人は獣の恋を知らない
- 著者:
- 栢野すばる
- イラスト:
- 鈴ノ助
- 発売日:
- 2019年02月04日
- 定価:
- 726円(10%税込)
誰にも渡さない。俺だけの姫様……
婚約式の場で大怪我をして政略の駒になれなくなったフェリシアは、王である兄の計らいにより、彼の腹心でフェリシアの初恋の人、オーウェンと結婚することになる。けれど彼の献身ぶりは夫というより従者のようで、夫婦の営みもないまま。不本意な結婚を強いてしまったと心を痛め、彼から離れようとするフェリシアだったが……。「今から貴女の夫として振る舞わせていただきます」オーウェンは箍が外れたかのようにフェリシアに欲望をぶつけてきて――!?
忠実なる兄の側近×薄幸の王妹、理性に隠した獰猛な執愛!
フェリシア
国で一番の貴婦人と評される王妹。オーウェンを密かに慕い続けていた。兄のため政略結婚を受け入れるが……
オーウェン
切れ者と評判の王の筆頭書記官。王やフェリシアを幼い頃から支えている。常に冷静で動揺することはめったにない。
「どうかお帰りください、ご自分のお部屋に」
言葉とは裏腹に茨のように絡みつく腕に抱きしめられたまま、フェリシアは首を振った。
「本当に貴女を放せなくなります。私の話を聞いていなかったのですか? 貴女を苦しませているのは、私の愚かさゆえだとご説明申し上げたはず」
「聞いていたわ」
震え声でフェリシアは続けた。
「聞いていたけれど……嬉しいの。私、足の代わりにオーウェンを得たのでしょう? それならば、満足よ。だって貴方のお嫁さんになれたんだもの……」
オーウェンの長い指が、フェリシアの髪をそっと摘まんだ。逞しい身体から激しい鼓動が伝わってきて、フェリシアの胸がつられて高鳴る。
「満……足……」
掠れ声でオーウェンが繰り返す。フェリシアは頷いて、彼の銀の目を見上げた。
「そうよ。ラズル様のところに行くのは嫌。貴方が好きだから、貴方の側にいたかったの」
「……私といたら、貴女はどこまでも壊されるのに……それなのに満足だと?」
オーウェンは、とても不思議そうだった。フェリシアはわずかに首をかしげる。壊されるとはどういう意味だろう。
オーウェンは立派な貴公子で、王宮中の信頼を得ていて、自分には勿体ないくらいの男性なのに。
そんな人の妻になれて不幸なはずがないのに、何が壊されるというのだろうか。
フェリシアは顔を上げ、どこかぼんやりした表情のオーウェンに言った。
「いいえ、壊れたりしないわ。どうして? 私、貴方の妻になれて幸せなのに」
フェリシアの答えに、オーウェンが口元をほころばせた。けれど、目が笑っていない。こんな笑い方をするオーウェンは初めて見る。
「そう、貴女は壊れないのですね……。それなら……良かった」
優しいくぐもった声に、得体の知れない何かが潜んでいた。怖いのに、『何か』の正体を知りたくなる。フェリシアはオーウェンの目に惹きつけられたまま、しっかりと頷いた。
「では、貴女は俺のものだ、フェリシア様」
俺、という言葉に、フェリシアはかすかに身体を震わせた。まるで庶民の男性のような言葉遣いだ。彼が自分を『俺』というのは初めて聞いた。
不思議に感じるけれど、嫌ではない。
──どうしたのかしら。
困惑しつつ、フェリシアはオーウェンの顔を見上げた。
「今から貴女の夫として振る舞わせていただきます」
染み入るような声に聞き惚れていたフェリシアは、言葉の意味を理解して真っ赤になる。
焼けるように火照った顔で頷いてみせると、オーウェンがうっすらと笑みを浮かべた。
優しげで静かで、きらめくように美しいオーウェンの笑み。だが、その静謐さの奥に、フェリシアの知らなかった獣性が滲んでいた。
銀に染まった神秘的な瞳に引き込まれそうになり、フェリシアは震える手でオーウェンの頬に触れた。
オーウェンの指が頤に触れ、フェリシアの顔を上向かせる。
不自由な身体を巧みに支えながら、オーウェンは再びフェリシアに口づけた。逞しい片腕に抱えられ、顎を固定されたまま、フェリシアはされるがままに口づけを受け止める。
逞しい身体から、激しい熱が伝わってくる。引き締まった胸も力強い腕も、フェリシアのものとはまるで別物だ。うっとりと口づけに身を任せていたフェリシアは、唇を舌先で割られ、身を固くした。
「ん……」
舌で口の中を探られて、身体の芯がむずむずしてくる。
フェリシアは恐る恐る、オーウェンの舌先に、己の舌で触れてみた。舌と舌を触れあわせるなんて初めての経験で、膝が震え始める。気づけばフェリシアは、子供のようにオーウェンの上着を掴んでいた。
「……っ……ふ……」
執拗に口内を弄られて、目尻に涙が滲む。
身体中がゾクゾクしてきた。フェリシアを抱くオーウェンの腕にますます力がこもる。
フェリシアの痩せた柔らかな身体は、オーウェンの引き締まった身体にぴったりと密着していた。
オーウェンがゆっくりと身体を離し、フェリシアを軽々と抱き上げる。
身体が火照って震えて、何も言葉が出なかった。オーウェンは控えの間の寝台に歩み寄り、フェリシアを座らせると、ドレスに手を伸ばした。
「あ……あ……っ……」
フェリシアは、置かれていた枕をたぐり寄せ、その端を掴んだ。縋る物がないと不安で恥ずかしくていたたまれなかったからだ。
衣装の背中の留め金が、オーウェンの手で一つひとつ外されていく。
フェリシアは焼けるような頬を持て余しつつも、抗わずに身を委ねた。薄い絹の衣装が肩から滑り落ち、頼りない下着姿になる。
オーウェンはあられもない姿になったフェリシアを優しく抱き寄せ、こめかみに口づけた後に、シュミーズも身体から引き剥がしてしまった。
フェリシアは下穿き一つの姿になって、両腕で胸を押さえた。
オーウェンは恥じらい涙ぐむフェリシアの額にキスをして、軽々と己の上半身の服を脱ぎ捨てる。一つの無駄もない彫像のような肉体が視界に飛び込んできて、フェリシアは思わず目を瞑った。
何を考える間もなく、腰掛けていたフェリシアの身体は、寝台の上に組み敷かれた。胸を隠していた腕を、オーウェンの手で強引に解かれる。
両手首を敷布に押さえつけられ、裸身を隠す術がなくなった。
──はずかしい、どうしよう……。
ずっと臥せっていて痩せ細った身体を見られ、フェリシアは動揺した。もっと真っ暗で何も見えない場所で抱かれると思っていたのに、窓からは月明かりがまぶしいくらいに差し込んでいる。
「い、いや……お願い、目を瞑って。見ないで……っ!」
懇願したフェリシアは、むき出しの乳嘴を舐め上げられて身体を跳ねさせた。
「あ、いや、何して……っ……」
オーウェンは答えない。熱い舌を押し付けるようにして、小さな蕾を執拗に舌で弄ぶ。
「だ、だめ、そんなところを舐め……あぁ……っ」
唇で優しく乳嘴をついばまれ、フェリシアの目尻に涙が滲んだ。だんだんとその部分が硬く立ち上がってくる。
「あ、はぁ……っ、ほんとうに、何を、あっ……」
だんだんと吐息が熱くなってきた。けれどオーウェンは乳房から唇を離してくれない。逃れられずに、フェリシアは寝台の上で弱々しくもがいた。
「いや、これ、はずかし……吸っちゃいや……あん……っ」
呼吸が乱れ、身体の奥にじっとりした熱がたまり始める。胸への刺激で更に涙が滲み、視界が歪み始めた。
「あ……あ……オーウェン……いや……っ」
潤んだ目で懇願し続けると、オーウェンの唇が乳房から離れた。ようやく押さえつけられていた手首も自由になる。オーウェンはフェリシアに口づけながら、最後の一枚になった下穿きを足から引き抜いた。
──だ、大丈夫……夫の前では脱いで良いと習ったわ……大丈夫……。
嫁入り前に学んだ閨の作法を思い出し、フェリシアは『大丈夫』と繰り返す。
だが、一糸纏わぬ姿で、恋しい男の前に身を投げ出すのは怖い。それに、怖いだけでなく、どきどきしすぎて息が止まりそうだ。
オーウェンが今度は、フェリシアの唇に接吻をした。
のし掛かるような体勢で、すぐ側にオーウェンの素肌を感じ、鼓動がますます速まる。
かすかに肌と肌が触れあう度、ときめきと緊張で息が止まりそうになった。
──なんて綺麗な、磨いた石みたいな肌……。
圧倒的な男の熱量が、触れるか触れないかの距離でも伝わってくる。フェリシアは焼け付くような身体を持て余し、己に口づけるオーウェンの首筋に遠慮がちに手を掛けた。
「……そう、そのまま掴まっていてください」
ようやくオーウェンが言葉を発する。
素直に頷いたフェリシアは、次の瞬間ぎくりと身体を強ばらせた。オーウェンが膝の裏に手を掛けて大きく脚を開かせ、その間に身体を割り込ませたからだ。
「痛かったら、言ってください」
何を、と言いかけたフェリシアの秘めた茂みに、オーウェンの指先が触れる。
誰にも触れさせたことも、見せたことすらない場所なのに……あまりのことに、身体中から力が抜ける。
オーウェンの指先は、遠慮がちに濡れ始めた泉の表面を撫でた。