愛よりも深く
- 著者:
- 姫野百合
- イラスト:
- 蜂不二子
- 発売日:
- 2016年09月03日
- 定価:
- 748円(10%税込)
罪の鎖でおまえを縛ろう。
とある高貴な男を誘惑するよう命じられた、奴隷のアデル。教育係となったのは、苛烈なまなざしを持つ、ひどく寡黙な男。愛しているわけではない、愛されているわけでもない。わかっているのに、彼の愛撫は情熱的で、アデルはその快楽に処女の身体のまま溺れていく。「かわいいやつだ、愛しいアデル」偽りの微笑み、偽りの言葉。なにより彼は決して最後まで抱くことはない。それでもアデルは予感していた。もう、この男からは逃れられないのだと……。
アデル
元奴隷。病気の弟を救うため、とある高貴な男を誘惑することに。
男
アデルの教育係。高貴な男が好む女となるようアデルを仕込んでいく。
「じっとしていろ」
耳元で低い声が命じる。
「役目を果たせと言っただろう?」
逃げ出したい気持ちを抑え込み、アデルは自分に言い聞かせる。
こんなの、男にとっては、家畜の世話をするのと同じ。
牛か馬にでもなった気持ちで、おとなしく男に身を委ねることこそが、アデルの務め。
男は、リネンでたっぷりと石鹸を泡立たせると、そっと、アデルの胸から腹を擦った。
敏感な場所を他人にまさぐられるのは、恥ずかしく、くすぐったい。
思わず、唇から声が溢れる。
「……ぅ……ふ……」
「痛いか?」
耳元に男の声が触れた。
首を左右に振るより先に、男が、リネンを放し、掌でアデルの肌を撫でる。
リネンとは違い、人の手は生々しかった。
掌から伝わる体温。ぬるぬると肌を滑る石鹸の泡。二つの感触が混ざり合って、何かぞくぞくするような、おかしな震えがどこからか肌を伝う。
「……ぁ……」
男の低いささやきが耳をなぶった。
「どうした? 掌なら痛くないだろう?」
「……痛く…ないけど……」
泣きそうになりながら、アデルは答える。
「……くすぐったい……。くすぐったくて、つらいの……」
「くすぐったい? では、これは?」
男が乳房を下からすくい上げるように?んだ。
「あっ……」
思わず視線を落とせば、男の大きな掌の中に硬く痩せた乳房が慎ましく収まっているのが見える。
男は、そのまま親指と人差し指を使って、白い泡に包まれた薄桃色の頂を摘んだ。
「やっ……。いやっ……。やめて……」
「まだ、くすぐったいのか?」
アデルは首を左右に振る。
「変なの……。びりっとして、背中がぞくってなるの……」
「痛いか?」
「痛くない」
「では、痒いか?」
「痒くない。ねっとりしてて、重くて、じくじくする……」
最も近いのは『疼く』だろうか?
「そういう時には、『気持ちいい』と言うんだ」
「気持ちよくなんかない」
「それでも、『いい』と言うんだ。どんな男でも、女の身体に触れている時に『いい』と言われれば喜ぶ。たった一言で男をいい気持ちにさせる魔法の言葉だ」
「……魔法の…言葉……」
「言ってみろ。気持ちいい」
思ってもいない言葉を口にすることには大いにためらいがあった。
それでも、アデルはおずおずと口を開く。
「……気持ち、いい……」
この男の言うことには従わなければならないと思った。
だって、アデルが逆らったことを知ったら、あの残酷な旦那さまは、きっと、この男の腕をへし折るだろう。
男が促す。
「もう一回」
「気持ち、いい……」
「もう一回」
「気持ちいい」
男の指先が薔薇の蕾のような尖りをこね回していた。
びりびりと痺れるような疼きが強くなる。背筋の痺れが、身体の芯に集まって、ぐるぐると渦巻く。
「いい……。いい……。気持ち、いい……」
言葉は不思議だ。
最初は口先だけだったはずなのに、何度も繰り返しているうちに、ほんとうに気持ちよくなってきたような気がする。
次第に息が弾んできた。喘ぎながら胸元に視線を向ければ、白い泡の中から尖り始めた胸の先だけが顔を出している。
男はその周囲をなぞるように指先でくるくると円を描いた。
白い泡を弾いて、ピン、と乳首が立ち上がるのを目にした瞬間、ふるふると漣のような震えが背筋を這い上る。
「あぁっ……。いいっ……」
「今のはよかった」
男の吐息が耳に触れた。