臆病な支配者
- 著者:
- 宇奈月香
- イラスト:
- 花岡美莉
- 発売日:
- 2014年07月03日
- 定価:
- 682円(10%税込)
あなたなど壊れてしまえばいい。
「私を覚えていますか」かつての恋人セルジュの言葉にリディアは歓喜した。子爵令嬢と庭師。身分違いの許されざる恋に、二人は五年前、駆け落ちを決意した。だがその途中、海難事故に遭い、彼はリディアとの記憶を失ってしまう。最愛の人に突き放され、逃げるように彼のもとを去ったリディア。……私を思い出してくれたの? 再会の喜びのまま情熱的に結ばれる二人。しかしそれは、実業家となったセルジュがある復讐のために仕掛けた罠だった!?
リディア
元子爵令嬢。五年前セルジュと駆け落ちをするが、途中で海難事故に遭い、結果離れ離れになってしまう。
セルジュ
元庭師。海難事故で記憶を失い、一度リディアを拒絶した。実業家となって再び姿を現した彼には、ある思惑が……。
「素晴らしい……、涙に濡れるとその瞳は一層魅惑的で美しくなる」
囁かれ、抵抗を続けていた手を掴まれ両方一緒くたにされた。片手で難なく両手を掴み上げる力のなんて強いことか。力いっぱい抗っても外れないことが恐怖心を煽った。
「は、離して! 離しなさいっ。や……、やぁぁ──っ!!」
虚勢を張れたのも一瞬。肉体的な力の差を前に心が怯えた。
頬に触れる手から逃れたくて、目一杯顔を横に逸らす。体を撫で回していた彼の手に前身ごろのボタンを外される。さわり…と金色の髪が素肌に触れた途端、全身が慄いた。
(嫌、嫌──っ!!)
こんな恐怖は、知らない──っ。
「あなたからは不思議な香りがする」
「やめ……っ」
「貞淑な振りなどお止めなさい。身を委ねれば楽になります、慰めて差し上げますよ」
肌にかかる吐息と、たくし上げた裾から侵入してきた手の冷たさに体が跳ねた。
「ひ──ッ」
乳房までせり上がってきた手が、掬い上げるようにそこにある膨らみを持ち上げる。
「豊かなものだ。誰に育ててもらったのですか」
誰でもない、この体に触れたことのある異性は後にも先にもセルジュひとりだけ。
嫌だと泣き、止めてと喚く声も虚しく瞬く間に全裸にされると、彼が解いたネクタイで手首を拘束され、ベッドメイクを整えたばかりのそこに縫いつけられる。眼前に迫る冷酷な眼差しにコクリ…と息を呑んだ時だ。
「あなたなど壊れてしまえばいい」
愕然とする言葉を投げつけられた。リディアへの憎しみに満ちた声音に、抵抗の声を発することもできない。
(ど……うして)
なぜ、憎まれなければいけないのか。
驚愕に瞳を揺らし、食い入るようにセルジュを見つめる。
憎まれている理由が分からなかった。
凝然としている間も裸体の肌に手を這わされる。
「この体で伯爵を誘ったのですか」
違う、そんなことはしていない。慰めを欲したのはベナールの方だ。
『救ってくれ……、リディア』
当時を思い出しクッと頬を歪めると、「質が悪いな」と勝手な解釈をしたセルジュがありありと嫌悪を浮かべた。
蔑みの眼差しに晒されながらも、浮かんだ感情は「なぜ」だけ。
どうして自分の存在は、欠片すらも彼の心に留まれなかったの。恨まれている理由とは何。
リディアとの記憶がない彼が、いったいどんな経緯でリディアを知り、憎しみを抱くようになったのか。
「あぁっ!!」
愛撫もなく蜜口に挿し込まれた指の感覚に、体がのけ反った。
「考えごととは余裕ですね。私相手では楽しめませんか」
「や……ぁ、あっ」
入り口辺りで蠢く指は、すぐに本数を増やしてリディアの中へ潜ってきた。二本の指が気ままに中を弄る。中を擦られる度に腰が跳ねた。
「もう濡れてますね。それともこれは先ほどの名残?」
引き抜き、指の間で糸引く透明な体液を見せつけられ、たまらず顔を横に向けた。ほくそ笑んだセルジュがまたぬかるみの中へ指を差し込む。動かすごとにぐち、ぐち…と卑猥な音がした。
「や……めて、もうやめてっ」
憎んでいるのなら、触らないで。これ以上、心を犯そうとしないで!
「何を泣くのです、私が欲しいのでしょう」
嗚咽を見咎め、冷めた声が問うた。
露わにされた嫌厭の眼差しに体が竦む。彼から感じる憤りに、涙が止めどなく零れた。