堅物騎士は恋に落ちる
- 著者:
- 秋野真珠
- イラスト:
- 国原
- 発売日:
- 2017年02月03日
- 定価:
- 682円(10%税込)
君は本当に、俺のことが好きなのか?
父から結婚相手を見つけるよう命じられたクリスタ。どうしても結婚したくない彼女は、男に手酷く振られて、立ち直れないことにすればいいと思いつく。ターゲットは社交界で一番人気の騎士ゲープハルト。彼に一目惚れしたと見せかけて、彼の嫌がることを繰り返し、嫌われることに成功する。それなのに、なぜか結婚することに!? 生真面目で優しい彼を本気で好きになっていた彼女は、苛立ちを露にした彼に激しく抱かれ、過去の行いを後悔するのだが……。
堅物騎士と“おひとりさま”令嬢、
結婚回避の攻防戦!
クリスタ
侯爵令嬢なのに、農作業好き。結婚したら農作業ができなくなるので、ずっと独り身でいたいと考えている。
ゲープハルト
生真面目な騎士。クリスタとは正反対の、大人しくて控えめな女性が好みだったが……。
「君が望んだことだろう」
「……っ」
俯いていた肩が揺れて一瞬ゲープハルトを捉え、視線がぶつかると、また俯いた。
ゲープハルトは礼服の上着を脱ぎ、部屋にある三人掛けのソファに放り投げた。そのままシャツの襟元を広げ、脱いだシャツを同じ場所に投げる。
「いつまでそこに立っているつもりだ。まさか一晩中そこにいるのか?」
ゲープハルトは言葉を改めることをやめた。
クリスタは侯爵家の令嬢だけれど、今日、自分の妻になったのだから。
気遣う余裕がないことも自覚している。
ゲープハルトは、整えていた自身の髪に手を入れて、?き回した。
自分の格好が、これ以上ないほど乱れているのはわかっている。そのことにクリスタが目を泳がせて、怯えていることも見ればわかる。
だからあえてそうした。
「……ゲープハルト様」
久しぶりに聞いたクリスタの声は、微かに震えていた。
あの元気の良さと、止められない勢いは、いったいどこへ捨ててきたのだろう。
「クリスタ」
「──っ」
びくりと震えた肩へ手を伸ばした。
二歩歩けばなくなる距離だ。
その間を、自分から埋めたくない。
怯えた顔を見せつけられて、その上自分から動くなど、さらに惨めさを感じるだけだ。だから手を伸ばして、相手を待った。
クリスタの不安そうな視線が床と手を何度も往復する。どこかに逃げ場を探しているのか、部屋の壁にまで目をやり、けれど最後に覚悟を決めたように一歩踏み出した。
相変わらず細い手がゆっくりと伸びてくる。
もう一歩、クリスタが進み出たところで、ゲープハルトはその細い手を取り、勢いよく引き寄せた。
結局は我慢できない自分に笑ってしまう。
「あ……っ」
驚いた目が、腕の中から自分を見上げる。
この姿を、本当はずっと見たかった。
初めて腕に抱いたあのときから、ずっと見ていたかった。
すでに自分の身体が興奮しているのはよくわかっているが、このまま押し倒してしまいたくはない。この顔を見ることを簡単にやめたくなかった。
ゲープハルトを夢中にさせる茶色の目が、怯えながらもまっすぐにゲープハルトを射貫いている。
逃げないようにクリスタの背中に回した手から、激しくなる彼女の心音を感じた。
これは怯えか、喜びか、まだ判断がつかない。
けれど滑らかそうな肌に耐えきれず、手のひらで頬に触れる。想像以上に柔らかな皮膚に、指先がもう離れたくないと何度も撫で続けた。
「…………」
クリスタの目が何かを訴えるように揺れて、唇が少しだけ開く。そこから発せられる言葉を聞く前に、ゲープハルトの頭が傾いた。
軽く触れただけの唇に、細い肩が揺れる。すぐに離れて見つめれば、その目に怯えがなくて心が弾んだ。
身体はすでに熱く、すぐにでも先に進みたくて焦っているのに、心はもっと味わいたいと興奮を抑えつける。いや、興奮しきって、麻痺しているのかもしれない。
もう一度顔を傾ければ、触れる直前にクリスタの瞼が落ちる。薄く開いた唇は、続きを待っているようで、ゲープハルトは深くそこに吸い付いた。
「……っん」
苦しげな声が聞こえたのは一瞬で、何故だか甘く感じる口づけに夢中になって何度も貪った。
唇を食むように重ねて、迷わず舌を潜り込ませる。クリスタの口腔の奥で震えている舌を見つけて、すぐに搦めとった。すべてを舐めたかった。できるなら食べてしまいたい。
顔の角度を変えながら何度も深く口づけているうちに、腕の中で肩をすくめるようにしていたクリスタの手が、ゲープハルトの腕を握り締めている。それは抵抗というより必死にしがみ付いているようで、思わず笑みが浮かんだ。
「……ん」
ゆっくり唇を離すと、開いたままの唇から吐息が零れる。ゲープハルトを見上げるクリスタの表情が変化していた。
頬は薄く色づいて、綺麗な目は潤み、眩しそうにゲープハルトを見つめている。濡れた唇が自分のせいだと思うと堪らなくなって、もう一度唇を押し付けた。
「んっ」
見下ろすそこにはもう怯えた顔はない。
それだけでゲープハルトの心から苛立ちが消えた気がした。
現金な自分がおかしくて、目を細める。
「……これが気に入ったのか?」
「……あ、の」
そんな顔をして、嫌だったとは言わせない。
一瞬で赤く染まった頬は、羞恥からだとはっきりわかる。表情は正直で、何故か本当のクリスタがここにいる気がした。
この顔を見ると、今までの彼女が演技をしていたかにも思える。
「あの、私……っ」
けれどそんなことなどどうでもよくなるほど、身体のほうは欲求を抑えきれなくなっていた。程よく柔らかい身体を軽々と抱き上げ、くるりと身をひるがえして大きな寝台に向かう。
「あ、え、えっ!?」
クリスタが驚いたときには、彼女の背中は大きく柔らかな寝台に触れていた。
その上から覆いかぶさり、有無を言わせずもう一度唇を塞ぐ。
「ん──……っ」
先ほどよりも執拗に、舐めるように口づけを繰り返す。
その間にも薄い夜着の上から細い身体をなぞる。
「んっん!」
唇を塞がれている上に、身体をいじられていることに驚いているのか恥じらっているのか。うろたえる様子の彼女を押さえ込み、本能のままに貪った。