王太子の運命の鞭
- 著者:
- 秋野真珠
- イラスト:
- 成瀬山吹
- 発売日:
- 2015年10月03日
- 定価:
- 682円(10%税込)
僕は君にぶたれたいんだ!!
王太子ラヴィークは興奮していた。鞭を操る男爵令嬢レナの姿を見て、彼女こそが運命の人だと確信したからだ。彼はすぐさまレナと結婚し、期待に胸を膨らませて彼女を寝室へ連れていく。一方、レナは混乱していた。突然、国の英雄である王太子に「ぶってくれないか」と懇願され、瞬く間に結婚させられていたからだ。レナに人をぶつ趣味は無い。誤解を解こうとするが聞いてもらえず、追い詰められたレナは泣きそうになってしまうのだが……。
レナ
男爵家の養女。苛烈な性格の男爵夫人にかなり影響を受けており、彼女にならって鞭を持ち歩いている。
ラヴィーク
王太子。容姿端麗な上に戦も強く、多くの国民に慕われる、まるで欠点のないような王子。しかし、とある秘密が……。
「ん……っん、んっ」
王子の舌は、あっさりとレナの唇を割って中に侵入する。まるで口の中に生き物がいるような感触に驚いて、抵抗も何もできないまま、勝手に動く舌に口腔を貪られていた。
息苦しくて顔をずらそうとしても、王子の手にいつの間にか首を支えられ、頬を包まれ、ただひたすら口付けを受けるしかなくなる。
王子の舌がレナの舌を搦め捕り、指先が頬を何度も撫でさすり、レナの身体から力が抜けてしまうと、啄むような口付けに変化し、何度も音を立ててレナの唇に吸い付いてきた。
「ん……」
そうなると、レナもゆっくりと受け止められて、何度も繰り返される小さな啄みを、口を開いて待ってしまっていた。
「レナ……」
「ん、んっ」
吐息混じりの王子の呼びかけに、レナはまた答えられなかった。すぐに深い口付けに変わってしまったからだ。
強引に口の中を探られていたが、ふと冷静な部分がレナに身体の変化を教えていた。
頬を撫でていた王子の手が、そのまま下に下がって胸の上に添えられていた。ドレスの上の、丸い膨らみの上に確かに王子の手がある。その大きさを確かめようと包み込んでいるようだ。
「…………」
さすがに、この先はもう受け入れられないと、一気に現実に引き戻された。
口付けに応えるのを止め、レナはぱっちりと目を開けて王子を見つめる。
「どうしたんだ、レナ?」
「……ラヴィーク様、その手は」
「手?」
「どうして私の胸の上にあるのですか?」
「レナの胸がここにあるからだよ」
「…………」
何を言っているのだろうか、この人は。
レナは頭の奥で警鐘が小さく鳴り始めたことに気づいた。
「どうして胸を……触っているんでしょうか」
「レナ……よく見てごらん」
「え?」
王子は真面目な顔で返してくる。
自分に何か問題があっただろうかと目を瞬かせたのだが、王子は問題の胸の上の手を示した。
「レナのこの胸は、形といい大きさといい、僕の手にぴったりなんだ。しかもとても柔らかい。これは僕が揉まなければならない胸だと思う。つまり、この胸は僕のものだ」
「…………」
王子は至極真面目な顔で言い切った。
一瞬、自分が間違えているのだろうかと思うほど王子はさも当然のように言い放ったが、すぐにそうではないと思い直し、どこかに飛んでいた感情が一気にレナによみがえる。
自分の胸の上にある手をもう一度見て、口を大きく開き、息を吸い込む。
相変わらず王子の上に座ってしまっている状態だったが、レナは自分が動ける状態であることを思い出した。
「──私の胸は私のものです!」
勢いよくそう叫び、次いで王子の手を胸から引き剥がすと、そのまま綺麗な頬を打った。
ぱぁんっと小気味良い音が部屋に響き、レナはすぐさま王子から離れて立ち上がる。素早く身を翻し、引きとめられる前に部屋を出て行った。
レナはまた、王子から逃げ出すことに成功したのだった。