今日も王様を殺せない
- 著者:
- 山野辺りり
- イラスト:
- 芦原モカ
- 発売日:
- 2018年03月03日
- 定価:
- 726円(10%税込)
今宵も楽しませてくれるのだろう?
没落貴族のアリエスは、国王フェルゼンが父の仇と聞かされて復讐を決意する。“毎夜処女を抱いては翌朝殺す”と噂される彼に怯えながらも、夜伽の女として潜りこむことに見事成功! けれど怖気づき、お喋りで時間稼ぎをしてしまう。暗殺できず、夜伽もできずに朝を迎えてしまったアリエス。しかしなぜかフェルゼンに気に入られ、愛妾となることに!? 予想外の展開の中、今度こそ!と意気込むも、また失敗。それどころか、彼に美味しくいただかれてしまって……!?
孤独な賢王×素人暗殺者、千夜一夜の絶対寵愛!
アリエス
没落貴族の娘。フェルゼンが父の仇と聞き復讐を決意。しかし付け焼刃の暗殺術ではうまくいくはずがなかった……。
フェルゼン
大胆な改革で国を立て直した賢王として人気がある一方“毎夜処女を抱いては翌朝殺す”と陰で噂されている。
「本当のことを言う気になったか? これ以上は後戻りできなくなるぞ」
「嘘は……申し上げていません」
散々嬲られた舌が痺れて、上手く言葉を紡げなかった。唇自体、熱を孕んで疼いている。舌足らずな言い方で、アリエスは意識しないままトロリと溶けた眼を彼に向けた。フェルゼンの喉が艶めかしく上下したのは、たぶん見間違いではない。
「───せっかく逃げ道を用意してやったのにな……」
「ん、ぁっ……」
薄い布の上から胸の頂を探り当てられ、血が巡る。最近見慣れ始めていた彼の半裸が、急に生々しく感じられた。
反射的に触れた掌から、女よりも硬い皮膚の下で躍動する筋肉の動きが、はっきりと伝わってくる。官能的でありながらどこか静謐な感触は、アリエスを陶然とさせた。長湯をしたわけでもないのに、のぼせたみたいだ。ふわふわと現実感を失って、本能のまま身体が動いていた。
身に着けていた卑猥な服は脱がされて、アリエスは生まれたままの姿にされる。それまで着ている方が恥ずかしいのではないかと思っていたけれど、実際に一糸纏わぬ状態にされると、羞恥はその比ではなかった。
「み、見ないでください」
「もともと隠せていなかったし、選んだのはお前だ」
低く告げられ、アリエスの背筋が強張る。身体を重ねれば、翌朝には殺される運命だ。助かる道はただ一つ。殺られる前に殺るしかない。
「今更、怖気づいても遅いぞ」
アリエスが凍りついたのをどう解釈したのか、フェルゼンは酷薄な笑みを浮かべた。しかし僅かに自嘲を孕んだそれはすぐに消え失せ、代わりに柔らかな空気を纏わせる。どちらが彼の本質なのかアリエスには判断がつかなかった。どちらにしても、不本意ながら魅了されていたからだ。
───両親を死に至らしめた男なのに、私は何て愚かなの……!
いっそ、乱暴に扱われたのなら、心を揺らすことはなかったかもしれない。だが彼の手は、どこまでも優しかった。
壊れ物に触れるように脇腹を撫であげられ、淡い接触に肌が粟立つ。眩暈を起こすほどの擽ったさがアリエスを戸惑わせ、身体の自由を奪ってゆく。本当に大切にされている錯覚に、束の間溺れた。
「……ぁ、あ」
「声を堪えるな。もっと聞かせろ」
耳に注がれる言葉は、さながら媚薬だ。余計に官能を刺激して、アリエスから思考力を吹き飛ばしてゆく。いやらしい声が漏れてしまいそうな唇を?み締めると、咎める手つきで下唇を辿られていた。
「命令だ」
たどたどしく息を継ぐアリエスに、フェルゼンの苦笑が落とされる。度重なるキスで腫れぼったくなっていた唇は敏感になり、少し触れられただけで大仰に反応してしまった。
さほど豊満ではない胸を掬い上げられ形を変えられると、アリエスのものであるはずの肉体が別物になってしまった気がする。間違いなく自分の支配下のものが、他人に乱され侵蝕されていった。
「……あ、ゃんっ……」
「初々しいな。……それも、演技なのか?」
「何をおっしゃりたいのか……ぁ、あ、んっ」
胸の飾りを舐められて、アリエスは我が眼を疑った。この国の王が、両親の仇が、自分の乳房に顔を埋めているのだ。信じがたい光景に鼓動が速まる。しかしもっと信じられないのは、拒む気がなくなっているアリエス自身の気持ちだった。
───違う。これはフェルゼンの油断を誘うために、仕方なく……!
霞がかる思考に言い聞かせ、必死で意識を保った。懸命に心がけなければ、大切なことを忘れそうになってしまう。しっかりしろと己を叱咤し、蕩けそうになる自我を?き集めた。
しかし内腿を撫でられる心地よさに、早くも心が挫けそうになる。冷えていた脚に、彼の熱を孕んだ手は気持ちがいい。ゆったり上下するたびに、アリエスの口からは震える呼気が漏れていた。
「柔らかくて、真っ白だな。今まで何人の男に見せた?」
「ありません……! そんなふしだらなこと……!」
「そうか。一応貴族の娘という触れこみだったな」
フェルゼンの言い方は引っかかったが、アリエスは紛れもなく貴族の娘なので何度も頷いた。結婚までは純潔を守る───それは、当たり前のこととして教えられている。それを今、違えようとしている自分を、どんな事情があったとしても両親は許してくれないかもしれない。
───もっとも、もうまともな結婚なんて望めないのだから、構わないわ……
自暴自棄とも少し違う思いを持て余し、アリエスは自らの葛藤に蓋をした。悩んでもどうにもならないことが、この世にはある。だったら飛びこんでみるのも、一つの手なのだ。
怖々押し上げかけた目蓋にキスされ、顔中に口づけの雨が降る。耳やこめかみ、顎から鼻先まで。もしかしたら、両親から贈られた親愛のキスの回数を超えてしまうのではないかと言うほど執拗に、彼の唇がアリエスに触れては離れた。
鎖骨や小指にまで舌を這わされ、全身喰らわれてしまう予感に慄く。弾んだ息がか細く震え、淫靡な音になって消えていった。
「……可愛い」
「え……」
ほんの微かな、音にもなりきらない言葉だった。意図せず漏れ出たといったフェルゼンの声は、捉える間もなく虚空に溶けていった。跡形もなく失せた音の羅列を確かめようにも、アリエスには聞き間違いかどうかさえ判断がつかない。戸惑っている間に、彼の手により内腿を摩られていた。
「……っ、やぁ……!」
脚の付け根の際どいところぎりぎりまで上昇し、再び下へと下ろされる。たったそれだけの行為が、堪らなく羞恥を煽った。
たぶんアリエスの身体は汗ばんでいるし、暴れる鼓動の音は伝わってしまっている。余裕のなさは、隠せるはずもなかった。何より、先ほどから腹の奥が疼いて、奇妙なぬめりをはしたない場所から感じるのだ。まるで月のものに似た感覚だが、本能的に違うと悟る。
知られたくない。おそらくこれは、とても恥ずかしいことだ。
「だ、駄目です」
「今更焦らすのか。それが計算された手管ならば、私はまんまと陥落させられたことになるな」