悪魔の献身
- 著者:
- 斉河燈
- イラスト:
- 芦原モカ
- 発売日:
- 2014年04月03日
- 定価:
- 660円(10%税込)
私のすべてはあなたのために。
財産を失い、下街の孤児院で働いていたハリエットは、初対面のはずの侯爵、セス・マスグレーヴの容貌を見て言葉を失った。見間違えるはずが無い。彼は三年前、ハリエットの前から突然姿を消し、行方知れずになっていた婚約者、ヴィンセントその人だ。なぜ名前が違うの? 爵位はどうやって…? 戸惑うハリエットをベッドに縛りつけ、熱い眼差しを向けてくるヴィンセント。彼を信じきれない心とは裏腹に、執拗な愛撫で身体は蕩かされていくのだが――!?
ハリエット
男爵令嬢だったが、両親を亡くし財産を失い、下街の孤児院で働いている。
ヴィンセント
三年間行方知れずだったハリエットの婚約者。ハリエットの前に再び姿を現したその目的は……?
「起きたか、ハリエット」
右足の方角にある闇の中から呼びかけられ、びくっと体が跳ねる。
「だ、誰」
「俺だ」
寄越されたのはぶっきらぼうな返答だった。数回の足音に遅れて、その姿は窓際で明らかになる。
「ヴィン……セント?」
彼はイブニングコートとベストを脱ぎ、シャツと脚衣というラフな服装をしている。受けるのはくつろいだ印象だが、安堵感は呼び起こされない。
「綺麗だ。三年、逢えないうちにもっと綺麗になった」
これは彼の仕業? どういうこと? 冗談よね、と追従笑いをしてみせるけれど、彼は無表情で傍らへやってきて、あろうことか胴の上へ跨がってしまう。
「や、……!?」
我が身に起きている事態が信じられなかった。自分は晩餐に招かれて食事をしていたはずで、ワインで乾杯を──まさか、あれになにか。
最初からこうするつもりで、だから使用人の姿も見られなかったのだろうか。
いや、ヴィンセントはそんな人間ではない。自分が知っているヴィンセントは……。
恐怖におののくハリエットの顔の左右に両手をついて、ヴィンセントは真上から告げる。
「もう永遠を意味する『三』は俺とあいつとおまえのことじゃない。俺たち三人のことだ」
「な、なにを突然……」
なにを言っているのだろう。理解できない。
俺、という言いかたも、隣国なまりの喋りかたもだ。普段のヴィンセントとはまるで違っていて、別人と疑わざるを得ない。
「こうするしかない。俺はおまえを繋ぎとめる方法を他に知らない。誰にも渡せない。渡したくないんだ」
体を持ち上げ、ハリエットのドレスのスカート部分を前だけ捲り上げた彼は、左手の薬指、中指、人差し指を順にゆったりと舐める。それから右手でドロワーズのひもを解くと、左手をウエストの中央から滑り込ませた。掌でするりと下腹部を撫で、指先を脚の付け根へとあてがってくる。
「ここを、オーウェンに許してはいないな?」
迷いなく割れ目の隙間に唾液を塗り付けられて、ハリエットはかぶりを振った。
「や、いや」
こんなのは嘘だ。ヴィンセントは高潔で、プロポーズの日にさえ唇を奪わなかった人なのだ。彼であるわけがない。
だが、不自然な眠りからさめたばかりで、体も頭も痺れていてうまく働いてくれない。濡らされた花弁をぱくりと左右に割られ、指先で内側をつっと後ろへ撫でられると腰を浮かせずにはいられなかった。
「俺が護ったものだ。何年も、ただ、見守るだけで……誰にも汚されないように」
前へとろりと滑った中指は、剥きだしの粒を優しく捏ねる。押し付けるようにして立ち上がりを促されると、唇からは甘い吐息が漏れた。
「あ……あ」
自分でも知らない濡れた声に恐ろしくなる。
「本当はずっと触れたかった。狂いそうだった」
喜ばしげにかすかな笑いを浮かべた彼は、吐息の向こうから口づけを寄越す。
「……っふ……」
重ねた唇の隙間から下唇のふちをつうっと舐められて、くすぐったさに肩が跳ねる。
なぜ反応してしまうのだろう。馬乗りにされて一方的に与えられるだけの愛撫なのに。
恥ずかしさのあまり消えてしまいたい気持ちで瞼を強く閉じると、舌をゆったりと差し込みながら髪を大事そうに撫でられる。
──おかしくなってしまう。
月光のもと、混ざり合う吐息にハリエットは痺れた手足を懸命に揺らしてもがいた。触れかたが優しすぎて、心はどう受け止めたら良いのかわからないのに体はどこか歓迎してしまっていて、混乱のあまり泣きたくなる。
「初めてのキスを交わした日……婚約を発表した夜もこんな月夜だったな」
泳ぐようにシーツを掻いた彼の右手が、ハリエットの左胸をドレスのレースの上からゆるりと掴んだ。脇のほうから寄せて持ち上げ、親指で先端を押し込んでみせる。
「最初は抱き締めるだけで済ませるつもりだった。だが、見上げてくるおまえの瞳が、純粋で、純粋すぎて」
「ヤ、ぁ……」
我慢しようとすればするほど甘い声が漏れてしまう。下唇を噛んでこらえようとしたが、花弁の間を三本の指でまんべんなく擦られては耐えようがなかった。
「んぅ……っ、く……」
「わずかでも自分の色をつけたくて、俺は」
初めてのキスのことはハリエットだって覚えている。
あの晩、ターナー家のタウンハウスの一階にあるホールは夜会で賑わっていた。行われていたのはヴィンセントとの正式な婚約発表で、しかしハリエットは会がお開きになるまでふたりきりになるのを待てなかった。
廊下に人気はなく、ひっそりと人目を忍んでカーテンの陰で抱き合った。
これで晴れて正式な婚約者、いずれ夫婦になれると思うと、いてもたってもいられなかったのだ。
額から鼻先へ落ちた彼の柔らかい唇は、ためらうように上唇のふちへ、脇へ。
下顎の中央をついばまれ、ぞくりと身を震わせたところで雲の隙間から月が現れ、白銀の光のもと、唇は情熱的に重なった。
ドラマティックなキスだった。
「あのときよりもっと濃く、おまえを染めたい」