えている。──手荒くしてしまいそうなのを、必死で抑えているんだ」
さらに強く身体を押し付けられると、腰の辺りに彼の欲望を感じた。
エリーは顔どころか、耳も身体も真っ赤に染まっているのではと思うほど、全身が熱かった。
口だけがぱくぱくと動くが、何と言えばいいのかわからない。
──いや、妄想って何!?
おかしくなりそうなのが自分だけではないと思い、安心しそうになったが、彼の発言を理解すると狼狽えた。
だがグレイは自分の想いをぶつける良い機会だと思ったのか、そのまま熱い視線をエリーの身体に注ぎながら続けた。
「本能のままに性急にして終わりなど、あまりにもったいない。じっくり、ゆっくり、綿密に調べて、確かめて、エリーを知っていくことが大事だと思う。だからやはり、ここは時間をかけることが正解だろう……」
「────……」
強いグレイの眼差しに、大事なことを言われているのだろうとちゃんと聞いてしまったエリーだが、聞かない方が良かった気がする、と表情が強張った。
今のは本当に、あの優しく、紳士的なグレイが言った言葉だろうか。
「……あ、あの、ま……っ」
「大丈夫だ。僕は君のためなら、いくらでも時間をかけられる」
「あ、あの、そうじゃな……っ」
真面目ではあるが何か違う。エリーは一旦止めようとしたが、大きな身体に似合わず非常に器用なグレイは、エリーの服を手早く脱がしてしまった。
スカートもあっさり引き剥がされて、下着だけの心許ない姿を晒すことになったエリーはすっかり動揺し、ここからどうすればいいのかわからない。
「君のすべてを確かめたい。すべてを知りたい。大丈夫だ。じっくり、ゆっくり、する」
そんなに時間をかけるものなのだろうか。
むしろ、時間をかけられた方が恥ずかしさが増す気がする。
「ま──」
待って、と言いかけた声は、もう一度グレイの口の中に消えた。
今度は優しく、ゆったりとしたキスを与えながら、グレイの手がゆっくりとエリーの肌の上を伝っていく。
──これ、本当に……だめ、かも。
エリーは弱音を吐きそうになっていたけれど、宣言通り愛撫は優しくゆっくりで、心情とは裏腹に身体の準備は整っていくようだった。