風車の恋歌
- 著者:
- 藤波ちなこ
- イラスト:
- Ciel
- 発売日:
- 2017年07月03日
- 定価:
- 704円(10%税込)
こんなふうに抱きたくなかった。
商人の娘・芹は、若君の乳母を務める母に呼ばれ、城へおもむくことに。だがそこで芹に与えられた役目は、若君・知澄の側女となることだった。母からの突然の命令に愕然とする芹。知澄はそんな芹を、ある誤解からひどく詰り、乱暴に抱いてしまう。互いの事情を知らぬまますれ違う二人。それでも、知澄を慕う芹は、彼の歪んだ欲望を受けとめ続けていた。一方知澄も、芹に対する激情は恋だと認め始めるが、その矢先、二人は引き離されて……。
孤高の若君×つつましい商人の娘、両片思いの戦国恋噺!
芹
商人の娘。自分のことを顧みない母のことをずっと慕っている。母に謀られ、知澄の側女となるが……。
知澄
若いながらも頼りがいがあり、民から慕われる若君。とある誤解から芹に冷たく当たるのだが……。
「聞こえていただろう。嘉野の娘、下がれ」
声は威圧感に満ちていた。芹の身体の芯を寒からしめるほど冷たい。
知澄は、母が隣にいながら平然と言い捨てている。彼が夜伽を快く思っていないことはありありと伝わってきた。そして、芹が命令に従わないことに苛立っているのも。
「聞こえないのか。世話は無用だ」
芹は、自分の喉がからからに渇いてゆくのを感じていた。
詰みだ。このまま退出すれば務めを果たすことはできない。でも、居続けて仕えさせてほしいと請えば、かえって彼の不興を買う。
芹は唇を?み、軋むほど重い頭をゆっくりと持ち上げていた。
目を伏せたまま惑う芹の顔に、知澄の視線が向けられたようだった。
「おまえ……」
彼は呻くような声を漏らした。
その長い沈黙の間に、襖が静かに閉められていく気配があった。
芹がそっと目を上げると、彼の整った造作が強い感情に歪んでいるのがわかった。
怒りか、嫌悪か、苛立ちか、あるいはそのすべてか。
彼は眉を顰め、固く閉ざされた襖の向こうを衝立越しににらみつけた。そして、ふと頬を緩めて嘲るような笑みを浮かべる。
「……そうか」
知澄が近づいてきた。
芹は顎を乱暴に?まれ、顔を上げさせられた。爪が肌に食い込むほどの力に思わず眉を顰める。射貫かれるかと思うような鋭い眼差しを注がれ、肩が大きく震えた。
半年前は、冷たくはあるものの少年らしい爽やかさを宿していた瞳が、今は芯から凍えているようだ。その顔はあまりに整いすぎていて、近づくのが恐ろしくなるほどだった。
「おまえは、あれが私のために用意した玩具だったというわけか」
自分のことを言われているのだとわかり、芹の顔から血の気がひいた。血肉の通う人間相手に使う言葉ではなかった。
でも、ここでこうして知澄を待っていた芹は、彼にとっては玩具に過ぎないのだろう。
「気が変わった。生娘だから情けをかけてやれと言われたが、知ったことか。別に、好き好んでおまえなどを相手にするわけではないからな」
大きな手が、芹の肩を寝具に向けて強く突き飛ばした。
芹の背中が柔らかな布団に沈むと同時に、知澄が太腿の上に乗り上げてくる。
手首を?まれて顔の両脇に押しつけられた。思わず抗うが、芹の力ではびくともしない。
「せいぜい愉しませろ。女衒の母に恥じぬようにな」
言いながら、片膝を腿の間に挟み込ませてくる。
いつの間にか両手首をまとめて?まれ、頭の上に縫い付けられていた。
「あっ──」
芹が声を上げたのは、彼が空いた手で芹の帯を容易くほどいたからだった。今なら、あらかじめ片手で解けるように締められていたのだとわかる。
肌を暴かれる羞恥に耐えかね、とっさに身を捩ろうと首を背けた。
知澄が露わになった首筋に?みつくように顔を伏せてくる。柔らかい皮膚に歯を当て、芹に痛みを与えてきた。
「……っ」
喉が引き攣れ、呻きが零れ出る寸前に、芹はぐっと息を呑んだ。
知澄は芹の耳の下の無防備な場所に、よりきつく?みついた。手首を縛める指に、食い込むほどに力を込める。
?まれた場所が焼けるように痛み、手首の骨は軋むようだ。
でも、声を出してはいけない。悲鳴を上げるなど興ざめで、逃げたり拒んだりすることも許されない。苦痛は忍ぶことができる。幼い頃から、祖母に竹の棒で打たれ慣れていたから。
そして、母の教えもまた、芹の心を固く戒めていた。
「ほう。痛みには、声も上げないのか」
彼は、芹が奥歯を?みしめて耐えているのに気がついたようだった。
「さすがに躾けられているんだな。だが、つまらぬ」
知澄は、さっきまで歯を当てていた場所を指先で一撫でした。
「──ん」
声が漏れたのは、ひりひりと痛む場所に、濡れた滑らかな感触があったからだ。温かく柔らかいものがそこを這い、耳を舐ってくる。
「ふ……」
耳の溝を辿るように舌先が移り、耳殻に差し込まれる。ぴちゃっという水音があまりに近い場所から聞こえ、思わず赤面してしまう。
「……いや、こんなこと……」
父母からもほとんど抱き上げてもらったことがない芹にとって、その行為は驚くほど親密で、身分の高い者が低い者に施すのは相応しくないように思えた。
頭を振って逃れようとするが、追いかけられて、接触がさらに深くなる。
気持ちがいいのか、悪いのか、芹にはわからない。ただ、ぞくぞくとしたものが首を通り、背骨を伝って身体を下りていくのがわかる。
大きな手が芹の髪を?んだ。宥めるように動いた後、首を辿って鎖骨の上を通り、夜着の合わせを大きく開いた。
素肌が煌々とした灯りの下に晒される。
芹の身体はお世辞にも肉感的とは言いがたい。胸の膨らみは人並み以下の大きさで、劣等感の源でもあった。それでも、いつか夫となる人と閨を共にするときまでにはもう少しましになっているのではないかと思っていた。
それが、こんなにも早く、思ってもみなかった人の手によって暴かれてしまうとは。
知澄が小さく息を呑む音が聞こえた。
「女は、みなこんなにも白いものなのか?」
問いかけながら、無防備な乳房に触れてくる。膨らみを覆うように?んだり、肉の柔らかさを確かめたりした。
芹は、わからない、と小さく首を振ることしかできない。しかし、乾いた指先に桃色の頂を掠められた瞬間、びくっと身体が揺れた。
「……んっ……」
甘い痺れが生まれ、弾ける。
その反応に気づいた彼が、先端を摘まんで指を擦り合わせるようにしてきた。
「おまえの、声は悪くない」
刺激が強くなると、その場所がこりこりと芯をもったようになる。初めての感覚は決して不快ではなかった。くすぐったさの後ろに隠れていた快楽の萌芽が、その手によって剥き出しにされようとしていた。