妄想騎士の理想の花嫁
- 著者:
- 八巻にのは
- イラスト:
- いずみ椎乃
- 発売日:
- 2018年07月02日
- 定価:
- 726円(10%税込)
俺たちは、もっと特別な関係だろう?
ひょんなことから、初恋の幼なじみ・クリスと結婚することになったアビゲイル。しかしその心中は複雑だった。クリスには昔から一途に愛する女性がいるからだ。「ああ、俺のかわいいマリアベル!!」彼の最愛の人――それは、アビゲイルが書いた小説のヒロインだった! 妄想の中のマリアベルにしか欲情しないと断言していた彼。それなのに、迎えた初夜……。「お前を抱きたくて仕方ない」飢えた獣のような目で見つめられ、濃厚なキスをしかけられ――!?
恋敵は小説のヒロイン!?
幼なじみの騎士と目つきが悪い小説家のすれ違いラブ!
アビゲイル
幼なじみのクリスのために小説を書き始め、それが出版社の目に留まり、小説家になる。ずっとクリスのことが好き。
クリス
有能な騎士で伯爵家の次男。見合いの話が次々に舞い込むが、アビゲイルの小説のヒロインにしか興味がない。
「何を言ってるんだ。アビーは誰よりも綺麗だ」
力強い声で、クリスが断言する。
不意打ちの褒め言葉にアビゲイルが再び赤面すると、戸惑う彼女の唇をクリスがそっと親指でなぞった。
「俺は昔からずっと、アビーは世界で一番綺麗でかわいいと思っていた」
「い、今更お世辞なんて言わなくても逃げ出したりしないわ……」
「お世辞じゃない。現実の女性に見向きもしない俺が言っても説得力はないだろうが、アビーはすごく魅力的だ」
まっすぐな言葉はあまりに衝撃的で、アビゲイルは呼吸すらままならなくなる。
「だから、子作りしろと言われたときも、すんなり受け入れられた。今は、お前を抱きたくて仕方がない。その顔は反則だろう」
「か、顔……って……ん!?」
言うなり唇を啄まれ、アビゲイルは戸惑いの声をあげる。
少しずつ深まるキスと共に、クリスがアビゲイルの上にゆっくりのしかかってきても、抵抗する気持ちにはならなかった。
押し潰さないよう身体の位置を調整しながら、クリスの厚い胸板がアビゲイルのささやかな胸に合わされる。すると不思議なこそばゆさが全身を駆け巡った。
「クリ……ス……待って……んッ」
キスの合間に言葉を絞り出すが、何度も重なる唇のせいで、声はかき消えてしまう。
それでもアビゲイルの言葉は聞こえているだろう。けれどクリスのキスは深くなるばかりだ。
肉厚な舌は戸惑うアビゲイルの舌に絡みつき、くちゅくちゅと音を立てながら口内を犯し始める。
(キス……すごい……)
角度を変えながら差し入れられる舌に翻弄され、アビゲイルは身体を固くする。
今まで挨拶のキスくらいしかしたことのないアビゲイルには、クリスのキスは刺激が強すぎた。
一方で、クリスは躊躇いも戸惑いもなく、アビゲイルの唇を奪い続ける。さりげなくアビゲイルの頬を撫でたり、髪をかき上げる手つきには余裕さえ見て取れる。
(もしかしてクリスは、誰かとしたことがあるの?)
マリアベルに夢中だった彼に恋人がいたとは思えないが、男性は性処理のため女性を抱くこともあると聞く。
特に騎士たちは、危険な任務で興奮した身体と心を落ち着かせるために娼館に通うことも多いと言うし、クリスがそうしていてもおかしくはない。
他の誰かにしたのと同じキスをされているのだと思うと、つい切ない気持ちがこみ上げてしまう。
(私、こんなに面倒くさい女だったかしら……)
恋愛小説の主人公のように、キス一つで一喜一憂してしまう自分が情けない。
その上、クリスの舌使いに乱れるだけで、満足な反応すらできていないのだ。
「アビー……?」
戸惑いが顔に出ていたのか、クリスがキスを中断し、瞳を覗き込んでくる。
「下手、だったか?」
「そ、そんなことないわ……」
むしろ上手すぎて落ち込んでいるとは言えず、アビゲイルはもごもごと口ごもる。
それを口にしてしまえば自分の経験のなさが知られてしまうし、キス一つで戸惑うような女性は面倒くさいと思われてしまうのではと不安だったのである。
(前にメイも、処女は面倒くさがられるって言ってたし、クリスも冷めてしまうかも……)
不安を覚えて押し黙っていると、クリスがそこでもう一度アビゲイルの唇を啄んだ。
「嫌だったらやめるから、ちゃんと言え」
「い、いやじゃない……」
「本当だな? じゃあ脱がせるぞ」
「えっ……?」
脱がせるどころか引きちぎる勢いで、彼はアビゲイルの身体から夜着を引き?がそうとする。
強く引っぱられたせいで、夜着は無残にも背中から破れてしまった。
突然のことに慌て、アビゲイルは破れたそれを急いで引き寄せ前だけは隠すが、このありさまではもう二度と着れないだろう。
「ちょっ、ちょっと!?」
「すまん、力加減を誤った。夜着はまた新しいのを買ってやる」
クリスは、アビゲイルが押さえていた夜着をさっと奪い、ベッドの下にぽいと投げ捨ててしまった。彼女に残されたのは下着だけになり、外気に晒された肌がわずかに震える。そしてそれを見たクリスが少しだけ慌てた。
「寒いか? なら、すぐ温めてやる」
言うなり、クリスは自分の纏っていたシャツを脱ぎ捨て、アビゲイルを温めるようにぎゅっと抱きしめた。
「ああ、アビーの匂いがするな」
「く、くさいってこと?」
「いや、すごく落ち着く」
彼はアビゲイルの首筋に顔を埋め、何かを堪能するように息を吸い込む。アビゲイルは彼の鼻先に耳の下あたりをくすぐられて、なんとも言えないむずがゆさを感じてしまう。
「ここにもキスしていいか?」
「い、いちいち聞かないで……」
「わかった。好きにしていいということだな」
嬉しそうな笑い声がしたかと思えば、クリスはアビゲイルの首筋に唇を押し当ててきた。
最初は優しく触れるだけだったのに、いつの間にかクリスの舌先はくすぐるように上下している。
「そんなに、舐め……ないで」
「嫌か?」
「ゾクゾクして、あっ、変に……」
舐められているのは首筋なのに、全身に甘美なしびれのような刺激が駆け抜けていく。苦痛でも不快でもないし、むしろ心地よくて、心も身体も蕩けてしまいそうなほどだ。
「アビーは首が弱いんだな」
静かにこぼれたクリスの声も、いつもよりずっと甘くて優しい。それを聞いただけでもしびれは増していき、アビゲイルの身体はわずかに震えた。