薔薇色の駆け落ち
- 著者:
- 水月青
- イラスト:
- みずきたつ
- 発売日:
- 2017年03月03日
- 定価:
- 704円(10%税込)
これで、俺が男だってわかったか?
男爵家の長男ルカのお世話係になった侍女ニーナ。ぶっきらぼうで人を寄せつけないと噂の彼だが、ニーナだけは彼の不器用な優しさを知っていた。そんな彼とひょんなことから逃避行をすることに! 二人きりで過ごすうち、ますます彼を好きになるニーナ。一方ルカも、これまでのそっけない態度から一変、ニーナに熱い眼差しを向けてくる。「君は無防備過ぎる」呻くように呟くルカに、淫らな愛撫を施され、蕩かされていくニーナだったが……。
人間嫌いの美青年×ポジティブ侍女、
愛(?)の逃避行!
ニーナ
ルカ付きの侍女。鬱陶しがられてもめげずに世話を焼き続けた結果、ルカも打ち解けてきた様子。
ルカ
男爵家の長男だが嫡男ではない、という複雑な事情を抱えている。無愛想だが、ニーナにだけは気を許している様子…?
「……君、自分が何をしているのか分かっているか?」
先ほどよりも低い声で言われ、ニーナはしっかりと頷いた。
「ルカ様を抱き締めています」
「君は無防備過ぎる。俺を男だと思っていないだろう?」
ルカは小さくため息を吐いた。彼の顔は見えなくても、呆れているのは口調で分かる。
「もちろん、分かっていますよ。ルカ様は男性です。だからドキドキするのです」
ヴィオラに触れられた時とは違う。ドキドキしてふわふわして全身の血液が沸騰しそうになるのだから。
「いや、分かっていない」
決めつけるような言い方に、ニーナはむっとする。けれど反論する前に、ルカは体に回していたニーナの腕を?んでぐるりとこちらを向いた。
「男相手にこんなことをしたら、タダじゃ済まないんだぞ」
聞いたことのないような低く硬い声だった。
え? と思った時にはすでにルカに組み敷かれていた。ニーナの腕を?んでいないほうの手で自分の体重を支えているのか、重さはさほど感じない。
彼の長い前髪が下に垂れ、ニーナの額に落ちる。いつもは前髪の隙間からしか見えない榛色と黄緑色の瞳が、何の障害もなく真っすぐにニーナを見つめてくる。
見惚れるほどに大好きな瞳だが、今は何を考えているのか読み取ることができず少し怖く思えた。
「ルカ様、とうとう私の気持ちに応えてくれる気になったのですね!」
あんなにつれなかったのに、と茶化すようにニーナは言った。
そうすれば、ルカがいつもの呆れ顔を見せてくれると思ったのだ。けれど彼は表情を変えなかった。
無表情でじっと見下ろされ、口を塞がれているわけでもないのに妙に息苦しくなる。
「男は好きじゃない女でも抱けるんだ。それでも、そんなことを言えるのか?」
お前のことは好きじゃない、と暗に言われ、傷つきながらもホッとした。
ニーナはにっこりと微笑む。
「ルカ様が私を好きじゃなくても……私はルカ様が好きです。だから、ルカ様になら何をされてもいいのです」
ニーナの腕を?んでいるルカの手に、ぐっと力が入った。
「……君の『好き』は信用できない」
怒っているような、しかし苦しんでもいるような表情で吐き捨てた後、ルカは顔を近づけてきた。同時に体も重ねてきて、ずしりとした重みを感じる。真っすぐにニーナを見つめたまま迫ってくる彼の瞳から視線を逸らせなかった。
唇にふにゃりと柔らかな感触がした。
口づけ、だ。自分は今、ルカと口づけをしているのだ。
どきりと心臓が跳ねた。ニーナはすぐにぎゅっと目を瞑る。
ルカのことを好きになってから、彼と口づけする想像をしたことがないと言ったら嘘になる。けれど、こんなに生々しい感触を想像したことはない。
ニーナを押さえつけている力強い手も、体にのしかかっている重さも、温かくて意外と柔らかな唇も、想像ではなく現実のものだ。そう思っただけで、頭が真っ白になった。
本物のルカの存在を全身に感じ、その温かさを、重さを、匂いを、感触を、鮮烈に刻みつけられる。
ありえないと思っていたことが実際に起きている。嬉しさよりも困惑のほうが大きい。
どうしていいのか分からずに硬直していると、ルカの唇が一度離れ、甘い吐息とともに再び重ねられた。
ふ……と無意識に息が漏れる。するとお互いの息が混じり合って熱が上がり、唇が敏感になったような気がした。
どうしよう。どうしたらいいのだろう。
ニーナはうっすらと瞼を開いた。暗闇の中でも、さすがにここまで近づけばお互いの表情が分かる。ルカはずっとニーナを見ていたらしく、瞬時に視線がかち合った。
いつもは冷めているルカの目が、熱を出した時のようにうっすらと潤んでいる。
ニーナは目を瞠った。
熱に浮かされている時のぼんやりとしたルカとは違う。意志のある瞳が射るようにニーナを見ていた。
まるで、ニーナに対して欲情しているような表情だ。今までどんなに好意をぶつけても決して向けられなかった表情である。
突然そんな顔をされても信じられない。それが率直な気持ちだった。
けれど先ほどルカが言っていたように、男はその気になればどんな女でも抱けるのだろう。これまでルカがニーナに対してそんな気にならなかっただけで、こうして同じ床に入ってしまえばニーナでもニーナでなくても女ならば変わりがないのかもしれない。
──女であれば誰でも。
理解はしたが納得できないまま見つめ返した。しばらく見つめ合った後、ルカはニーナの腕を?んでいるのとは反対の手で、するりと耳の後ろを撫でてきた。
「……っ!」
くすぐったさに思わずびくりと震える。すると?みつくように唇を塞がれ、ルカの舌が唇を割り入ろうとしてくる。
予想もしていなかったので、驚いて思わず口を開いてしまった。すかさず口腔に入ってきた舌がニーナの舌を絡めとる。
反射的に奥に逃げた舌をルカはすぐに追いかけてきて、表面同士を撫で合わせた。ざらりとした感覚を不思議に思っていると、次第にむず痒くなってきて戸惑う。
舌先でくすぐるように表面を撫でられると、下腹部にじんわりとした熱が生じた。初めて感じるそれが恐ろしいもののように思えて、ニーナは慌てて身を捩る。
突然抵抗し始めたニーナに、ルカは一瞬動きを止めた。しかし次の瞬間、唇は離さないままニーナの両腕を素早く頭上にひとまとめにする。易々と片手でニーナを拘束した彼は、動くなと言わんばかりに舌をきつく吸い上げてきた。
痛みと、そこから発生する甘い疼きに、くたりと体の力が抜ける。
長い時間をかけて舌を根元から先まで舐め上げられ、上顎をゆっくりとした動作で刺激され、怖いほどに体中が熱くなった。いつの間にか瞼を閉じていたので、触覚が必要以上に敏感になっている。
縦横無尽に這い回るルカの舌が、ニーナの体を溶かしてしまうのではないかと危惧するほどに熱い。
これが大人の口づけなのだ。今までニーナが思い描いていたものがどれだけ幼稚な妄想であったか思い知った。
角度を変え、強さを変え、ルカは何度も何度も口づけを繰り返す。それが深いものになればなるほど、彼の体の重みが増す気がした。
苦しくて少しでも腕を動かそうものなら、ぎりっと音がするのではないかと思うほど強くベッドに縫い留められ、口腔でぬるぬると動き回る舌は逃げるニーナのそれを強引に吸い上げてくる。
「……ん……ぅ……」
息苦しいのに気持ちが良い、という不思議な感覚で頭が朦朧としてきた。
ルカの舌の動きになんとなくついて行くのがやっとで、自分がどういう状況にいるのか把握できていない。
このまま口づけが続いたら、自分はいったいどうなってしまうのだろうか。そんな不安が頭をよぎった。
けれどそれは、舌先を甘?みされた瞬間、ぴりりと背筋を駆け抜けた何かと一緒にどこかに消え、絶えず与えられる刺激を受け止めることだけしか考えられなくなる。
あんなに寒かったのに、今はくらくらするほど暑くなっていた。のしかかっているルカの体温も上がっているため、二人の触れ合っている部分がうっすらと汗ばんでいる。
ニーナの全身の力が抜けたせいか、ルカは腕を解放してくれた。それでもそのまま動かせずにいると、彼の指が優しく耳を撫でた。ただ撫でられただけなのに、びくっと体が震える。
その指が耳から首筋へ移動した。触れるか触れないかという強さで這う指は、首筋と鎖骨を往復する。
「……ぁ……ん……」
むずむずとした感覚を我慢できずに、僅かに離れた唇の隙間から甘い声が漏れてしまう。けれどその吐息すらも奪うように、ルカはぴたりと口を塞いできた。今度は舌は使わずに、食むように唇に吸いついてくる。
まるでニーナの唇を食べてしまおうとしているかのように、唇で挟みながら軽く歯を立てる。敏感になった唇はそれすらも愛撫として迎え入れ、痛みまでも快感に変えていった。
鎖骨のくぼみをなぞっていた指が、今度は脇の下から腰へ向かう。くびれた部分まで到達すると、くすぐるように腹部を這い、徐々に上へ戻ってきた。
指が二つの膨らみにたどり着く頃には、唇を吸っていたルカの唇が首筋へ下りていた。
ちゅっちゅっと軽く口づけながら下がっていった唇が鎖骨辺りで止まる。刹那、ちくりとした痛みが襲った。
それから、二度三度と鎖骨と首筋に小さな痛みを与えられる。甘い痛みに神経が集中している間に、ルカの大きな手がニーナの胸を覆っていた。
服の上から持ち上げるように揉まれ、普段意識していなかった膨らみが性の対象になるのだと改めて気づく。
途端に、自分の体の一部であるはずのそれが、ルカによって別のものにすり替えられてしまったように感じた。ただそこにあるだけだった膨らみが彼の手によって形を変え、じわじわとした甘い疼きを生み出す。
特に中心部を撫でられると腹部に得体のしれない熱が蓄積して、ニーナは無意識に脚を擦り合わせていた。